老化介入・老化制御

定期的な運動あるいは身体活動と老化

運動による認知障害の改善

定期的運動の健康増進作用はよく知られています。その多くは、運動に関わりの深いと考えられている骨格筋や心筋の機能に関するものです。
しかし、脳に対する影響はよく分かっていません。私たちはハンガリー・ゼンメルワイス大学のZsolt Radak教授のグループと共同で定期的な運動(水泳)がラットの認知機能と脳の酸化傷害タンパク質におよぼす影響を研究しました。
ラットに一日一回(60分から90分)、週5回の水泳運動を約2ヶ月させた後、簡単な記憶テスト(受動的および能動的回避能力テスト)を行って脳機能を調べました(図10)。




その結果、図11に示すように記憶力の改善が見られました。それとともに脳タンパク質の酸化傷害が軽減していました。 (Radak et al. Regular exercise improves cognitive function and decreases oxidative damage to proteins in rat brain. Neurochem. Int. 38: 17-23, 2001)
この研究は若齢と中齢の動物を使って行いましたが、高齢期でどうなるか興味深いところです。

その仕組みのひとつは、別の項 (「老化のメカニズム 生体分子に起こる変化 04-異常タンパク質の蓄積とプロテアソーム活性の変化」)で説明するようにプロテアソームというタンパク質分解酵素の活性が高まることによるようです(下図24-4)。それにより酸化傷害タンパク質が分解されて減少し脳機能が高まった可能性が考えられます。

 

受動的回避能力テスト 

ネズミは、暗いところが好きで一般に夜活動します。
長方形の箱を出入り口のついた仕切りで二つの部屋に分けて、一方を明るくし他方を暗くしておきます。ネズミを明るい部屋に入れるとすぐに暗い部屋に入ります。
その時、少々かわいそうですが暗い部屋の床に電流を通じて刺激すると驚いて明るい部屋に飛び出して来ます。これを何回か繰り返して暗い部屋に入るとビリッと来ることを覚えさせます。
この嫌な経験を記憶していれば一日か二日経ってから明るい部屋に入れても暗い部屋には入りません。しかし、中には忘れて入ってしまうネズミもいます。この実験ではその割合(%)を調べています。
14ヶ月齢では、この記憶能力が定期的な運動で高まっていることが分かります。
電気ショックの回避は、自ら進んでするのではなく受身的なものです。そのため受動的回避と言います。

動的回避能力テスト

こちらの方法では、受動的回避能力テストと同じように床に電流を流しますが、電流を流す直前に光を当てて危険を知らせます。 その時、箱の中に立てたポールに飛びつけば電気ショックから逃れられるということを覚えさせるのです。
覚えたあと、一日経ってから光が当たっただけでポールに飛びつく個体数(点数)を調べます。運動群の方が明らかに点数が高くなっています。
光刺激の記憶で自ら進んで電気ショックを回避するので能動的回避と言います。

プロテアソーム活性におよぼす運動の影響 

 ラットにおいて適度な運動に寿命延長効果(カロリー制限ほど大きくはありませんが)が認められます。疫学調査によるとヒトでも適度な運動はがんや心臓疾患などの老化関連疾患による死亡率を低下させます。
運動の抗老化作用のメカニズムは明らかではないのですが、穏やかな運動を長期間続けさせたラットでは異常タンパク質の分解に関わるプロテアソーム(図24)の活性上昇が見られる(図24−4)ので、異常タンパク質の除去能力が高まり老化の遅延に役立っているのではないかと思われます。


(前述のRadak博士や順天堂大学スポーツ健康科学部の内藤久士博士との
共同研究)

 

適度な定期的運動によって活性酸素による酸化傷害がわずかに増えることが引き金になって抗酸化系の一要素といえるプロテアソームの活性が高まったと考えられます。 

また、長期にわたる穏やかな刺激がプロテアソームの他に、抗酸化酵素やシャペロン(註)機能を持つストレスタンパク質などの異常タンパク質蓄積防御タンパク質を誘導して老化を遅らせる可能性も注目しています。

(註)シャペロン
立体構造変化を起こした異常タンパク質を元の構造に復活させたり、生合成途中のタンパク質の折りたたみを助けて適切な立体構造にするタンパク質。ストレスタンパク質あるいは熱ショックタンパク質と呼ばれるタンパク質が代表的なもの。