老化介入・老化制御

摂取カロリーと老化

レスベラトロールResveratrolの"寿命延長・抗老化作用"についての見解

 レスベラトロール(図1)は、ポリフェノールの一種で、先ごろ放映されたNHKスペシャル『あなたの寿命は延ばせる 発見! 長寿遺伝子』(2011年6月12日放送、好評のため二回再放送されたそうです。2011年8月1日現在)の中でカロリー制限を模倣する抗老化物質として紹介され一躍脚光を浴びました。番組を見た人々がレスベラトロールを買い求め品不足になっているとインターネットなどが報じています。

図1 レスベラトロール(左)、右はよく知られたポリフェノールのカテキン

 レスベラトロールが一般の人々の目に触れたのは恐らく8年前の2003年8月に『老化を抑える物質「発見」−米グループ 酵母の寿命7割増』という見出しの新聞記事が出た時のことではないかと思います。著名な科学雑誌Natureが『レスベラトロールを与えられた酵母の寿命が伸びた』という論文を掲載し、それを一般新聞が取り上げました(図2)。記事には、この発見がヒトの寿命延長に応用されることも考えられ、企業が長寿薬の開発に乗り出せば株価の暴騰が起こる可能性があり、インサイダー取引をしないようにとNature編集部が異例の警告を出した、とあります。7割の寿命延長がヒトで起こるとしたら大変なことです。
  この論文で学問的に注目されたのは、レスベラトロールの寿命延長作用が抗老化作用のあるカロリー制限に類似していることと、サーチュインという酵素を活性化したことによると見られる点でした。

図2 2003年8月26日 朝日新聞記事より引用

 酵母の寿命延長とヒトの長寿とどういう関係があるの、といぶかる方もいると思います。そうです、酵母の老化とヒトの老化とは大きく異なっています。酵母は時に酵母菌といわれるように、細胞一個一個は肉眼では見えない微生物の一種ですが、大腸菌や赤痢菌などのバクテリアとは根本的に違います。基本的な遺伝情報も細胞のつくりも動物や植物に近い生き物です。そのため近年、老化モデルとしても使われています。
 しかしヒト(その他の動物)と酵母では寿命の定義が違います。ヒトの寿命は生存期間で測りますが、酵母では多くの場合、分裂(出芽)回数で数えます*。

 * 酵母には出芽酵母と分裂酵母がある。一般に老化研究に使われるのは出芽酵母である。出芽によって出来た小さい細胞は娘細胞といい、大きい方の細胞を母細胞という。母細胞から芽が出て娘細胞が生まれるように見えるので出芽酵母という。出芽を繰り返した母細胞には出芽毎に瘢痕ができて出芽回数が減ってくる。なお出芽酵母の寿命を生存日数では測ることもある。

 件の論文ではレスベラトロールを与えられた酵母の出芽回数が増えたことをもって寿命が延びたといっています。酵母の寿命を制約しているのは非常に特殊なしくみ**で、ヒトを含めた一般の動物の場合には当てはまりません。この事実でもヒトと酵母の寿命の中身が異なっていることが分かると思います。

 ** 酵母の寿命を制約している主なしくみは核DNAにコードされているリボソームRNA遺伝子が環状DNAとして切りだされることにある。レスベラトロールはサーチュインを活性化することでこの切り出しを阻害するため酵母の寿命が延びるとされている。この場合、サーチュインの標的タンパク質はアセチル化ヒストン(DNAと結合している塩基性タンパク質)である。サーチュインが活性化されてアセチル化が減ったヒストン(プラス荷電が大きくなる)がDNA(マイナス荷電をもつ)とより強く結合し、リボソームDNAの切り出しが阻害される。サーチュイン (sirtuin; silent information regulatorに由来する名称) はタンパク質(またはヒストン)脱アセチル化酵素。

 この論文の発表後、老化モデル動物としてよく使われる線虫、ショウジョウバエでもレスベラトロールによって寿命が延びると報告されました。レスベラトロールの作用がとくに注目されたのは、その作用が古くから知られているカロリー制限の抗老化作用を模倣しているように見えるからでした。カロリー制限の抗老化作用が古くから知られている哺乳類ではどうだろうかと考える研究者がいるのは当然です。

 哺乳類については、マウスでレスベラトロールの作用が調べられました(Baur et al. Nature 444: 337-342, 2006)。マウスに高カロリー食を食べさせると肥満になり寿命が短縮しますが、レスベラトロールを投与すると標準カロリー食動物なみに長くなったと報告されました。肥満の程度は高カロリー動物とさほど変わらないのに、運動機能テスト(回転棒に何秒間つかまっていられるか)で改善が見られ、インスリン感受性が高くなり、肝臓・すい臓・心臓への障害が軽減していると見られたとのことです。しかし、レスベラトロールの寿命延長作用のしくみと考えられているサーチュインの関与については否定的な実験結果でした。この研究結果にはいくつかの問題があります。まず寿命延長が高カロリーで短命になった状態で調べられて寿命が標準食なみになったという点です。 標準条件下で育てられた通常体重の動物ではどうかということは分かりません。また、当初酵母・線虫・ショウジョウバエで示されていた寿命延長効果に対するサーチュインの関与は証明できませんでした。そうなるとレスベラトロールを使う意味があったかどうか疑問になります。他のポリフェノールでも類似の作用が見られるかもしれません。

 その後、著者の多くが前掲の論文と同じである別の論文がやはり影響力のある学術雑誌に発表されました(Pearson et al. Cell Metabolism 8: 157-168, 2008)。要点は、標準食で飼育されたマウスに中年期からレスベラトロール(0.01-0.24%)を投与するとカロリー制限動物に似た変化(特に遺伝子発現に関して)が見られたが、寿命の延長はなかったという点です(図3)。投与動物では骨量や骨密度の加齢による低下や白内障の発症が抑えられ、運動機能が向上し、血管の柔軟性が高まったようだということですからこの物質に何らかの抗老化作用があるかもしれません。なお高用量(1.8%)を投与すると3−4ヶ月で大半の動物が死んでしまったという点には注意が必要でしょう。この論文ではサーチュインの関与については触れられていません。

図3 標準カロリー食で飼育したマウスの寿命はレスベラトロールで延長しない

 さらに最近の論文では(Miller et al. J Gerontol 66A: 191-201, 2011)、遺伝的に不均一なマウスを使って寿命延長効果を調べています。通常の動物実験では遺伝的に均一な集団(近交系という。いわば一卵性双子の集団)を使うのが普通です。実験結果の解釈に遺伝子の違いを除外できるという利点がありますが、人間集団のような遺伝的に不均一な集団にあてはまるかどうかは問題になります。この研究ではそれぞれ遺伝的に均一な4系統のマウスを掛け合わせて、あえて遺伝的に複雑な集団を作って使っています。エサは通常カロリーのものでした。この実験では、レスベラトロールによる寿命延長作用は全く見られませんでした(図4)。自然科学の研究では実験結果が他の研究室でも追認できることが大切です。この研究は3か所の独立した研究室で並行して行われ、結果の再現性が確認されています。

図4 レスベラトロール投与で寿命延長は見られない-非近交系マウスを使用した場合-  

 以上のようにこれまでの研究においては、レスベラトロールの寿命延長作用は哺乳類では、高カロリー食を与えて短命化させたマウス以外では見られていません。この物質が食餌制限を模倣して抗老化作用を発揮しているという主張は、酵母・線虫・ショウジョウバエのカロリー制限による長寿化はサーチュインを活性化することによって起こるという報告に基づいていますが、哺乳類では成り立たないということになります。

 なお、番組で紹介されていたアカゲザルを使ったカロリー制限研究では抗老化作用と見られる変化はあるもののサーチュインの変化に関する報告はありません。

 

 番組ではカロリー制限食を摂取した被検者でサーチュイン遺伝子が活性化されたと見られるという実験結果が示されていましたが、明らかにサーチュインの免疫学的検出方法に問題があると考えられる結果であり、そのような事実は現在のところ、専門家の評価を受けた論文として学術雑誌に報告されたのを見たことはありません(2011年8月1日現在)。なお、レスベラトロールはサーチュインの活性を高めるとされていますが、信頼に値する学術雑誌に活性測定方法の信頼性に疑問が示されていることも付け加えておきます (Kaeberlein M et al. J Biol Chem 280:17038-17045, 2005;Pacholec M et al. J Biol Chem 285: 8340-8351, 2010、これらの批判に対しては反論もある:Dai H et al. J Biol Chem 285: 32695-32703, 2010)。

 

 

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