老化介入・老化制御

テロメアをめぐる話:テロメアの長いヒトは長生きか

テロメアとは

 染色体は細胞の遺伝情報を担うDNAとタンパク質の複合体である。私たちの身体を形作っている体細胞(一倍体である生殖細胞以外の細胞)は二倍体で、一対の染色体をもっている。染色体は細胞を固定して色素で染めると顕微鏡で観察することが出来る。ただし、いつでも見られるというわけではなく、細胞周期の一定時期以外の大半の時期では光学顕微鏡で見ることは出来ない。対になった染色体は拡げた状態ではアルファベットのX字状に見える。二本の棒が交差するように見える部分は中心体(セントロメア)と呼ばれる。実際は交差しているわけではなく二本の染色体がこの部分でくっついている。

体細胞は父親と母親由来の22本の常染色体(計44本)と男性の場合は母親由来の性染色体Xと父親由来の性染色体Y、女性の場合はそれぞれの親からX染色体を1本づつ受け取り、合計46本の染色体をもつ。長さの異なる各染色体には長さの違う一本のDNAがあり、それぞれに異なる遺伝情報が存在する。女性の体細胞にはX染色体上の遺伝情報が男性の2倍あることになるが、個々の細胞で発現しているのはその一方であるため男女の体細胞で発現しているX染色体遺伝子は同一量になる。

 中心体から伸びた染色体の端をテロメアという。テロメア部分もDNAとタンパク質からなるが、本項でテロメアという場合はそのDNA部分を指すことにする。テロメアの塩基配列はTTAGGGの6塩基対の繰り返しからなる。ヒトの体細胞には46本の染色体があり、それぞれの染色体の両末端にテロメアがあるので一個の体細胞には92個のテロメアがあることになる。
 テロメアはヒトではおよそ10,000塩基対 (10 kbps: 10 kilo base pairs:上記6塩基対が1700回ほどくり返して繋がっている計算になる) の長さでDNA鎖全長のごく一部である。DNAの長さは塩基対数で表すことが多いが、実際は塩基を含むヌクレオチドという化学構造単位が連なったものである。
 テロメアは通常の体細胞では細胞分裂(DNA複製をともなう)のたびに約50塩基対づつ短縮する。DNA複製酵素(DNAポリメラーゼ)は末端のテロメア部分のDNAを複製することが出来ない。後述のように特定の細胞以外はテロメアを伸ばす特殊なDNA複製酵素であるテロメラーゼの活性がないため分裂にともなってテロメアは短くなるのである。テロメアが元の長さの半分くらいになるとDNA複製が出来なくなる。そのため一般の体細胞には分裂限界がある。

 すべての細胞はテロメラーゼ遺伝子をもっているが、一般の体細胞では細胞が固有の機能をもつようになったあと(分化したあと)は発現が停止してしまい、テロメラーゼ活性がない細胞では短くなったテロメアを再び長くすることは出来ない。しかし、テロメラーゼを持つ生殖細胞や発生初期の未分化二倍体細胞、成体中の幹細胞(通常の体細胞の元になる二倍体細胞、例えば赤血球や白血球の元になる骨髄幹細胞など)そして、体細胞が変異してテロメアーゼが再発現したがん細胞はテロメアを伸ばすことができるので無限増殖出来るようになる。

 身体の老化は構成する細胞の加齢変化によって進行する。身体を形作っている細胞には、ヒフや腸の上皮細胞や骨髄細胞のように生涯分裂し続けるものと、神経細胞や骨格筋細胞のように成長のある時期以降は分裂しなくなるものがある。前者は分裂細胞、後者は非分裂細胞あるいは分裂終了細胞と呼ばれる。分裂細胞が生涯分裂し続けるといっても、細胞集団は均一ではなく途中で分裂を停止する細胞や少数存在する幹細胞様細胞があり、テロメラーゼをもつ幹細胞様細胞が分裂能の高い細胞を供給しているため集団全体が増殖し続けているように見えるだけだと考えられる。なお非分裂組織といわれる骨格筋や神経組織にも若干の未分化の幼若細胞があり、しかるべき刺激に応答して分裂する。
 老化の研究モデルに“試験管内細胞老化モデル”がある(註1)。生体から取り出したヒフなどの体細胞をシャーレ(培養皿)やフラスコの中で適当な栄養を与えて分裂させると通常50-60回の分裂(後述のように分裂可能回数にはかなりの巾がある)のあと分裂が停止する。分裂回数というが通常は個々の細胞の分裂回数を数えるのではなく集団として細胞数が倍に増える回数を数える。というのは、前述のように細胞の中には途中で分裂を止めてしまうものもあり、一律に分裂を繰り返しているわけではないからである。そのため細胞分裂回数と言わないで集団倍加数(PDL)という。細胞集団は一定のPDLを経たあと増加(分裂)が停止し分裂能力には限界がある(発見者の名前をとって“ヘイフリックの限界”という)。分裂停止に至るまでの過程を“試験管内細胞老化”という。1960年代から個体内の細胞の老化を反映するとして老化の試験管内モデルの研究に用いられてきた。

集団倍化
 細胞の増加を表す指標には集団として数が倍々に増えるという意味で“集団倍加数”(集団として細胞数が二倍になる回数 population doubling level, PDL)という単位を使う。
 PDLが50-60 というのは集団として50,60回二倍に増えたということで、細胞の数は計算上2の50乗、60乗になる。増えた細胞を全て維持するとなると膨大な数になり、その数は大人の細胞数の何百倍にもなる。実験では分裂で増加した細胞の2分の1あるいは4分の1を使って培養を続け(継代培養)、細胞の倍加数を計算する。
 一般に分裂を停止するまでの集団倍加数は50-60とされているが、ヒトのヒフの線維芽細胞を使った個々の研究では、報告によってその数は20-30から60-70と巾広い。同じ年齢のヒトから単離された細胞集団でも性質の違いや組織塊から細胞を単離する際の傷害の違いが影響している可能性があるが、最大PDLにこのような大きな違いが生じる真の理由はわかっていない。高齢者の細胞集団ほど試験管内倍加回数が少ないという報告が多いが若齢でも高齢でも大きな違いはないという報告もある。

 1990年、集団倍加数が増加するにしたがって、テロメアが短くなることが報告された。テロメアが短縮するとDNA複製ができなくなるという知見と合わせて、試験管内老化細胞の分裂停止の原因はテロメア短縮であることが明らかになった。さらに個体内細胞のテロメアも加齢で短くなることが示されて、生体内でもテロメア短縮によって細胞分裂ができなくなると考えられた。一般にも分かり易い表現でテロメアは“命の回数券”といわれて注目されることになった。実際、テロメラーゼ遺伝子を正常二倍体培養細胞に導入して強制的にテロメラーゼを作らせると、テロメアの伸長が起こり試験管内細胞寿命が延長することが示され“テロメアの生命回数券説”が支持されたように見えた。そのため、テロメアを伸ばせば、あるいはテロメアの短縮を遅らせれば、個体の寿命が伸びて長く健康を維持できるのではないかという期待が生まれた。
 しかし、残念ながら、そうはならない。遺伝子工学的手法で個体全体の細胞のテロメラーゼを強制発現させたマウスの寿命は伸びることはなかった。そもそもマウスのテロメアはヒトよりも10倍長い上に成体の体細胞でもテロメラーゼが発現しているのに寿命は3年に過ぎない。ヒトでは体細胞でテロメラーゼを再発現させたことになるがん細胞は無限増殖し、結果として個体の寿命を縮める。マウスやラットの主な死因はがんであり、2歳頃から発がん率が増えて平均寿命は2年半程度である。ヒトではがんの発症率は60歳くらいから上昇する。試験管内でもマウスやラットの細胞はヒトの細胞に比べてがん化の前段階と考えられる形質転換を起こしやすい。テロメラーゼが再発現した場合、細胞の無限増殖を促進することになるため、ヒトでは高齢でテロメアが短縮するのは、むしろメリットで、種々の突然変異によって生じたがん細胞候補の増殖に対する防御機構になっているとも考えられている。テロメラーゼが発現しなかったがん細胞の芽はこうして摘まれているというわけである。
 ともあれマウス/ラットとヒトの比較ではテロメアの長さ、テロメラーゼの発現のいずれから見ても“テロメアの生命回数券説”とは相容れない。

 ここで“試験管内細胞老化モデル”の問題点を指摘しておきたい。一つは、体細胞に分裂限界があることが個体の老化あるいは寿命限界の原因になっているか、言い換えれば、試験管内細胞老化が個体内細胞老化のモデルになるか、という問題である。生体内では、個体がどんなに高齢になっても細胞の分裂が停止することはなく、100歳のヒトでも細胞は分裂を続けている。これは長寿のヒトのテロメア短縮が遅いためではなく、生体内ではテロメラーゼを発現している分化の程度が低い幹細胞に近い細胞が存在し若い細胞を供給し続けているからだと考えられる。生体から取り出した試験管内の条件ではそのような細胞は培養初期段階で失われてしまい残った細胞集団に分裂限界があるように見えるだけではないか。理由のいかんによらず、試験管内で見られる細胞の分裂限界が個体寿命を直接支配しているわけではないのだ。
 最近、細胞が分裂を停止するとその細胞の機能が低下するだけでなく、SASP(老化関連分泌形質)と呼ばれる炎症性サイトカインを分泌して周辺の若い細胞の機能を低下させ、個体全体の細胞老化を促進するという考えが提唱されている(註1)。この考えにしたがえば分裂細胞の老化は非分裂細胞の老化にも寄与する可能性があるが証明されているわけではない。

 試験管内細胞は分裂できなくなって死ぬと考えられることがある。しかしテロメアが短縮し分裂を停止した細胞でも培地を適切に交換していれば、分裂寿命期間をはるかに越える期間生存しつづける(註2)。
 生体内で分裂を停止した分裂細胞がどのくらい長生きか、機能がどのくらい保たれるかは分かっていない。しかし、成人組織中の分裂終了細胞である神経細胞や骨格筋・心筋の細胞が分裂を停止した後、何十年も働き続けている事実を考えると、生体内で分裂を停止したその他の細胞もかなりの期間機能が維持されていると考えていいだろう。肝臓のような組織では、分裂停止後、長い年月を経た細胞の機能が低下し、やがて死んで排除されるが、肝臓の部分切除後の再生の場合のように、残った細胞が必要に応じて分裂する。このような細胞は可逆性非分裂細胞と呼ばれる。しかし、新たな細胞の必要がなければ、補われることはなく細胞数は次第に減少する。実際、ヒトの肝臓細胞数は加齢で減少し、80歳では30歳とくらべて半分位になる。これは、恐らく、食事などの摂取量が年齢とともに低下し、食物とともに体内に入ってくる異物の取り込みも減って、肝臓の代謝能力が下っても不都合がないからなのだろう。神経細胞や筋肉細胞は必要性がある限り、そして病気で損傷されない限り、数も機能も維持される。古い研究では高齢になると神経細胞は一日数万も減ると言われたことがあるが、測定に使われた試料には病死したヒトのものが含まれていたために平均値として低下するように見えていたらしい。健常人だけについてのその後の研究ではかつて言われていたほどの減少はみられていない(註3)。

 ある種の細胞では、分裂にともなうテロメアの短縮が問題を起こすことがありうる。例えば、抗体産生細胞はウイルス感染などで抗原刺激を受けると激しく増殖する。その結果、テロメアが短縮し細胞分裂能が低下し、感染防御に支障が出る可能性がある。しかし、抗体産生細胞は骨髄その他の組織でテロメラーゼ活性をもつ幹細胞様の分裂能をもつ前駆細胞から供給され続けて高齢でも血球や抗体産生細胞が枯渇することはない。別の例として、流体力学的ストレスが大きい動脈の内皮細胞は静脈細胞より細胞傷害を受けやすいために細胞回転が頻繁に起こり、テロメア短縮が促進し機能低下も速い可能性があると指摘されている。これが損傷細胞を増やし動脈硬化などの病変を加速する可能性があるというわけだ(註4)。

 分裂細胞に重点を置いた試験管内細胞老化モデルの別の問題は、個体の生命は分裂細胞だけで支えられているわけではないという点である。前述のように、成人個体は分裂細胞と非分裂細胞が集まってできている。非分裂の神経細胞や骨格筋・心筋の細胞やほとんど分裂しない肝臓や腎臓の細胞が生命維持に必須であることは言うまでもない。数も非分裂細胞が圧倒的に多い。したがって、分裂細胞だけに注目した老化モデルは個体老化を考える上では片手落ちと言うべきだろう。この点でもテロメアを個体寿命の回数券とみなすことは出来ない。なお後述のようにテロメアは酸化ストレスでも短縮するので、それが遺伝子発現に影響し細胞機能を低下させることも考えられるので非分裂細胞のテロメアが個体老化に関わっている可能性は否定できない。

テロメアと寿命の関係

 

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