老化介入・老化制御

定期的な運動あるいは身体活動と老化

運動ホルミシス:運動の抗老化作用メカニズムー有益な活性酸素

抗酸化ビタミンは運動の有益効果を弱める?

 2年ほど前、上に述べた活性酸素の発生を介した"運動ホルミシス"の考え方を支持する興味深い研究結果が報告されました(Ristow et al.Proc Natl Acad Sci USA 106: 8665, 2009)。運動によって引き起こされる種々の有益効果が抗酸化ビタミンのVCと VEを投与すると帳消しになってしまうというのです。

 運動は血糖の組織への取り込みを上昇させ二型糖尿病の予防や治療に有効であることはよく知られています。この研究では健康な25、6歳の若者(体格指数BMI=24)を対象としています。4週間のトレーニングによってブドウ糖の血中からの消失速度が高まり、アディポネクチン濃度も上昇しました(アディポネクチンは脂肪細胞から分泌されるタンパク質でブドウ糖の利用効率を高めて糖尿病を防止したり、糖尿病に伴って起こる疾患のリスクを下げたりする機能をもつ。なお運動でアディポネクチン濃度は上昇しないという報告もある。)。ところがトレーニング期間中にビタミンC(VC)とビタミンE(VE)をサプリメントとして摂取させるとその効果が消失してしまったのです(図33-1)。抗酸化酵素であるグルタチオンペルオキシダーゼやスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)の骨格筋での発現(mRNA量)の運動による増加も抑えられました。これらの酵素は活性酸素によって誘導合成されることから、この結果は運動によって生じた活性酸素がVC, VEによって減少し、運動の有益効果が減弱したことを示唆しています。つまり運動の効果は活性酸素の産生を介して生じていたというわけで、"運動ホルミシス"がヒトでも見られることを示唆した研究です。アンチエイジングのためにと摂取した抗酸化ビタミンが運動の効果をなくしてしまうというのは意外に思われるかもしれませんが、生体の調節機能は複雑で一面だけをみた単純な発想では理解できないことを示してもいます。

 なおこの研究報告に対して最近否定的な論文が発表されました(Higashida et al. Am J Physiol Endocrinol Metab 2011, in press)ラットに定期的な水泳運動をさせ、その際VC,VEを与えたところRistowらが見いだしたような骨格筋に対する運動の有益効果を打ち消す作用は見られませんでした。ただし、両ビタミンの一日当たりの投与量はヒト(60Kg)に換算するとそれぞれ45gと9gで途方もない量になりますから、ラットでその影響がどうだったのか気になります。ちなみに日本人のVC必要量は100mgとされています。VEは通常、国際単位(IU)で表されますが論文にはこの単位による有効量の記載はありません。また、Yfanti らはヒトで運動によるインスリン感受性の増大やその他のパラメータの変化はVC (400mg/日), VE (400IU/日)投与で減弱しなかったと報告しています(Am J Physiol Endocrinol Metab 300: E761-E770, 2011)。

 上記の研究に関連して活性酸素の寿命延長効果および抗酸化ビタミンによる効果消失が線虫で示されています(TJ Schulz TJ et al. Cell Metabolism 6: 280-293, 2007)。線虫に解糖阻害剤2-デオキシグルコース(エネルギー代謝に利用できないブドウ糖誘導体)を投与すると寿命が延長します(図33-2)が、その際、面白いことにミトコンドリアからより多くの活性酸素が産生されます(図33-2)。抗酸化酵素の活性化も見られますから、活性酸素によるホルミシス作用で酸化傷害に対する耐性が高まったと考えられます(論文の著者は、活性酸素の主要発生源をmitochondriaと考えて、この現象を"mitohormesis"と呼んでいます)。この寿命延長効果は抗酸化ビタミンのVCあるいはVEを投与することによって消失してしまうことから活性酸素の関与が考えられるとしています。

図33-1 ビタミンC/Eサプリメントは定期的運動の有益効果を帳消しにする 図33-2 2-デオキシグルコース(DOG)で活性酵素の産生が増えると線虫の寿命が延びる、しかし抗酸化ビタミン投与で効果が消失

 

 

 

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