直交周波数分割多重    OFDM (Orthogonal Frequency Division Multiplex)

多重化は、セル間干渉でも見たように、理論的にはどんな方法を採っても「うまい話」はないはずです。『これしかない』といった過剰宣伝は通信技術の進歩を大きく捻じ曲げてしまう恐れがあります。 OFDMは『これしかない』という勢いでいろんな標準に採用されており、いろんな効能書きが唱えられています。 かつて、CDM (Code Division Multiplex) も、有利さが尤もらしく宣伝されてきました。 いったん、デファクト・スタンダードになってしまうと、LSIが開発され、補助的な技術も開発され、あたかも最高技術のように見えてしまうから不思議です。 そして、あとはお決まりの backward compatibility の泥縄世界。 多くの場合、それらを先導したのは一企業あるいはコンソーシアムなのですが・・・。『 本当のところ、OFDM は最良なの?と開き直って聞かれると、虚心になって効能を確かめたくなります。 最近ではOFDMとCDMの組み合わせなどが出現し、ややこしい世界になっています。

『OFDMは周波数利用効率が高い』
とよく言われます。
『帯域いっぱいまでサブキャリアを詰め込めば、あとはFFTという最強の武器が控えている』
というわけ!
サブキャリアの密度を上げれば、
1.長いマルチパスをカバーできる
2.深いスペクトルヌルをカバーできる
3.
注水定理が実現できる (後半で述べるように、THPと競合します)
などなど・・・
しかし、所詮、時間軸と周波数軸はフーリエ変換で結ばれる深い仲!
信号には
不確定性原理という壁がある!
果たして、
OFDMが一方的に有利であるという話が存在するのか?

<周波数の使用効率>

単一キャリヤ伝送とOFDMについて、原理的な違いを考えてみましょう。

注1: このページは「物理層の概観」からリンクしているので、参考にしてください。

問題を複雑にしないために、まずは周波数利用効率に関する違いに着目してみる。そのために、次の公正な土俵を置きます。

使用帯域は同じで、厳密に帯域制限されるものとする

まずは、2つの伝送方式について、周波数利用効率が等しいブロック図は次のようになります。

    (1) Single Carrier (ストリーム伝送)
    複素シンボルを、ナイキストパルスで次々と送る変調(QAM)は次のようになります。 ただし、線形変調の統一表現にそって、正周波数成分を表示し、実際に送信される変調波はこの実部です。

    複素シンボル
    ナイキストパルス
     搬送波周波数

    チャンネル歪みに対する対策は等化や系列推定で行います。 下は変復調の原理図で、受信側の は信号の負周波数成分をカットして、正周波数成分を取り出す操作を意味します( ヒルベルト変換を参照)。

    img1.gif

    (2) OFDM (ブロック伝送)
    有限長の送信データ系列をIFFTし、その結果を上の単一キャリヤ方式で伝送します。ブロック図は次のようです。

    img3.gif

     

     

パルス波形が同じ( )とき、FFTする以外は、変復調回路は単一キャリヤとまったく同じです。この状況では、OFDMのサブキャリヤをどんどん多くしても、結局は単一キャリヤで伝送することになるので、パルス伝送の物理的な優劣の差はありません。しかし、サブキャリヤの個数を増やすと、サブキャリヤの時間幅がどんどん広がり、このことの方が実際的な問題となります。その様子を例題で見てみましょう。
図1の黒色は16個のサブキャリヤのスペクトル( = rased cosine spectrum )を表しており、サブキャリヤのピーク間干渉はありません。これらのスペクトルを加算すると青色のようなスペクトル(ロールオフ率=5.882%)になり、この逆フーリエ変換が上で述べたパルスに相当し、図2のようになります。ここで、サンプリング周波数は図1のナイキスト帯域幅(WHz)の2倍としています。図2のパルスは128サンプルで打ち切っていますが、そのスペクトラムは図3のようになり、十分正確に帯域制限が実現されています。図4と図5と図6は、サブキャリヤを64にした場合であり、このときのロールオフ率は1.538%となります。


図1


図2


図3


図4


図5


図6

上の例から、サブキャリヤ数を16から64に上げても、周波数利用効率は16/17から64/65に上がるだけであり、この僅かな効率向上に対して、『サブキャリヤ数を多くすれば、ロールオフ率が小さくなり、パルスの時間幅が広がり、信号処理回路が非常に大きくなってしまう』という犠牲が発生してしまいます。送信回路の複雑さから見て、現実の単一キャリヤ伝送のロールオフ率の下限はせいぜい5%程度です。

サブキャリヤ数を増やす問題について、別の観点から考えてみましょう。OFDMは、そのネーミングから、複数の直交キャリヤにデータを載せるという発想からきています。この発想によれば、変調信号(複素表示)は


チャンネルの帯域
チャンネルの最低周波数

のような意味と考えられます。 この信号は永遠に続く周期信号なので、たとえば基本周期の時間幅で打ち切る必要があります。 しかし、この打ち切りを行うと、スペクトルは無限に長い裾を引き(帯域制限パルスを参照)、帯域制限の条件を満たすことができません。 実用上無視できるまで帯域制限を守ろうとすれば、上の信号を滑らかな窓関数を掛けて切り出す必要がありますこの窓関数は、上の例で言えば、図1の黒色のサブキャリヤのスペクトルを逆フーリエ変換したものになります。サブキャリヤ数=16の場合について、この窓関数を2W[Hz]でサンプルし、十分に帯域制限が実現できる範囲(128サンプル)で打ち切ったものは図7のようになります。この窓関数の長さは64シンボルに相当する。16個のシンボルを送信するために64シンボル長を必要とするので、非常に能率が悪いといわざるを得ません。ちなみに、図1の黒色のスペクトルに従う限り、窓関数の長さ(シンボル長)は4×サブキャリヤ数になります。


図7

他の窓関数を採用して、その幅を狭くしようとすと、サブキャリヤのスペクトルが広がり、サブキャリヤ間干渉を避ける必要があり、周波数利用効率が下がる可能性があります。このように、OFDMのサブキャリヤ設計は常に不確定性のジレンマに支配され、結局のところ、時間軸・周波数軸の平面に格子状に配置された2次元直交関数系の設計問題に帰着します。

 

<注水定理の適用について>

注水定理は、チャンネルの周波数特性と加法有色ガウス雑音の電力スペクトルの2つが与えられたとき、受信信号に含まれる送信情報が最大になるような送信信号を作る方法を与えます。ただし、この解の前提条件は送信信号の平均電力が制限されていることです。 実際には、送信スペクトルの上限が制限される規格が多く、このときは、上限のフラットスペクトルで信号を送ることが最良の方法です。 THP (Tomlinson Harashima Precoder) がこの方法を実現します。

OFDMのよる実現の概略は次のようです(他にも、いろんな方法がありそうですが)。

    1. 注水定理によって、サブチャンネルへの最適電力配分を求める。理論的には配分は連続値ですが、整数値(シンボルの多値数)と仮定しましょう。

    2. 各サブチャンネルについて、
           
      を最大にする多値数 L (≧2)を求める。R は2値対称チャンネルのシャノン限界(誤りの無い情報伝送速度の低下率)であり、次の式で与えられる。 Pe (≦0.5)はビット誤り率である。
           
      最適電力配分によって、各サブチャンネルのSNRが決まっているので、L を大きくすると、R は急速に小さくなる。配分される電力が小さいと、L=2 でもビット誤りが大きく、R が非常に小さくなる(1ビットを送る時間が非常に長くなる)ことがある。このとき、R の小さいサブチャンネルをまとめて同じビットを送るとか、時間軸方向にブロックを越えて同じビットを送るなどの対策が必要になる。以上の計算現原理はディジタル通信の最高速度を参照

    3. サブチャンネルの多値数を合計するとトータルのビット数が出るので、改めてトータルビット数のグレー符号を設計して、すべてのレベルに割付ける。

 

以上の配分方法は極めて簡素化したものであり、実際には

  • QAMなどの変調方式を採用するので、各サブチャンネル(または、複数のサブチャンネルを束ねたグループ)への配分電力はもっと粗い離散値になる。
  • 各配分について、ビット判定の誤り率が揃っていることが望まれる。

などを配慮すると、この配分問題は非常に複雑になり、NP問題(総当たりしか解法がない)になってしまいそうです。

さらに、OFDMでは、ブロック組み立てや誤り訂正などが伝送障害の特性に応じて可変になるという煩雑な問題も残ります。また、ロバスト通信(時変で非定常な劣悪な伝送環境に対して強靭な通信)を実現する場合の、ブロック同期の信頼度を向上する手段も厄介です。ブロック同期は受信処理の中で最も強靱でなければなりませんが、OFDMのサブチャンネルの相当数を束ねて制御チャンネルとする操作が新たに加わります。ロバスト通信機器の開発に携わった私の経験からすれば、OFDMの受信プログラムは、スパゲッティを通り越して大盛りの焼きそば状態になり、とても採用できることはできませんでした。 あらゆる角度から見て、THP+SS(スペクトル拡散) などの方式が、ブロック同期などの自由度が大きく、フォールバック(速度を落としてロバストネスを確保すること)がスムーズに実現でき、かつ伝送障害に対する耐性が優れていました。