質問

Q1:マウス、ラットの研究が掲載されていますが、人間での研究も進んでいるのですか?

Q2:生体機能の低下を止めることが出来れば、人間の最長寿命はさらに延びるのでしょうか?

Q3:老化モデル動物には、サルやチンパンジーなどの霊長類は使われないのですか?

Q4:象は長生きだと聞いたことがあります。大きい動物ほど寿命が長いのですか?

Q5:老化を遅らせるための運動にはどのようなものが適しているでしょうか?

Q6:異常タンパク質を分解するというプロテアソームは、薬などで人為的に増加させることができるのですか?

Q7:脳の細胞突起を増やすためのよいトレーニング法などはありますか?

Q8:「ヒト、ラット、イヌのがんによる累積死亡率の加齢変化」が掲載されていますが、ほぼすべての動物ががんになる可能性があるのでしょうか?

Q9:多細胞生物の分裂細胞で、分裂が終了するだけで死わけではないとありますが、細胞そのものに寿命はないのですか?

Q10:日本人は長寿だと言われますが、人種によって最長寿命に違いがあるのですか?環境のもたらすものだけでしょうか?

Q11:生物学的に見た人間の寿命限界は122歳ということですが、その生物学的な根拠は何ですか?

Q12:「テロメアの短縮」という機構によって老化や死が決まるという説を聞いたことがありますが、テロメアを延長すれば永遠に生きられるようになるのですか。

回答

Q1:マウス、ラットの研究が掲載されていますが、人間での研究も進んでいるのですか?

人間の場合、実験動物と違って材料の入手が困難であるだけでなく倫理的な問題もあるために研究は限られています。その中で人間の老化について主に二つの観点から研究が行われています。

第一に色々の年齢集団の人々を長年にわたって各種の指標について追跡調査することです。これを長期縦断研究といいます。  健康状態や生理機能の加齢変化を知るために血液検査をしたり、握力を調べたりして多数の項目について調査します。ヒトの加齢変化を正確に把握し健康長寿に役立てようというのです。  アメリカの国立老化研究所・東京都老人総合研究所 (http://www.tmig.or.jp/J_TMIG/J_index.html)日本の国立長寿医療センター研究所(http://www.nils.go.jp/) などで大規模な研究が進行しています。

第二に超長寿者(やその近親者)とそれ以外の高齢者や中年の人の遺伝子を比較して長寿の遺伝的な要因を探り、その結果に基づいて健康長寿のためのライフスタイルを考えようという研究です。  現在、百寿者(100歳以上の人)の細胞の核遺伝子とミトコンドリア遺伝子の研究が国内外で進んでいます。百寿者とそれ以外の高齢者との比較研究は、遺伝子のほかに上記の長期縦断研究の調査項目についても行われています(QandA11も参考にして下さい)。

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Q2:生体機能の低下を止めることが出来れば、人間の最長寿命はさらに延びるのでしょうか?

生体機能の低下を止めることは無理ですが、ライフスタイルの工夫実践によって低下を遅くすることは出来るでしょう。その場合でも最長寿命が延びるかどうかは分かりません。

 しかし、腎臓や肺の機能低下、筋力低下などの生体機能の低下を遅くできればQOL(quality of life、生活の質)やADL(activities of daily living、日常生活動作能力)が改善されて健康寿命は延びるはずです(→「高齢者の自立能力とその変化」)。平均寿命も延びるでしょう。  その結果、生存曲線(図13)の右肩(生存率が低下する部分)はなだらかな曲線から直角に近づき、多くの人にとって高齢で亡くなるまで元気で過ごし俗に言うピンピンコロリという状態が実現するかもしれません。

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Q3:老化モデル動物には、サルやチンパンジーなどの霊長類は使われないのですか?

アメリカでは1980年代後半から国立老化研究所やウィスコンシン大学などで主に長期カロリー制限の抗老化作用(→老化の制御)の研究用にアカゲザルやリスザルが飼育されています。  研究が始まって20年近くになりますが、これらのサルの平均寿命は20〜40年くらいと考えられていますから最終的な研究結果がでるのはまだ大分先になります。

 日本では、国立感染症研究所の筑波霊長類センターや京都大学霊長類研究所で高齢のサルを使った研究が行われています。  ちなみにチンパンジーの平均寿命は50年くらいとされています。 チンパンジーのゲノム(遺伝情報全体)はヒトのものと99%同一ということです。 1%の遺伝子の違いがいかにして二倍という最長寿命の違いを生むのでしょうか。興味深いところです。

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Q4:象は長生きだと聞いたことがあります。大きい動物ほど寿命が長いのですか?

 一般に体重の重い動物種の方が長寿ですが、例外もあります。  哺乳類と鳥類で体重が似ているラットとハトを比較するとハトの方が十倍近く長生きですし、同じ哺乳類でも空飛ぶコウモリは体重から推定されるより数倍長生きです。  同じ種の中で見るとイヌでは小型犬の方が大型犬よりも長寿だということはよく知られています。成長ホルモン作用に欠陥がある変異マウスやラットは野生型より小型ですが寿命が長く老化研究の対象として注目されています。

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Q5:老化を遅らせるための運動にはどのようなものが適しているでしょうか?

  私たちは動物実験しかしていませんので人間について意見を述べることは差し控えたいのですが、敢えて私見を申し上げれば、年齢・体力・体調・特定の病気の有無などによって適切な運動の種類や量は異なることは明らかですから、人間ドックなどの体力測定結果に基づいてスポーツアドバイザーや医師の意見を参考にするのが良いと思います。

  一般論で申し上げれば、持久運動の場合、普通の体力の人では、早足のウオーキングを一回30分から1時間、週に二、三回行う程度で効果があるとされています。

 基本的な考え方として、多少大変だなと思うくらいの強さで、しかし無理をしない程度(運動中話ができないようだと強すぎる)に行い、次第にレベルを上げてゆく。それによって適応力がつき体力が向上するということになります。持久運動のほか、いわゆる筋トレ(筋肉強化運動)やストレッチング、バランス運動などの総合的な運動が生活習慣病の予防、転倒防止に有効なだけでなく一般的体力の維持・向上に役立つことが明らかになっています。

 日本有数の長寿県である長野県松本市で信州大学医学部大学院加齢適応医科学スポーツ医科学の能勢博教授が主導する「松本市熟年体育大学 http://www.jukudai.com/ 」が地域の高齢者の健康維持増進に貢献しています。そのプログラムなどが参考になると思います。

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Q6:異常タンパク質を分解するというプロテアソームは、薬などで人為的に増加させることができるのですか?

 それは重要な問題で現在研究中です。しかし、仮にプロテアソームを特異的に活性化する化学物質が見つかったとしても、それを摂取することが有益かどうかは分かりません。なぜならプロテアソームは異常タンパク質を分解するだけでなく、ある種の転写因子やその関連タンパク質、また癌抑制遺伝子産物の分解にも関与しています。したがって他の代謝系とバランスを保ちながら活性の上昇を起さないと有害になるかもしれません。体外から取り込まれた“プロテアソーム活性化薬”が生体内の必要な部分に必要なタイミングで必要な程度に作用を発揮する保証はありません。

 一方、私たちの研究の結果加齢で低下した脳・肝臓・筋肉のプロテアソーム活性が定期的運動(「プロテアソーム活性におよぼす運動の影響」、「食事と老化」を参照)やカロリー制限によって上昇することが明らかになっています。この場合は、他の代謝変化とのバランスを保ちつつ活性が変化していると思われますので有益な作用がある可能性が考えられます。

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Q7:脳の細胞突起を増やすためのよいトレーニング法などはありますか?

系統だった研究は行われていないと思いますが、少なくともネズミでは、身体運動の刺激が神経細胞の増殖を促進するようです(図23および例えばvan Praag et al. Nature Neuroscience 2(1999) 266参照)。従来、神経細胞は成人では分裂増殖しないものと考えられてきましたが、最近は、わずかではありますが、増殖能があることが分かり注目されています。この場合、細胞増殖とともに神経機能に重要な突起の数も増えている可能性があります。脳梗塞のように一部の神経細胞が死んでしまう病態時にリハビリテーションによって種々の機能が回復する場合、残った神経細胞の突起が増えていると考えられます。

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Q8:「ヒト、ラット、イヌのがんによる累積死亡率の加齢変化」が掲載されていますが、ほぼすべての動物ががんになる可能性があるのでしょうか?

 癌は分裂終了細胞(非分裂細胞)からは生じないと考えられています。癌は細胞分裂の異常によって起こるからです。したがってほとんどが分裂終了細胞からなる動物は癌になりにくいはずです。線虫や昆虫の成虫の体細胞は分裂しないとされていますが、子孫を残すための生殖細胞は分裂します。生殖細胞は癌化しにくいので線虫や昆虫は年を取っても癌にはなりません(ただしショウジョウバエのある種の体細胞は腫瘍化することが知られています)。

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Q9:多細胞生物の分裂細胞で、分裂が終了するだけで死わけではないとありますが、細胞そのものに寿命はないのですか?

 重要な問題ですが、今のところ良く分かっていません。ご質問の「分裂が終了するだけで死ぬわけではない」というのは、生体外で(培養器の中で)培養した場合のことです。この場合は分裂しなくなってから少なくとも数ヶ月は生きていることが示されています。生体外の培養条件は生体内の条件とはかなり違いますから、生体内で分裂しない状態でどのくらい長く生きるかはわかりません。分裂終了細胞の神経細胞は、ヒトの一生に相当する期間生きていることは確かですし、たとえば100歳で心臓疾患によって亡くなった場合でも大半の神経細胞はまだ生きていたはずです。こう考えると、少なくともある種の細胞は、分裂しない状態で最長寿命を越える期間生きながらえる能力があると言えるでしょう。一方、腸の上皮細胞やある種の白血球の寿命は、2,3日から数日程度と言われています。はっきり言えることは、どんなに高齢でも生体内の分裂細胞が分裂を停止ししてしまうことはない、したがってそのために個体の寿命が尽きてしまうことはない、ということです。

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Q10:日本人は長寿だと言われますが、人種によって最長寿命に違いがあるのですか?環境のもたらすものだけでしょうか?

 癌、心疾患、脳神経疾患などの加齢関連疾患が克服されていない現状では、ヒトの寿命(平均寿命、最長寿命)は生物学的(生理学的)老化速度によって決まるというよりもこのような疾患に対する罹りやすさによって決まると言っていいでしょう。それには遺伝と環境の両方が関係します。「人種によって最長寿命に違いがあるのか」という問は、したがって病気に関係する遺伝子が人種によって違うのか、という問題に置き換えて考えることが出来ます。答えはイエスです。しかし、加齢関連疾患の多くは、いわゆる多遺伝子疾患で多くの遺伝子が病態にかかわっています。このため集団全体で見ると衛生環境や医療が発達した国々の間ではそれほど大きな寿命の違いは見えてこないことになります。日本人が世界最長寿であるのは、遺伝子の違いによるというより、多くの研究者が指摘するように食事などのライフスタイル(生活習慣)の影響によるところが大きいと思います。

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Q11:生物学的に見た人間の寿命限界は122歳ということですが、その生物学的な根拠は何ですか?

 専門家が種々の記録から信頼できると認める最長寿は1997年に亡くなったフランス人女性ジャン・カルマンJeanne Calmentさんの122歳5ヶ月です。しかし、信頼できるとはいえ一人の記録を一般化するのは問題があります。

 東京都老人総合研究所の権藤恭之先生は100歳以上で亡くなった日本人の寿命から年齢ごとの死亡確率のグラフを作成して確率が100%になる年齢を推定しました(広瀬信義ほか「百寿者の多面的検討とその国際比較」(長寿科学総合研究報告書、2002年、p.10-15)。 その結果は男性で115歳、女性で122歳でした。これが現在推定しうるヒトの寿命の限界と考えられます。偶然といっていいと思いますが、女性の場合はカルマンさんが亡くなった年齢です。

  100歳以下で亡くなった方々を含めた全死亡者の統計結果では最長予測寿命は男女とも上の数字より10歳ほど短くなっています。100年以上を生きる方々は80歳くらいまでに亡くなる人々と比べて高齢者がかかりやすい病気に対して抵抗する特別な遺伝的多型を持っていると考えられています。その研究は世界の長寿国で行われており、日本では広瀬信義先生(慶応大学医学部)、田中雅嗣先生(東京都老人総合研究所)などのグループが精力的に研究を進めています。

(註)遺伝子多型:個々のタンパク質の構造を決めているDNAやその発現に関わるDNAは人によってわずかに異なっている場合があります。多くの場合、その変化はヌクレオチド一個の違いであり、これを単一ヌクレオチド多型 (single nucleotide polymorphism, SNP)といいます。この変化がタンパク質機能に大きな影響をもつ場合は遺伝病となりますが、ほとんどの場合はそのタンパク質の量や質に影響がないか、あってもごくわずかで問題になりません。それでもある病気に対するリスクを高めたり低めたりします。これが結果として寿命に関わってくることがあります。例えば、血圧の調節に関わるアンジオテンシン変換酵素、血漿脂質の運搬に関わるアポEタンパク質などについて、ある種の遺伝子多型が長寿に関係すると報告されています。

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Q12:「テロメアの短縮」という機構によって老化や死が決まるという説を聞いたことがありますが、テロメアを延長すれば永遠に生きられるようになるのですか。

 テロメアは染色体の末端(実際は染色体を構成している一本のDNAの両末端)にあるヌクレオチド配列(よく塩基配列といわれます)で、ヒトでは10,000塩基対(10 kbps: 10 kilo base pairs)ほどの長さがあります。テロメアは細胞の分裂(実際はDNAの複製)のたびに短縮し、ある程度短くなると細胞の分裂(DNAの複製)が出来なくなると考えられています。

  老化の研究モデルに「試験管内細胞老化モデル」があります。生体からとった細胞をシャーレ(培養皿)やフラスコの中で適当な栄養を与えて分裂させると50-60回の分裂(実際は集団倍加)を経たあと、分裂が停止してしまいます。これを「試験管内細胞老化」といい1960年代から老化モデルとして研究に用いられてきました。15年のほど前に細胞分裂の停止の原因がテロメアの短縮にあるということが分かり、テロメアは分裂ごとに短くなる“生命の回数券”だといわれて注目されました。その短縮を防ぐことができれば寿命がのびるだろうと考えられたわけです。

  ここに大きな問題があります。それは「試験管内の細胞老化」が個体の老化のモデルになるかという問題です。第一に申し上げなくてならないのは生体内ではどんなに年をとっても細胞の分裂が停止することはないということです(QandA9参照)。細胞の分裂能が無くなって死ぬということはありません。したがって試験管内細胞老化は個体の老化の適切なモデルとはならないということになります。当然、テロメアの短縮が個体の寿命を規定しているのではないことも明らかです。また、テロメアが短くなったとしてもそれで細胞が死ぬわけではありません。試験管内で分裂寿命がつきた細胞も何ヶ月にわたって生存することが分かっています。

  ご質問のように、テロメアを延ばす酵素(テロメラーゼ)を持たせた細胞の分裂寿命(分裂可能回数)が延びたという論文が新聞にも取り上げられ、あたかも個体の寿命延長が可能になるような印象を一般の人々に与えたことがありました。しかし、上のようにそんなことはありません。

 一方、ある種の細胞ではテロメアの短縮が重要な機能的な問題を起こすことがありうると考えられています。例えば抗体産生細胞はウイルスなので抗原刺激を受けると激しく増殖します。その結果テロメアが短縮し細胞分裂能が低下する可能性があると考えられています。そのほか細胞傷害のために細胞回転が激しい動脈の内皮細胞などもテロメアの短縮問題が指摘されています。

  なお細胞分裂の結果、短縮したテロメアを元の長さにもどす反応にかかわるテロメラーゼを持っている細胞もあります。生殖細胞や幹細胞やがん細胞などがそれです。これらの細胞はしたがって無限増殖できることになります。

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