老化介入・老化制御

摂取カロリーと老化

カロリー制限はヒトの老化を遅らせるか

ネズミや他の実験動物ではカロリー制限は老化を遅らせたり、寿命を延ばしたりする作用があること分かっていますが、人間ではどうでしょうか。  ヒトで何十年にもわたってカロリー制限を行って老化や寿命に対する影響を調べることは現実的ではありません。   ラットの研究でよくおこなわれる若齢期から生涯にわたるカロリー制限(せいぜい2年、長くても2年半)をヒトで行おうとすると、小中学校時代から何十年にもわたって制限しなくてはなりませんから、そういう"実験"は不可能です。マウスやラットでは中齢期(中年)から制限しても、ある程度の効果があることが分かっていますが、ヒトで行う場合、長期間カロリーだけを減らしてビタミンやミネラルその他の栄養素が不足しないようにするのは簡単ではありません。

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1.サルのカロリー制限実験

 アメリカでは幾つかの研究施設(国立老化学研究所National Institute on Aging, Baltimoreやウィスコンシン大学Wisconsin National Primate Research Center, University of Wisconsinなど)で寿命がヒトの3分の1程度で進化的にヒトに近い霊長類であるアカゲザルを使った研究が20年以上前から行われています。 研究室で飼育されたアカゲザルの平均寿命は約27年、最長寿命は約40年と考えられています。1989年に開始されたウィスコンシン大学の研究ではカロリー制限開始時に8歳から14歳で、20年経った現時点までにかなりの個体が老年病その他の原因で死亡しています。久しく待たれていた寿命に対する影響のデータが最近発表されました。自由に餌を食べてきたグループ(自由摂食群)で50%が生存している時点で、カロリー制限をしてきたグループ(制限群)では80%が生存していたということです。自由に餌を食べるといっても食餌を与えられるのは一日6時間から8時間。自由摂食の30%減の食餌を与えられる制限群ではビタミンやミネラルを30%増にされています。 なお、正確に言うと、両群の生存率の違いは加齢関連疾患(がん・心血管疾患・糖代謝異常)による死亡のみを取り出した場合に見られるもので全ての死亡原因でみると違いは見られなくなります(図31−1)。 このグラフから想像すると制限群では最長寿命の延長も見られるかもしれません。最終結果が出るまでにはさらに15年か20年かかるでしょう。

 生存個体について加齢関連疾患にかかっていない個体の割合をみると、自由摂食群の平均寿命(約27歳)の年齢で、制限群で約70%、自由摂食群で約20%でした。 この比較でもカロリー制限による明らかな有益効果が見られます(図31−2)。 自由摂食では、かなり若い時から加齢関連疾患が増加し始める点で飽食時代のヒトの場合と似ています。 論文の著者はカロリー制限群では"見かけ"も若々しいと言っていますが、制限サルは確かに色つやが良く、より生き生きと精悍に見えます(図31−3)。


2.ヒトにおけるカロリー制限

 霊長類のサルでカロリー制限が加齢関連疾患の発症を遅らせて寿命を延ばすようだ、ということになるとヒトではどうかが気になります。 美容や肥満防止のためにダイエットをしている人はかなりいると思いますが、寿命を延ばす目的で取り組んでいる人はあまりいないのではないでしょうか。 何年か前にカロリー制限と老化の専門家が"ヒトでもカロリー制限が寿命を延ばすと思うか"というテーマで誌上討論をやりました(Biogerontology 7:123-168, 2006; 関連解説記事 Nature 441: 807-809, 2006 )。 10名の研究者の約半数はヒトでもカロリー制限に寿命延長効果はあるだろうという意見でした。 私は動物実験ではカロリー制限に抗老化作用が見られているが(図9、9-3、9-4および 後藤ほか:後半生における食餌制限の抗老化作用 生体の科学 53: 502-508, 2002を参照)、成人のヒトの場合は、習慣的にほどほどの食事をしている場合が多いと思われるのでカロリー制限の効果は、過食の場合を除いて、ほとんど期待できないだろうという意見を述べました(Goto: Biogerontology 7:135-138, 2006)。 柴田博先生(人間科学総合大学大学院教授・元老人総合研究所副所長)は、特に日本人の場合、国民全体の摂取エネルギー量が減少傾向にあり、現在よりも減らすのは有害だという意見です(解説書:柴田博「病気にならない体はプラス10 kg」(ベスト新書,2008)など)。

 ヒトのカロリー制限についてよく知られた"実験"は、かなり過激なカロリー制限研究者であり老化免疫学者のRoy Walford (当時カリフォルニア大学教授、67歳)も加わった"Biosphere 2"実験でしょう(アリング/ネルソン著「バイオスフィア実験生活」(講談社ブルーバックス、1996)。 アリゾナ州(アメリカ)の砂漠地帯に建設されたこの"地球二世号"実験施設は、外界からの食糧その他の補給を一切絶った閉鎖空間で長期間自給自足生活をすることによって、将来の宇宙空間での生活のシミュレーションしようという試みでした(図31-4)。 約2年続いたこの実験の間、食糧生産が不十分だったため居住者は結果としてカロリー制限を強いられました。血液検査などによって居住者の健康状態は、予想通り通常の食事をしている"地球人"たちよりも良好と判断されましたが、この短い期間ではカロリー制限の老化や寿命に対する影響は分かりません。

     

 なお、Biosphere 2をめぐる後日談として、カロリー制限でヒトは120歳までは生きられると主張していた(ウォルフォード著「人間はどこまで長生きできるか」(PHP研究所、1988))Walfordは筋萎縮性側索硬化症のため数年前に79歳で世を去り、自ら続けていたヒトのカロリー制限の寿命延長効果を確かめることはできませんでした。   億万長者が15億ドルを投じて建設されたという研究施設も食糧だけでなく植物に頼っていた酸素の供給も不十分だったこともあり、閉鎖され観光名所になっているそうです(Nature 447:759, 2007)。

 最近、カロリー制限に対する関心の高まりを背景に、ヒトに関する研究が行われるようになってきました。 いずれも動物実験ほど長期にわたるものではありませんが、肥満でない人たちを対象に一年から数年以上にわたるもので一般の健常者に関してある程度の情報を与えてくれます。その幾つかを紹介します。

 図31−5は体格指数(Body mass index, BMI) 30以上の肥満者が3人に一人といわれるアメリカ(日本ではこのレベルの人は30人に一人)で、過体重(over weight、BMI=25−30)に分類される平均BMI=27の男女48名を対象にした無作為 (randomized) 研究(被験者を偏りのないようにグループ分けして一年間経って体重と骨密度の変化を調べた結果です。 カロリー制限群では体重減少の大きい人ほど骨密度の低下率が大きかったのに対して運動によって体重減少を起こした場合は骨密度の低下はほとんどみられなかったそうです。この研究から、運動で体重を減らす場合は骨に対する有害作用はないけれど、カロリー制限の場合は骨が弱くなることが分かります。カロリー制限を何年も続けていると骨粗鬆症の危険が高まることが懸念されます。若い時代の骨量が少ないと後年に骨粗鬆症になりやすいことが分かっていますから、若い女性の過度なダイエットには大いに問題があります。 アンチエイジング目的の安易なカロリー制限は逆に老化を促進し、中高年になってQOLを損ないかねません。

 糖尿病の予防や治療には運動がいいといわれています。カロリー制限も血糖値を下げる効果があるので糖尿病に有益だと想像されます。 図31-6はカロリー制限と運動が中年男性の血糖値やタンパク質糖化度におよぼす影響を研究した結果です。 BMIは予想されるようにカロリー制限群で大分低く最適値とされる22を大幅に下回っています。 カロリー制限群では血糖値は予想通り低いのですが、注目されるのは、糖毒性(ぶどう糖と反応したタンパク質が細胞・組織の機能劣化などの障害を起こす)の指標である糖化度が血糖値の高い自由摂食群と同程度に高いことです。 カロリー制限群では筋肉量の低下などによって糖毒性を減らす仕組みが影響を受けていることが考えられます。 実際、糖を負荷した時の血糖処理能力はカロリー制限群では自由摂食群よりも低くなっています(図31-7)。

 このような例から分かるように肥満でない人のカロリー制限は骨量や筋肉量が減少しマイナス作用が起こり得ます。 動物実験で見られているような有益作用がヒトでもあるとしても、有害作用の可能性を考えると、運動を組み合わせない限り推奨できる方法ではなさそうです。


3.カロリー制限作用模倣物質 (calorie restriction mimetics)

 カロリー制限がヒトでも抗老化作用や寿命延長作用があるとしても、厳しい制限を長期にわたって実践するとなると、食べたいものも食べられず空腹を抱えた生活ではQOLが損なわれて、現実的ではありません。 そこでカロリー制限に代わる方法はないかと各種物質が試されました。 有名な赤ワイン成分のレスベラトロール(ポリフェノールの一種)もその一つですが、当初の期待に反して、現在哺乳類で効果が確認されたものはありません(「レスベラトロールresveratrol の”抗老化・寿命延長作用”についての見解」を参照)。 カロリー制限した動物やヒトでは血糖値が下がっているというので、抗糖尿病薬のメトホルミンなども試されましたが、カロリー制限の効用全体を"模倣"出来ませんでした。 見かけだけ真似をしてもダメというわけです。