テロメアが寿命を決めているとすると、寿命が長い生物ほどテロメアが長い、あるいは細胞の分裂速度が遅い(したがってテロメア短縮速度が遅い)はずだ、ということになる。細胞のDNA量に大差のない動物(例えば、ヒトとネズミ)の細胞では、DNA合成に必要な時間も大略同じである。細胞分裂速度もほぼ同じだからテロメア短縮速度も同程度と考えていい。
では、テロメアの長さはどうか。前述のようにネズミの仲間の細胞は一般にヒトよりも長いテロメアを持っている。通常実験室で飼われている平均寿命が2年半のネズミのテロメア長はヒトの10倍である。ネズミの仲間で寿命が30年といわれる地中に住むハダカデバネズミのテロメア長は通常の実験室ネズミと大差ない。ネズミの体細胞ではテロメラーゼが発現していて、種類によって活性にはかなりの巾があるが、テロメアの長さや寿命の長短には相関していない。
霊長類のヒト・チンパンジー・アカゲザルの平均寿命はそれぞれおよそ80・40・30年で、ヒトはサルの倍以上長生きである。しかし、テロメアは逆にサルの方がヒトの二倍以上長い(註5)。
このようにヒトに近い霊長類も含めて動物の寿命とテロメアの長さは無関係である。
試験管内細胞老化でPDLの増加とともにテロメアが短縮することが明らかになって以来、ヒトの加齢過程でのテロメア長の研究が多数行われている。生体内細胞のテロメア長測定については特に白血球における加齢変化の報告が多い。若者から高齢者まで、種々の条件下(性差・人種差・運動などの生活習慣や病気の有無など)でテロメア長測定を行うには、採血で容易に入手できる白血球は便利な材料である。最近行われた疫学研究のまとめ(メタ解析*)によると、加齢によってテロメアが統計的に有意に短縮するのは欧米人男性だけで女性や他の人種ではそうではなかった(註6)。後述のようにテロメア研究でノーベル賞を受賞したブラックバーンも共著者になっている大規模研究の原著論文によると70-79歳の白人・黒人とも白血球のテロメア長と総死亡率およびがん・心疾患・脳血管疾患・感染症のいずれの死亡率とも相関はなかった(註7)。このようにヒトのテロメア長と老化・老年病の関係は個体レベルでみると明瞭ではなく、むしろ相関性は低いと見るべきだろう。これは白血球という特定の細胞に関する話であるが、死後の病理検査組織のテロメア長は加齢で短縮していたという報告もある(註8)。
*メタ解析
過去に発表された関連論文のデータを集めて総合的に評価する研究手法。なお一般に疫学研究で2つの集団を比較して統計的に差があるという場合、対象者の人数によって結論が異なる場合があることに注意が必要である。人数が多ければ統計的に有意な差が出やすい。逆に対象者が少なければ“たまたま”有意になることもありうる。
ここで考えなくてはいけないことがある。血液中の白血球には数種類あるが、好中球が多くをしめるので主にこの細胞のテロメアをみていることになる点である。好中球は血中寿命が通常一日程度で高々数日程度とされている。骨髄中で赤血球などの他の血球系列の細胞の元になる幹細胞から分岐した未熟な細胞が分裂して生じる。どの段階までテロメラーゼ活性があり、テロメアの短縮が起こらないか定かではないが血中に入ってからの細胞分裂はないのでテロメアの短縮がもしあるとしても、骨髄中での分裂によるか、後述の酸化ストレスによるものだろう。好中球が血中に存在する短い間にテロメアが酸化ストレスで短縮するというデータは見たことがないが、バクテリア感染などに対する防御機構として多量の活性酸素を産生するので酸化ストレスでテロメアが短縮するかもしれない。好中球は感染等の炎症時に増加し、骨髄中の前駆細胞の間に数多く分裂する。風邪をひいたり、怪我をしたりすると白血球数が急上昇するのはそのためである。こうした状況がどう考慮されて白血球のテロメア長が測定されているのか不明だ。したがって、白血球のテロメア長が加齢や病態と因果関係があるかないかを正確に知るのは困難ではないか。
さらに血中白血球のテロメア長と肝臓・腎臓など重要な機能を担う内部組織細胞のテロメア長との関係は不明だ。組織細胞のテロメア短縮が加齢による組織機能低下の原因かどうかについても判然としない。
要するに、白血球のテロメア長が個体老化と因果関係があるかどうか、あるいは内部組織細胞の老化指標になるかどうかは明らかでないのが現状といっていいだろう。
テロメアとノーベル賞
クローン羊ドリーの寿命とテロメア長
酸化ストレスはテロメアを短縮する