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白井市環境調査 -3-  草地(原っぱ)調査の手引き

担当 : 地理生態学研究室 長谷川 雅美
地理生態学研究室URL:http://webbio.bio.sci.toho-u.ac.jp/lab_geoeco/geoeco.html
http://island.bio.sci.toho-u.ac.jp/geoeco/

白井市は原っぱの町

2005年4月12日

はじめに

 みなさんは「原っぱ」という言葉に、どのようなイメージをおもちですか?レンゲやシロツメクサの咲き乱れたミツバチの飛び交う景色でしょうか?はたまた、クズやセイタカアワダチソウの繁茂した空き地のようなイメージでしょうか?

白井市神々廻の草原 私は幼年期を東京の下町で過ごしたこともあり、草原のイメージを浮かべると工場裏の草の生い茂った荒れ地や河川敷などが浮かびます。しかし、それは大きな誤解でした。そのことを教えてくれたのが白井市に今もなお残る伝統的な半自然草原の景観でした。

 白井市は原っぱの町といえるほど、見かけ上の草原がたくさんあります。山林を切り開いたり、谷津田を埋め立てた造成地では、建物が立つまでの間、原っぱになっています。北総公団線の線路沿いにもススキの草原が見られます。しかし、クサボケやタチフウロ、ツリガネニンジンなど、四季折々の花が咲く草原はそれほど多くなく、むしろ消失の危機に瀕しています。季節を通して私たちを楽しませてくれるこれらの草原も大切な財産といえます。白井市には市民の森だけでなく、市民の原っぱも必要ではないでしょうか。そしてそのためには守るべき原っぱを認識していなければなりません。そこでここでは、白井市の草原の価値と守るための手引きを紹介することにいたします。

1.半自然草原とは

 はじめに、半自然草原とはどのような草原を指すのでしょう。半自然草原(2次草原ともいいます)とは、文字通り人の干渉が加わることで半自然的に維持されている草原をいいます。日本は降水量の多い国であり、本来草原は時間の経過と共に森林になります。自然草原が維持されるのは高山など限られた場所のみであり、身近に存在する草原の多くは半自然草原といえます。
 さらに、半自然草原はその由来により、いくつかに分類できます。そのひとつは、造成地などにみられる、削土草原や埋立草原です。削土草原とは整地により表土が削り取られた裸地に成立した草原であり、埋土草原とは谷津田を埋め立てた裸地などに成立した草原をいいます。いずれも有機物の乏しい赤土主体の表土であるうえ、本来そこに生育していた植物はみな排除されているので生育している植物は少なく、その多くが外来種であったりします。
 一方、古くは奈良時代から維持されてきた放牧地や萱場に由来する伝統的な半自然草原があります。こちらの特徴は表土が黒い黒ボク土であり、固有の様々な生物が棲息していることです。そして白井市には、この伝統的な半自然草原が随所に維持されていることが確認されました。

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2.白井市の草原

 なぜ白井市には多くの草原が残されているのでしょう。それには、白井市を含む下総台地の土地利用の歴史的な背景が関係しています。今では住宅地や工場がその多くを占めていますが、かつて台地には広大な草原が広がっていました。それは、年間降水量が関東周辺では比較的少なく、台地ゆえに一度森林が火入れを受けると、その回復は時間がかかることによります。それゆえ、台地上には草原が点在していたと思われ、すでに奈良時代から、下総の地に牧の存在が記録されていました。このように、もともと草原が多かったことと、稲作に適さない土地であったことから馬の生産が盛んとなったと想像されます。
 しかし、戦後の馬の需要の低下に伴い、馬の役割も農耕や民間の小規模な物資の輸送に限られるように変化し、トラクターなどの耕耘機の普及で、その重要性は失われました。この一連の変容により広大に存在した牧場も利用の価値を失い、宅地開発の波ともに姿を消していきました。そして、現在その当時の草地の様子を残した草原が市内に点在している状態に至るといえます。

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3.半自然草原の危機

 半自然草原は開発されやすく、森林と異なり消失しても気づかれにくいため、その価値を認識されぬまま開発されてしまうケースも多々あります。しかし、環境省の取りまとめた第4回自然環境保全基礎調査報告書(環境庁自然保局.1996)によると、千葉における半自然草原の割合(植生自然度5および4の二次草原の合計)はわずか4.3%に過ぎません。また、これにはゴルフ場や芝地が含まれている可能性があり、厳密には4.3%以下と考えられます。
 半自然草原の減少は全国的に問題となっています。草原に依存的に生育する植物や、それらと結びつきの強い種に関しては、貴重な生育地の減少につながり、結果としてレッドデータブックには、これら草原性草本種の多くがリストアップされています。
 しかし、これら草原に生育する植物の多くは、私たちの生活と関わりの深かった植物でもありました。現在絶滅に瀕しているキキョウをはじめとする多くの植物は花を楽しむことにとどまらず、民間薬として医者の少なかった農村で大切に扱われ、利用できるほどの存在量があったのです。白井市の草原でみられるゲンノショウコやツリガネニンジンも民間薬として用いられていましたし、クサボケもその果実を果実酒として利用されます。半自然草原の消失は、このような土着の文化の消失の危機も兼ね備えているといえるでしょう。そしてなにより、四季を感じ四季を楽しむという日本人固有の感性を育む貴重な場所が人知れず消えてしまうという現状は改善しなければなりません。

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4.私たちにできること

 伝統的な半自然草原を守るためには、守るべき草原を認識していなければなりません。そして、守るべき草原をすべてのリストを作ることが理想といえます。しかし、条件にあう草原を探しだすためには市内の全ての草原を見て回らなければならなく、いったいどれくらいの時間がかかるのか想像もつきません。そこで、みなさんの力が必要となります。仮に10人の住民の方が自宅の近隣を見て回るとしましょう。いったいどれだけの草原がみつかるのでしょうか。これは、地元に住んでいるからこそ出来ることです。そして、住んでいるから見えること、発見できることも沢山あるのです。ひょっとしたら、犬の散歩の途中で美しい草原に出会う機会もあるのかもしれません。そこでこれより、草原調査の手引きについて紹介していきます。

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5.草原調査の手引き

 調査のながれとして、まず一定区画の草原を調べるのに何日かかるのか予備調査を行ってみて、見積もりをたてます。そして、指標種の分布調査、管理形態、相観植生調査を広範囲で行った後に、草原の特徴を類型化、分類します。そして、典型的な半自然草原を対象として選定することにします。以下に各項目の解説です。

1.草地の位置を把握する

 区画の地図を用いて、草原の位置、範囲を確認し、草原地図を作製します。
 そして現地調査で、実際の位置と範囲を再確認し、消失していないか確認します。原っぱの広さは、土俵サイズ、教室サイズ、テニスコートサイズ、野球場サイズ、そして飛行場サイズの5区分で記録します。

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2.草地の由来を知る

 まえに説明したような造成地の草原も時間とともに本来の草原のような特徴が見られるようになります。そのため、その草原がどのような由来で生じたのかが重要になってきます。由来については、景観からよみとったり、現在や過去の利用形態の歴史を調べたり、土地所有者やその近隣の住民にお話を伺うのもよいでしょう。

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3.相観植生を記録する

 草原の植生は、草原の由来ばかりでなく、草刈りや野焼きの回数や時期など人の管理の仕方によっていろいろと変化します。管理の形態と植生変化の対応関係を明らかにすることは、草原性植物の保全を行うため重要な調査です。それによって、適切な植生管理の方向性を打ち出すことができるからです。白井市の草原では、ゴルフの練習をするために草原を非常に短く刈り込んでいる人々がいます。植物の生長よりも草刈りの頻度が高ければ、草丈はどんどんと短くなっていき、花を咲かせることも実を結ぶこともできなくなる種類がでてきてしまいます。いくら草刈りが必要だからと行ってもゴルフに適した短い草地は、白井市民の草地としてはふさわしくありません。
 草刈りなど管理の頻度は草原植生の草丈に現れます。そこで、管理の頻度を反映した植生の様子から、低茎草原(草丈が30cmほどまで)と高茎草原(草丈が1.5m程度)に区別することができます。簡便法として、草の背丈を芝生の高さ、イネの高さ、ススキの高さ、ヨシの高さの4区分で記録したいと思います。

草原植生の草丈区分

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4.指標種(草原性植物種)の調査

オオタカの巣とタチフウロ 昆虫や鳥類に草原に生息する種や森林に生息する種がいるように、植物にも草原に生育する種がいます。そして、自発的に移動ができない植物にとって、草原という頻繁に外力が加わり、地上部の破壊や損傷を受ける環境は、とても厳しい条件といえます。この厳しい環境に様々な適応方法を持つのが草原性の植物達です。
  そして、伝統的な半自然草原には、これら草原性植物が多く生育しているのです。オオタカの棲息が確認された場合、それはその森林や周囲に豊かな自然があるという指標になります。同じように、これら草原性の植物種が多く確認された草原は、伝統的な半自然草原の面影を残した、大切な草原であるといえるのです。そして、これらの種を守るということは草原の生物全体を守ることにつながるのです。
 白井市に生育する草原性植物として、ツリガネニンジンやタチフウロ、クサボケなどがあげられます。単に「草原がありました。」と報告された場合、それが、どのような草原なのかイメージすることは出来ませんが「根でタチフウロのある草原を見つけました。」となると、どうでしょうか。私は見に行きたくてモジモジしだすでしょう。次に述べるフロラ調査は多くの種類を同定できる知識が必要です。しかし、指標種の調査ではどうでしょう。1種類の植物を覚えるだけで調査が可能です。また、指標種をいくつか覚えただけでも、原っぱを見る目は大きく変わるのではないでしょうか。


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5.フロラ調査

 フロラ調査の目的は調査対象の草原内に生育している全植物のリストを作成し、植物相を把握することです。
 草原は一面を見渡すことができること、面積がそれほど広くないことから、1つ1つの草原区画をしらみつぶしに調べ、フロラの目録(インベントリ)を作成します。なお、白井の草原性植物は非常に貴重な存在なので、千葉県立中央博物館にこれまでに収集された標本のリストを参照して、新たに発見された種についてのみ、押し葉標本を作成することにします。どんなに家に持ち帰りたくても、決して掘り取らないようにしましょう。

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6.白井の原っぱ調査シート

 白井の原っぱ調査シート(65Kb)

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