老化介入・老化制御

定期的な運動あるいは身体活動と老化

運動ホルミシス:運動の抗老化作用メカニズムー有益な活性酸素

老化介入・老化制御 」、「定期的な運動あるいは身体活動と老化」で説明しましたが、適度な定期的運動は健康維持に有効で種々の病気を予防して、あるいは発症のリスクをさげて、寿命を延長する効果があることが古くから知られています。そのメカニズムとして私たちは最近「運動ホルミシス」という考えを提唱しています。

ホルミシスとは

 一般に有害な化学物質の生体に対する作用は低濃度から高濃度に至るまで一相性に変化するものと考えられています。物質の有害性が「一相性に変化する」とは、どんなに低濃度でも有害で、高濃度になればなるほどより強く有害になる、つまり用量(この例では濃度)と反応(この例では有害性)の関係が一方向性に変化するということです。しかし、よく調べてみると高濃度では有害でも低濃度ではむしろ有益な作用が見られる場合がある、つまり変化が二相性になることがある、ということが分かってきました。歴史的に見ると毒性のある物質や放射線の作用がそうであると報告されたのが、この現象の本格的な学問的研究のはじまりとされています。2005年、ホルミシス研究の指導的立場にあるCalabrese(マサチュセッツ大学)らによって国際ホルミシス学会が設立されましたが、その前身であるホルミシス会議の第一回大会 (1985年)では放射線ホルミシスが主要議題でした。X線や紫外線やβ(ベータ)線・γ(ガンマ)線のような放射線は遺伝子を傷つけてがんなどの病気を引き起こして有害だということは一般常識になっていますが、低線量ではかえって細胞の働きを活発にして有益になる場合があることが繰り返し報告されています。放射線生物学ではこの現象を「適応応答」あるいは「放射線ホルミシス」と呼んでいます(*)。現在では、種々の化学物質や物理的作用(たとえば温熱や遠心力)がホルミシス様の生物反応を引き起こす(強さによってプラスにもマイナスにもなる)ことが分かっています。

(*)放射線ホルミシスに関する議論
低線量の放射線が病気の発症を防いだり、健康増進に役立つことがあるという主張に対して反対の意見もある。中でも世界の国々に放射線防御に関する勧告を出している国際放射線防護委員会International Commission on Radiological Protection (ICRP) は、放射線は線量がどんなに低くても有害、という立場で放射線にホルミシス作用があることを認めていない。電中研(電力中央研究所)レビュー第53号(2006) 酒井一夫「低線量放射線生体影響の評価」で放射線ホルミシス効果の例や低線量の放射線を前照射されたマウスに致死量の放射線を当てた場合、前照射なしの場合に比べて生存率が大幅に上昇した実験例などが紹介されている(http://www.denken.or.jp/research/review/No53/index.html)。2011年7月日本学術会議が開催した緊急講演会「放射線防護の対策を正しく理解するために」(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-d11.pdf)の中でも 放射線ホルミシスについての講演がが行われ(http://www.scj.go.jp/ja/event/houkoku/pdf/110701-houkoku3.pdf)、また第28回日本医学会総会2011東京「特別企画プログラム」(2011年9月17日、18日)シンポジウム「放射線被ばく医療」でもこのことに触れられている。

 ホルミシス (hormesis) とは、高用(線)量では生体機能を抑制したり、有害作用を発揮したりするけれど低用(線)量ではむしろそれを刺激して活性を高めたり、防御的に働き、生体に有益な作用をもたらす現象のことをいいます。この場合、用(線)量を横軸に、反応を縦軸にとって、グラフ化してみると用(線)量と反応の関係が直線的にならないで、U字型になったり、逆U字型になったり、あるいはJ字型になったりします。一例としてカロチノイドが紫外線による過酸化脂質の産生を抑える現象を見てみましょう(EJ Calabrese Br J Clin Phamacol 66: 594-617, 2008の図より引用、原著: O Eichler et al. Photochem Photobiol 75: 503-507, 2002)。

βカロチンやリコペンなどのカロチノイドは緑黄野菜などに多く含まれている抗酸化物質として一般にも知られています。カロチノイドをヒト細胞の培養液に加えて抗酸化能を調べてみるとどのカロチノイドでも低濃度領域では確かに紫外線による脂質過酸化物の生成を抑える作用がありますが、ある濃度を超えると逆に酸化を促進し、用量反応曲線はJ字型となって、典型的なホルミシス様応答を示します(図35-1)。たて軸は過酸化脂質産生の指標 (TBARS)でカロチノイドを加えない場合を100%として表してあります。

図35-1 ホルミシスの例 “抗酸化物質”カロチノイドの“酸化促進作用”

 なお、作用が有益か有害かは対象生物が何かによって異なる場合があります。たとえば、高濃度で病原菌を殺す作用のある抗生物質が低濃度では増殖を促進する場合がありますが、この場合低濃度の抗生物質は菌にとっては有益ですが、ヒトにとっては有害ということになります。同様に投与された抗がん剤の濃度が有効域より低下した状態では、かえってがん細胞の増殖を助ける可能性があります。この場合も低い濃度の抗がん剤は、がん細胞には有益、ヒトには有害ということになります。

 老化を進める要因である活性酸素もホルミシス様現象を示すとして注目されています。悪玉とされている活性酸素も状況によっては、そして量が適切なら善玉にもなり得るのです。なお、ホルミシス作用とは別に、活性酸素は生体内で殺菌や情報伝達物質として必須の役割を果たしていることはよく知られています(別項"活性酸素"参照)。