季節は秋。ある年の登山シーズン終りがけの時期のことでした。私はラッキーと一緒にパジェロに乗って磐梯山へ向かいました。ふもとから山頂まで、私は植物の写真を撮りながら散策し、マイペースでテクテクと登りました。ラッキーはそんな私の周りを後になり先になりしながら楽しそうに歩きました。山頂に到着するとちょうど昼どきで、ラッキーと私はパンやソーセージ、チーズなどを食べて小休止。磐梯山の火口からは物凄く強い風が吹き上げていました。いたずら心が湧いて、私は抱き抱えていたラッキーを火口の方へ傾けました。何するんだよ!と言わんばかりに暴れるのでそっと開放。私は火口を見下ろし、「ラッキー来てごらん。怖い怖いだよ。」と声を掛けました。しぶしぶこちらにやって来て火口を覗き込んだラッキーに「凄いね~、ラッキー。」と言えば「ウウッ」っと返事が返ってきました。少し眠くなったのか、ラッキーは風の来ない笹の陰をみつけて横になり小休止。その間、私は植物を求めて散策。
ひと休みした後に野ネズミの穴を見つけ念入りに観察していたラッキーでしたが、しばらくして飽きたのか、そわそわし始めました。「帰ろうよ」と言っているような気がしたので、私は冗談で「ラッキー、先に帰っていいよ。」と言いました。するとラッキーは本当に歩いて行ってしまったのです。まさか本当にいなくなるとは思わず、私は山頂でしばらくラッキーを待ちました。ですが、戻って来ることはなく、心配しながらも下山を始めました。秋の日暮れは早いので、後ろ髪を引かれる思いで早足に下りながら「冗談にもあんなこと言うもんじゃないな」と猛烈に後悔していました。車でラッキーが戻るまで待つか、それとも明日ラッキーを探すか。もしも迷子になっていたらどうしよう、と、まとまらない気持ちを抱えながらパジェロに辿り着きロック解除ボタンを押しました。その瞬間、パジェロの下からラッキーがのそっと出てきてブルブルブルと土を払い「やっと来たな。待っていたよ。」とばかりに私をジロリと見上げました。「早く車に乗ろうよ。待ちくたびれたよ。」と言っているように思えました。泣くほど心配しましたが、なんとラッキーは私よりも先にパジェロまで帰って待っていたのです。「ラッキーちゃん、ちゃんと帰れたんだ。凄いね!」と言うと、当たり前だろ!と言わんばかりに「ウウウウ」と返事が返ってきました。ラッキーは指定席に飛び乗り、私が運転席に座ると私の左肩にあごを乗せ、何か一生懸命「ウウウン、ウウ…」みたいな犬語を数分間しゃべっていました。「ラッキー、ゴメンね。」と言いながら心の底から安堵したことを今も昨日のことのように鮮明に覚えています。
私の言葉を理解し、先に帰り、道にも迷わずパジェロの下で休んで待っていたラッキー。初めての山でひとりでちゃんと帰れるなんて凄いやつだなと、その賢さを思い知らされた出来事でした。この事があって以来、ラッキーと一緒に初めての山やいろいろな場所に行っても、ラッキーがいなくなることへの心配はまったく無くなりました。むしろ安心して一緒に散策を楽しむことができました。
初めての筑波山散策の時も驚かされました。私とラッキーにとって初めての裏筑波の登山。パジェロで行ける所まで行き、車を降りて山頂を目指して散策を始めました。写真を撮りながら細い登山道を歩き、途中からは獣道らしき道を進みました。山頂につながる尾根筋に着き時計を見ると13時。ちょっと遅い昼食をとることにしました。場所は、おそらく車を置いた所からちょうど反対側あたりから直登したあたりだったと思います。私が荷物からラッキーの好物のひとつのお稲荷さんを出すと、ラッキーはペロリと3つをたいらげ、2つは穴を掘り、埋めて貯食に。同じく好物のハムは5枚をペロリ。
小休止したところで帰り時間が気になりはじめました。私は来た道を帰ろうかなと思い「ラッキー、帰ろう。」と声を掛けて下山を始めました。ラッキーが来た道ではなく別の方角へ下り始めようとしたので「そっちじゃなくてこっちだよ」と来た道の方を示しながら教えたのですが、私の言葉など無視して藪の中を進んで行き、こちらを振り向いては「着いてきな。こっちだよ!」とでも言うような仕草をしてそそくさと下りて行きました。少し不安はありましたが、私は「まぁ、下れば通って来た横道のどこかにたどり着くか…」と思い、ラッキーに着いて行くことにしました。すると、それはなんと車まで最短距離の、一直線に近いルートだったのです。途中、何ヶ所か藪漕ぎはしたものの、ラッキー、天晴れ!脱帽です!!トータルで約2時間近く短縮できて予想よりも早く車に戻る事ができたのでした。車に着くなり「ウウウッ」と得意げに言うので、「ラッキー、着いたね!初めての所で、なんでわかったの?」と尋ねると「わかる者にはわかる」というような勝ち誇った顔でこちらを見ました。感謝と尊敬の気持ちをたっぷり込めて私はラッキーの頭を思い切りグリグリと撫でまわしました。
この下山は本当に予想外の出来事でした。私の長年の登山経験からの感と、ラッキーの帰省本能と、良い天気で日差しが木々の枝の隙間から差し込み体に当たり、清々しくポカポカするような小春日和であった事などが偶然重なり、初めての場所にも関わらず私はこんな無謀なことをしたのだと思います。なぜかこの時は不安が全然無かったのです。磐梯山での一件があったからかもしれません。ラッキーがいれば何も心配なく、私は安心して散策ができたのです。
筑波山の隣の里山に行った時のことです。 例のごとくパジェロで山道を行ける所まで行き下車。周りを見ると山の中腹あたりで、樹木を伐採するためにブルドーザーで押して造ったと思われる真新しい道の手前でした。
進んでゆくと沢が見えたので、私はまずサワガニやカワトンボの幼虫を探すことにしました。少し離れた場所ではラッキーがマムシを発見して私に教えてくれました。「いたね~」と私が言うと、ラッキーは得意げに胸を張り「どうだ」と言わんばかりです。他にアブやカゲロウの幼虫などを観察して私たちは尾根へ向かいました。
初めて行く場所では、私は自分のいる場所を絶えず確認しながら進みます。この時もいくつかの枝尾根を越えるたびに確認をしていました。尾根筋で昼食をとり、小休止。写真もそこそこ撮れて満足したので、「ラッキー、帰ろう。」と声を掛けて下山を始めました。2本に分かれている道の一方を行こうとした時、「違うよ。こっちだよ。」と言われているようでしたが、私は構わずに更に進もうとしました。するとラッキーは「ウウウウウ~ン」と言いながら首を斜めに傾げ、前足を交互にスローでジタンダを踏み始めました。「違うよ。こっちだよ、こっち!」というような素ぶりをしてもう一方の尾根へ進みました。後をついて行く私を振り向き、振り向き、導き、姿が見えなくなるとすぐにやって来て「こっちだよ」と言わんばかりに先導してくれるのでした。そして遂に車までたどり着きました。車に着くなりお座りをし、前足をちょっと前にして胸を張り、あごをちょっとだけ上げて「どうだ!」とばかりに私を見ます。「ラッキーちゃん、ありがとね!」とお礼を言うと「車に乗ろう」と指定席になっている後ろのドアを見るのでした。
ラッキーは私が「帰ろう」と言うと、とにかく車までの最短コースを教えてくれるのでした。あのまま最初に選んだ枝尾根を行っていたら、かなりの遠回りをしていたことでしょう。山での枝尾根一本の違いは、後に大きな違いとなります。ラッキーに負けた!と実感させられた散策でした。
ラッキーは山に着くとまずは先行してヘビやイノシシ、クマなどがいないかをざっと調べて戻り、私たちとすぐに合流するのでした。とにかく少しでも私たちの先を行って、私たちを守ってくれているかのような行動がよく見られました。また、ある程度安全な場所だと判断すると、私たちの姿が見える範囲内で遊びながら先導してくれました。
Aさんと散策に行った時のこと。ラッキーは基本的に私の近くにいるのですが、Aさんは色々なものを観察しながらゆっくりと後から来るので、私からは姿が見えなくなることがありました。でも、山道の分岐点で私が先に行く時にラッキーにひと言「ラッキー、Aさんを連れてきて。」とお願いすると、Aさんの所まで行きちゃんと連れてきてくれるのです。私がわざと何も言わずに間隔を開けてみても、ラッキーは自らAさんの所へ行き、連れてきてくれました。
Nさんとの散策は山道ではなく山の中を適当に歩きまわっていました。この時も、私とNさんとの距離が開いてしまって居場所が見えなくなってしまっても、ラッキーは二人の間を何往復もして場所を把握してくれていました。「ラッキー、Nさんどこに居るの?」と尋ねると、私をNさんの所へ連れて行ってくれるし、「Nさんを呼んできて」とお願いすれば呼んできてくれました。とても頼もしい信頼のおける相棒なのでした。