「老化と遺伝」で説明したように、動物の“寿命”は遺伝子の支配を受けて、種によってほぼ決まっています。
しかし、同一種の中ではヒトの場合に知られているように一卵性の双子でも寿命が大きく異なる場合があり、個人の寿命そしておそらくは老化についても環境やライフスタイルの影響が大きいと考えられます。なお環境やライフスタイルは変わらないと考えられる飼育ケージ内の近交系マウスやラットやシャーレの寒天上で飼われている線虫の場合も遺伝的に一卵性双子の集団と考えていいのですが、個体ごとの寿命は何倍も異なる場合があります。
あとで説明(リンク)するのマウスやラットの実験では、食餌制限や適度な運動により、生理機能の加齢変化を遅らせることが可能であることがわかってきました。
カロリーの摂りすぎは、生活習慣病の予防という観点からも抗老化という観点からも好ましいものではありません。最近はいわゆるメタボリックシンドロームが注目され世を挙げてメタボ、メタボの大合唱の感がありますがその大半がカロリーの過剰摂取が問題です。
マウスやラットを用いた実験では、自由に食餌を与えた動物と食餌の量を制限して与えた動物との比較において、制限動物に種々の有益な影響がみられるという結果が得られています。
不活発な生活では、活性酸素の生産量が増加、炎症にかかる確率が上がり、老化の進行速度は早まります。運動習慣のある活動的な生活をすると活性酸素の生産量は減り、 老化の進行も遅らせることができます。
これは一般的に考えられている「運動は活性酸素を増やしてよくない」という説に反するようにみえます。
しかし、私たちは適度な刺激(酸化ストレス)が身体の適応力を高めると考えられる実験結果を得ています(Radak et al. Age-associated increase in oxidative stress and nuclear transcription factor NF-kB activation are attenuated in rat liver by regular exercise. FASEB J. 18: 749-750, 2004;Nakamoto et al. Regular exercise reduces 8-oxodG in the nuclear and mitochondrial DNA and modulates the DNA repair activity in the liver of old rats. Exp Gerontol 42: 287-295, 2007)適度な刺激が眠っている予備力を引き出していると考えられるのです。強調すべきは実験では中高齢の動物を使っていることです。もし実験結果がヒトにも当てはまるとしたら興味深いことです。
もちろん、普段不活発な人が急に激しい運動をすると活性酸素に対する備えが不十分で酸化傷害が大きくなる可能性があります。実際、普通のケージで飼育していた不活発なラットに動けなくなるほど強いランニング運動をさせたあと肺のタンパク質を調べると酸化修飾体が顕著に増加していました(Radak et al. Single bout of exercise increases accumulation of reactive carbonyl derivatives in lung of rats. Pfluger Arch. Eur J Physiol. 435: 439-441,1998)。
定期的な運動は高齢期の自立生活にも大きな影響があります(下図5)。
ラットの実験では、食餌制限ほどではありませんが、定期的な運動には寿命延長効果が認められます。また、ヒトでも適度の運動はがん、心臓疾患などの老化関連疾患による死亡率を低下させます(下図7および図20)。重要なことは活動的な生活の効果は高齢者の方が大きいことです。
男女13,000人を8年間追跡調査
体力:トレッドミルでの最大努力走行時間をもとに5段階に分類。
年齢・性別によって絶対値は異なる
1日30分から1時間の早足の散歩で体力段階4−5は維持可能
Blair SN, Kohl HW 3rd, Paffenbarger RS Jr, Clark DG, Cooper KH, Gibbons LW. Physical fitness and all-cause mortality. A prospective study of healthy men and women. J Amer Med Asso. 262: 2395-23401, 1989 より改変
死亡率は、体力レベルの高い方が低くなっています。この傾向は高齢者ほど著しく、運動習慣が死亡率を低下させることを示唆しています。 特に、体力レベルが高い方が、がんによる死亡率も低いことに注目。
趣味や仕事、地域での社会活動などに関わって、能動的な生活をしていると多くの刺激を受け、脳も活発になるといわれています。
ラットの実験では、一匹で貧しい(変化のない)環境で飼育されるよりも、広々として変化のある豊かな環境のケージで数匹の仲間と一緒に飼育した方が、脳を若く保つことが出来ることが明らかになっています。