刺激を加えない心筋細胞で自然発生的に局所的なCa2+濃度上昇がウェーブ状に伝搬する動きが見られることがあります(図5)。これがカルシウムウェーブです。カルシウムウェーブは
nicardipine や塩化カドミウム( CdCl2 )に影響されにくく、 ryanodine や cyclopiazonic
acid で強く抑制されることから、細胞膜からのCa2+流入を伴わず、SRの局所で発生したCa2+放出が隣接するSRからのCICRを引き起こし、それが次々と伝搬していると考えられます。ウェーブは発生地点から細胞質内の全ての方向に伝搬し、その速さは100マイクロメートル/secと心筋の活動電位の伝搬速度数m/secに比べてはるかに遅いものです。強心配糖体や高Ca2+など心筋細胞にCa2+を過剰負荷するような処置により発生が誘発される傾向もあり、カルシウムウェーブは病的な状態にある細胞で発生し不整脈などの心筋異常活動と関連すると考えられています。冠動脈灌流した心筋組織標本を共焦点顕微鏡で観察し、低酸素−再灌流によるカルシウムウェーブの発生を捉えた例も報告されています。
一方、私たちはカルシウムウェーブが心筋の正常な興奮収縮関連にも関与している可能性についても検討しました。心房筋細胞は心室筋同様に細胞質全域にSRやRYRCを有しているもののT管構造を持っておらず(図6A)、細胞中心部のRYRCからのCa2+放出がどのような仕組みで惹起されるのかは不明でした。そこで、心房筋細胞の電気刺激直後のCa2+濃度を高速画像化したところ、まず細胞膜直下のCa2+濃度が上昇し、細胞中心部に向かってウェーブ状にCa2+濃度上昇が拡がって行く様子が捉えられました(図6B,C)。ここでの伝搬速度は自然発生カルシウムウェーブ同様約100マイクロメートル/secでした(図6C)。細胞中心部のCa2+濃度上昇は
ryanodine により強く抑制されました。心房筋においては、細胞中心部のSRのRYRCからのCa2+放出はCICRの伝搬、つまりカルシウムウェーブにより引き起こされていることが示されました。
一般に、心筋細胞質内のCa2+濃度上昇機序(メカニズム)には、細胞膜からのCa2+流入と拡散、T管から流入したCa2+により惹起されるRYRCからのCa2+放出、ウェーブ状のCICRの伝搬によるRYRCからのCa2+放出、の3種があります。それらの寄与のバランスは心筋の状態や種、発達段階などにより異なっており、異なる心筋間での薬理学的性質の差異は一部このバランスの違いで説明されると考えられます。例えば
ryanodine や cyclopiazonic acid など、SR機能を阻害して作用する薬物は心室筋に比べ心房筋の収縮力を強く抑制しますが、私たちはこれらの薬物はカルシウムウェーブを強く抑制することを見出し、カルシウムウェーブ依存性の興奮収縮関連機構を有する心房筋に強く作用することが説明できました。
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