ヒトやネズミの成体は分裂細胞と分裂終了細胞(非分裂細胞)の集合体です。
分裂細胞とは、皮膚の表皮細胞や腸の上皮細胞のように一生の間分裂し続ける細胞です。
上図18に示すように分裂細胞の分裂能力は、加齢に伴って低下しますが、止まってしまうことはありません。分裂細胞を個体から取り出して培養器(シャーレやフラスコ)の中で培養すると分裂を繰り返すうちに次第に分裂能力が低下し、やがては分裂しなくなってしまいます(細胞老化という)が、分裂できなくなってもすぐに死ぬわけではなくよく管理すれば何ヶ月も分裂を停止した状態で生きています。このような細胞も老化の研究に使われています。
分裂終了細胞には二つのタイプがあります。
ひとつは肝細胞のように普通は分裂しないけれど、組織が切り取られたり損傷を受けたりすると残った部分が分裂を始める「可逆性の分裂終了細胞」です。
もうひとつは神経細胞や心筋細胞のように発生・成長の初期に増殖したあとは一生の間分裂しない「固定性の分裂終了細胞」です。
しかしながら、最近、成体の少なくとも一部の脳神経細胞(記憶に関わっている海馬の神経細胞など)にわずかながら分裂能力があることが明らかになって注目されています(Gage FH: Neurogenesis in the adult brain. J Neurosci. 22: 612-613, 2002.)。
といっても無数の神経突起によってネットワークを形成して記憶などの機能に関わっている分化した神経細胞が分裂するのではなくて未熟な神経幹細胞が分裂するのです。したがって、このような細胞が分裂しても神経細胞死によって失われた記憶がよみがえるわけではなく、新たな記憶の形成に役立つかもしれないということです。
分裂細胞と、分裂終了細胞のどちらかが老化の進行により多く寄与しているかは明らかではありませんが、神経細胞や心筋細胞のように死んでもほとんど代替が効かない細胞はより重要ではないかと考えられます。ハエやセンチュウのように大半の細胞が分裂終了細胞である動物の老化がヒトやネズミの老化と似ていることも、老化における分裂終了細胞の重要性を示しています。
なお、かつて1日に数万も減少するといわれた脳神経細胞は、近年の研究で健常人ではそれほど顕著には変わらないとされています(Gomez-Nesra et al. J. Neurosci. 16: 4491, 1996)。古いデータには病気で亡くなった人の値が含まれているためらしいのです。 神経細胞数の変化が少ないとなると、脳の加齢変化には、質(脳細胞の代謝能や神経突起の数)がより重要ということになります。
最近、再生医療の基礎研究・応用技術が著しく発展していますが、その根幹をなすのが幹細胞(かんさいぼう)や多機能未分化細胞です。これらの細胞は発生初期に種々の組織を形成するばかりでなく、成人においても新たな細胞の供給(骨髄や小腸など)や損傷の修復(傷の治癒など)に役立っています。 こうした細胞も加齢の影響を受けています。詳細は項を改めて書きます。