セル間干渉    Inter-cell interference

 このページで扱う内容は、原理の理解をしていただくため、ダウンリンク(基地局から携帯端末へ)もアップリンク(端末から基地局へ)も同期がとれていることを前提にしています。 特にCDMAでは、アップリンクでセル内の端末の同期はとれませんし、また方式によってはセル間の同期もとれません。 実際的なことは、最後の注に書いておきます。 第3世代以降の多元接続がどうなるかは、まだ不透明だと思われます。 多重化の基本的な概念は多重化を参照してください。

帯域幅 W Hz が与えられると、N人が2値伝送で多重使用するならば、TDM FDM (とりあえずOFDM と同じと考えておいてください)もCDM も一人当たりのデータ最高速度は、同じく、W/N [ビット/秒] ということになります。 これは孤立セルの場合です。 以下、ダウンリンク(基地局から移動端末へ)をイメージしてください。 とりあえず、ダウンとアップをFDD(上下が別帯域を使う)と考えておきましょう。 簡単のため、下図のように、セルが二つのケースで話を進めます。

img1.gif

どちらのセルもN人のユーザが多重化される状況を想定してください。 走っているA子さんは両方の基地局(黒丸)から同じパワーの電波を受けています。 二つのセルに居る総数 2*N 人のユーザを同時に接続させる方法としては、とりあえず、3つの多重化方法から二つを選択する組み合わせのすべてが可能です。 下記の形式は、[セル間分割/セル内分割] と読んでください。

FDM/FDM,   FDM/TDM,   FDM/CDM

TDM/FDM,   TDM/TDM,   TDM/CDM

CDM/FDM,   CDM/TDM,   CDM/CDM

上段の3つと、 TDM/CDM (LAS-CDMA) と CDM/FDM VSF-OFCDM と CDM/CDM(cdma2000系) について考えてみましょう

FDM/FDM
図の左の基地局のFDM チャンネルと右の基地局のFDM チャネルの周波数が同じだと混信するので、チャンネルを左右にN/2個ずつ分配しなければなりません。そうすると、左でN/2人、右でN/2人は接続できなくなります。 これを救うために、FDM の分割数を更に2倍にして、Nチャンネルずつ左右の基地局に分配します。 この結果、各チャンネルの周波数幅は半分になり、1チャンネル当たりの(1ユーザ当たりの)伝送速度は半分、すなわちW/N/2[ビット/秒]になります。 これで、すべての2*N人の混信はなくなります。

FDM/TDM
FDM のNチャンネルを左右に半分ずつ分ける。 その後でTDM する。 すなわち、2ビットのペアを考え、最初のビットを一人のユーザに、次のビットを同じサブチャンネルを使用するもう一人のユーザに割り当てる。 やはり、1ユーザ当たりの伝送速度は半分になります。 すなわち、W/N/2 [ビット/秒]になる。 これで、左と右の基地局に居る2*N人のユーザのすべての混信が解決しました。 ちなみに、現行のPDC は、FDM/(FDM&TDM)ということになります。 すなわち、FDM でセル間干渉を除き、FDM TDM の両方を用いてセル内干渉を除いています。

FDM/CDM
FDM のNチャンネルを左右に半分ずつ分ける。その後でCDM する。 TDM と同じく2ビットのペアを考えます。このペアは (+1,+1)(+1.-1) とし、一人のユーザには (+1,+1) を、同じサブチャンネルのも一人のユーザには (+1,-1) を割り当てる。 基地局から飛んでくる信号のCDM符号はちゃんと同期しているから、A子さんは

自分のデータ × (+1,+1)  +  サブチャンネルを共有している他人のデータ × (+1,-1)

を受信する。 これから、自分のデータを取り出すには、上の信号と自分のコード (+1,+1) の内積をとればよい。 この結果、やはりユーザ当たりの伝送速度は W/N/2 [ビット/秒] になります。

TDM/CDM
左右の干渉をTDM で除去する。 すなわち、時間帯を大きく分割して、左右で交互に通信を行う。 左の基地局が電波を出しているときは、右の基地局は電波を出さない。 この時間帯において、左の基地局はN人にCDM で送信する。 たとえば、N=64 ならば、64-Walsh 符号を使って、それぞれのユーザはビットを送る。 この符号(チップ列、パルス列と同じ意味)の送信速度は、全帯域を使うから、W [チップ/秒]です。 したがって、各ユーザの伝送速度は、やはり W/N/2 [ビット/秒] になります。 しかし、実際には、移動端末の位置によって両基地局からの信号の間には遅延差があります。 しかも、移動端末は高速に移動するので、この遅延差も高速に変化します。 遅延差があると、両基地局からの信号がかぶる可能性が出てきます。 これを簡単に避けるには、TDM に少し無言の時間を挿入すれば済みます。 しかし、蜂の巣のセル配置を考えると、このロスはかなり大きくなります。 そこで、このかぶりが少々あってもうまく行くような符号化を考え出したのがLAS-CDMA です。 この問題に関しては、日本でも研究が盛んです。

CDM/FDM
左右の干渉をCDM で除去する。 すなわち、左の基地局には (+1,+1)、右の基地局には (+1,-1) の互いに直交する符号を割り当てる。 左右のN人にサブチャンネルを一個ずつ割り当てる。 この結果、セル内で同じサブチャンネルを使うユーザはいないが、隣で同じサブチャンネルを使うユーザが一人居ることになる。 A子さんが左の基地局に接続しているとします。 もし右からの干渉がなければ、

自分のデータ×(+1,+1)

が受かり、これと自分のセルの符号 (+1,+1) の内積をとれば自分のデータが得られます。 実際には、右からの同じサブチャンネルの干渉を受けるので、以下のように混信した信号が受かる。

自分のデータ × (+1,+1) + 右のユーザのデータ × (+1,-1)

しかし、この信号と自分のセルのコード (+1,+1) との内積をとれば、上式の第2項との内積がゼロになり干渉が消える。 この結果、各ユーザの伝送速度は、やはり W/2/N [ビット/秒] となります。

CDM/CDM
まず、上と同じ文脈に沿って説明します。 左右の干渉をCDM で除去する。 すなわち、左の基地局には (+1,+1)、右の基地局には (+1,-1) の互いに直交する符号を割り当てる。 左右のN人に直交符号を一個ずつ割り当てる。 この結果、左右のセルで同じ符号をもったユーザが一人ずつ存在する。 A子さんの符号をCで表す。 右のセルにも同じ符号をもったユーザが一人存在しているはずである。 たとえば、N=64 とすると、64個の64-Walsh のどれかである。 左の基地局は、局固有の符号(+1,+1) とA子さんのWalsh 符号から、次のようにして新たに赤い四角のユーザの長さ2N の符号を作る。 これが、最終的にA子さんに配分される符号です

 (+1) × C  +  (+1)×C          (1)

この符号に送りたいデータ ”a” を掛けて送る。 同様にして、右の基地局は、同じ符号をもつユーザに対して、長さ 2N の符号を作る。 彼に送るデータを ”b” とする。

 (+1) × C   + (-1) * C         (2)

A子さんは結局、

 a × [ (+1) × C + (+1)×C ]  +  b × [ C(+1) × C + (-1) × C ]

を受信する。 符号(1)と符号(2)は直交しているので(もちろん、他のすべてのユーザとも直交しているので)、上の受信信号と符号(1)との内積をとれば、本人のデータ”a”が得られる。 以上の結果、一人当たりの伝送速度は、やはり、W/2/N [ビット/秒] になります。

 

以上が、完全にセル間とセル内の干渉をゼロにする理論的な展開です。 しかし、CDM/CDM を採用する現行のWCDMA系(プロトコルレベルの充実したサイトcdma2000系などではこのような完全な干渉除去を行っていません。 ストーリーは以下のようです。

N人に長さNのWalsh を配分するところまでは同じです。 その後、上のように 2N の長さの符号を作ることはしない。 その代わり、各セルにダミーを一人ずつ配置する。 このダミーは、ただ

 +1, +1, +1, +1, ・・・・・・・・・・

を送り続けるだけ。 これを、他のすべてのユーザのCDM 信号の総和に加算して送信信号を作る。 この送信信号に対して、長いランダム符合列(基地局固有の符号列、以下ロングコードという)を掛けてゆく。 この結果、

ロングコード + ロングコード×(N−1人のユーザのCDM 信号)

が送信される。 上の第一項と第二項の電力の比は 1:(N−1) であり、薄くではあるがロングコードの情報が加算されているので時間をかければ検出可能なはず。 移動端末が最初に行う処理はこのロングコードをサーチすることです。 このロングコードサーチには時間がかかり、高速接続の主要技術になっている。 とにかく、ロングコードが分かると、これを受信信号に同期して掛けてゆけば、送信信号

 N 人のユーザのCDMA 多重信号

を引き出すことができる。 そして、第二項のCDMA 多重信号と自分の直交符号の内積をとれば、セル内のユーザの干渉を消すことができ、自分に送られたデータが正確に分かる。 以上が cdma2000 系とWCDMA 系に共通する方式です。 注意すべき点は、ここまでのストーリーで、2倍のファクターが出現しなかったことです。 そして、隣接セルからの干渉の問題も出現しなかった。 そうです、実は隣接セルからの干渉は野放しなのです。 隣接セル同士のロングコードは無相関です。 互いに、長いランダム符号列を掛けているにすぎないので、A子さんは、右の基地局からの信号パワーをそのままランダム雑音として受信することを覚悟しているわけです(自分のセル内のユーザ干渉は完全に消せることは上で説明した)。 基地局に近い端末は、有利ですが、遠い端末は隣接基地局からの強い干渉を受け、大変不利になります。 この問題を解決するには、当該基地局がA子さんの信号パワーを計測して、彼女のCDM 信号を強調して多重化しなければなりません。 このことは、上りに関してはもっとシビアです。 特にCDM では、これが弱点であり、遠近問題と呼んでいます。

 

注: CDMAとは、あくまでも多重化するための技術を言います。cdma2000系からEVDOやEVDVに移行したとき、あるいはWCDMAからHSDPAに移行するとき、ダウンリンクで16QAMや64QAMが登場しました。 この概念とCDMAはまったく合いません。 CDMA信号は、もし64人が多重化されれば信号レベルはー64から64の間の任意の整数値をとります。 こんな多値検出なんて移動通信では無理です。 CDMAは64倍に時間軸拡散してスピードを落として多重化するのが原理ですから、多値化するならば、符号(チップパルス)の振幅を多値化して、“内積(相関)”検出の結果を多値化するのが正統です。 しかし、この方向を追求するのをやめて、いっそうのこと、ユーザのビットを16QAMや64QAMの高速通信のシンボルに直接乗せて、そのまま送ろうということになったわけです。 あとは、状況に応じて誤り訂正の符号化率をどうやって設定するか、パケットをこの高速通信にどうやって乗せるかを考えれば済む。 しかし、従来の基地局識別のロングコード方式は、backward compatibility  から、そのまま残ることになって(これを変えると基地局の総入れ替えになる)、このことがCDMAだと誤解されるようになってしまった。 一方アップリンクでは、もともと端末の同期をとることが困難なので、ロングコードによって拡散された他ユーザーの信号を逆拡散できない。 つまり、他ユーザーの信号は雑音となります。 したがって、単なるスペクトル拡散通信(相関受信で他ユーザーの信号を消去しないという意味で)を行っているだけです。 “cdma”は普通名詞ではなくて、固有名詞です。 あえて言えば、ダウンの高速化を狙う方式のほとんどは、たとえば、

 packet over 64-QAM / cell identification by random sequence / (TDD or FDD)

ということになります。