東邦大学へ メディアネットセンターへ バーチャルラボラトリへ  
バーチャルラボラトリ 心筋−心臓は電気とカルシウムでイオン動いている!−
東邦大学 薬学部薬物学教室  
田中 光 行方 衣由紀 M口正悟
 | TOP | 心臓に関する基礎知識 | 心臓の電気現象 | 心臓の収縮 | 心筋の普遍性と多様性 | 循環系と血圧 |
  心臓の病気と治療薬 | エホニジピン物語 | プロフィ−ル | 免責事項 |

心臓の病気と治療薬

次のページへ
前のページへ

病態と治療薬 (不整脈心不全/狭心症と心筋梗塞高血圧症
治療薬用語解説 .. 治療薬構造式 .........10.11.12 解説&構造式INDEX

病態と治療薬

難易度3

心不全と治療薬

心不全 heart failure

心不全とは心臓のポンプ機能が低下し、体の需要に応じた血液を十分に循環させられなくなった状態のことです。

【急性心不全 と 慢性心不全】

心筋梗塞などにより突然発症するものが急性心不全です。血圧が急激に低下し、血液があらゆる臓器に十分供給されなくなります。尿量の低下や肺うっ血が見られることが多く、肺水腫にまで至ると生命の危険があります。

急性心不全の長期化、高血圧症、肥満、心臓弁膜症などが原因で心不全が長期間持続するのが慢性心不全です。慢性心不全になると心筋のポンプ機能を維持しようとして交感神経活動およびレニン−アンジオテンシン系が亢進し、循環血量、細胞外液量が増加し、血圧の上昇、全身の鬱血、肝臓肥大等が生じます。全身の鬱血による浮腫や疲労、栄養低下、静脈血栓等が起こり、重症になると呼吸困難や意識障害を生ずる場合もあります。

【左心不全 と 右心不全】

 心不全の原因が左心室の機能低下にある場合を左心不全、右心室の機能低下にある場合を右心不全と呼びます。両者は並存することが多く、明確に区別できる場合は希です。
 左心不全では左心室に戻れない血液が肺に溜まる肺うっ血が生じ、肺胞の中に水分がしみ出してくる肺水腫が生じます。咳、痰、呼吸困難などの症状が現れます。また、骨格筋に対する酸素供給量が不足して疲労感が強まります。
  右心不全では右心室に戻れない血液が体循環に溜まり、全身の浮腫、外頸静脈怒張が起きます。肝臓や消化器系に血液が溜まり、消化器症状がみられます。

心不全の重症度を表す際にNew York Heart Association (NYHA) の分類がよく用いられます。循環動態の視点からの分類としてForrester分類があります。これらは、いずれも治療法選択の判断基準となっています。

前負荷と後負荷

心臓機能を考える上で重要な要素に負荷loadがあります。負荷loadとは、「負荷が大きいほど心臓の仕事量が多くなり、負担が大きくなる」というもので、前負荷preloadと後負荷after loadがあります。

【前負荷】

前負荷とは心臓が収縮する直前にかかる負荷で、拡張期末期の心室容積 ventricular end diastolic volume(VEDV) に代表されます。心室容積が大きくなるということは筋肉のレベルでは心筋がより引き延ばされているということですから、スターリングの法則に従って心筋はより強く収縮し、心室はより多くの血液を動脈内へと駆出します。前負荷が大きいほど心臓が駆出するべき血液量が増えるという意味で、前負荷のことを容量負荷 volume load とも呼びます。前負荷を規定する要因のひとつが、静脈灌流量 venus return、すなわち拡張末期までに静脈から心臓に戻ってくる血液の量です。もう一つの要因は心房の収縮力で、これが高まれば拡張期末期の心室内血液量は増大します。

【後負荷】

後負荷とは心臓が収縮を開始した直後にかかる負荷で、左心室では大動脈圧(いわゆる"血圧")、右心室では肺動脈圧に代表されます。心室はこれら動脈血圧にうち勝って血液を駆出しなければいけないという意味で、後負荷を圧負荷 pressure load とも呼びます。心不全では心臓の収縮力の低下を補うために交感神経系およびレニン−アンジオテンシン系が活性化します。これが血管収縮と血液量の増加を起こすので、前負荷、後負荷ともに増大し、心臓にかかる負担が増大します。つまり、”弱った心臓を頑張らせようとする仕組みがかえって心臓の状態を悪化させるという悪循環に陥っている”と理解できます。

心不全治療薬

心不全に対しては、血管拡張や利尿により心臓に対する負荷を減らす薬物や、心臓の収縮力を高める強心薬が使用されます。

【急性心不全】

急性心不全に対しては、即効性のニトログリセリンヒト心房性ナトリウム利尿ペプチドhuman atrial natriuretic peptide (hANP) により血管を拡張させて心臓負荷を軽減するとともに、アドレナリンβ受容体刺激薬など即効性の強心薬を用いて心臓を活性化して血液の循環を維持する必要があります。

【慢性心不全】

慢性心不全に対しては、利尿薬、持続性の硝酸薬などの血管拡張性の薬物、強心配糖体ホスホジエステラーゼ阻害薬などの強心薬が用いられます。
 アンジオテンシン変換酵素阻害薬アンジオテンシン受容体拮抗薬は血管拡張作用に加え、心臓のリモデリングを抑制する作用があることが判明し、心不全の治療に使われることが多くなってきました。

心不全の重症度(NYHAの分類)や循環動態(Forrester分類)も治療薬を選ぶ際の基準となります。

心不全治療薬
強心薬 cAMPを増加させる薬物 β受容体
刺激薬
カテコラミン ドパミンドブタミン
ドカルパミン
非カテコラミン デノパミン
ホスホジエステラーゼ阻害薬 アムリノンミルリノン
強心配糖体
(ジギタリス)
ジゴキシンメチルジゴキシンジギトキシン
デスラノシドラナトシドCプロシラリジン
その他 ピモベンダンベスナリノン
血管拡張薬 硝酸薬 ニトログリセリン硝酸イソソルビド
その他 ヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド
アドレナリンα受容体遮断薬
利尿薬 チアジド系利尿薬 ヒドロクロロチアジドヒドロフルメチアジド
ベンチルヒドロクロロチアジドトリクロルメチアジド
メチクロチアジドシクロペンチアジド
ループ利尿薬 フロセミドブメタニドピレタニドアゾセミドトラセミド
エタクリン酸
カリウム保持性利尿薬 スピロノラクトンカンレノ酸カリウムトリアムテレン
その他 アセタゾラミド
神経・体液性因子
に対する拮抗薬
アンジオテンシン変換酵素阻害薬 エナラプリルリシノプリル
アンジオテンシン受容体拮抗薬 ロサルタンカンデサルタンバルサルタン
アドレナリンβ受容体遮断薬 カルベジロールメトプロロール

心不全治療の視点

 以前は、心不全とは心筋収縮力の不足であると理解され、その治療にはもっぱら強心薬が用いられていました。これは急性心不全の際に血液循環を確保し、患者の命を守るためには現在でも有効な考え方です。しかし、最近の米国における疫学的調査により強心薬を服用した心不全患者は、むしろ寿命が短縮しているとの結果が得られ、強心薬の長期使用が考え直されるようになりました。このことから、最近は心不全の初期段階から血管拡張作用のある薬物を用いる例も増えています。

 急性心不全から慢性心不全に移行する際には、壊死により脱落した心筋細胞の隙間を埋めるために繊維芽細胞が増殖して心臓が肥大し、結果的には心筋収縮力の低下につながります。これは心臓のリモデリングと呼ばれる現象で、心筋組織のアンジオテンシンIIをはじめ、エンドセリンバソプレッシンナトリウム利尿ペプチドなど様々な生理活性物質が関与していることが明らかになりつつあります。心不全はこれらが複雑に関与し、循環系全体の状態が悪化する症候群であるとも理解できます。アンジオテンシン変換酵素阻害薬アンジオテンシン受容体拮抗薬は心臓のリモデリングを抑制し、慢性心不全の進行を遅らせることが大規模臨床試験から明らかになり、心不全治療の初期から使われる例も増えてきました。またアドレナリンβ受容体遮断薬は心筋収縮力を低下させるため通常は心不全がある場合に投与するのは危険ですが、最近ではアドレナリンβ受容体遮断薬(カルベジロール)をきわめて少量投与すると心不全が改善される場合があることも知られています。心不全治療のための様々な新しい治療法が検討されていますが、治療の視点が"いかに心筋を刺激してよく働かせるか"から、"いかに心筋の機能を長期的に維持するか"に移りつつあるともいえます。

前のページへ TOPページへ プロフィールへ