BioLTop 東邦大学生物多様性学習プログラム
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第1章 爬虫類との出会い

その1 カナヘビ

カナヘビ 爬虫類をペットとして楽しむことは、今でこそ市民権を得ていると思うが、私が小学生だった昭和40年代は、ペットという言葉さえ珍しく、ましてや爬虫類なんぞとんでもない、という状況だった。当時、爬虫類を飼うことは犬やネコ、それに小鳥を友とするというよりも、どちらかといえば昆虫を飼育する感覚に近かった。
 私は爬虫類の中でもトカゲ類に一番興味を覚えたのだが、それがなぜだったのかは、今でもよく憶えている。京成船橋駅から国鉄船橋駅への細い道沿いにあった映画館でみた怪獣映画(加山雄三主演の若大将シリーズとしばしば同時上映されていた東邦映画のドル箱シリーズらしい)にすっかり魅了され、中生代の恐竜をモデルとしたゴジラやアンギラスの姿を何とか身近に楽しみたいと考えたのだ。そこで手っ取り早く、トカゲ、正確にはカナヘビという種類を近くの空き地でつかまえ、飼育を始めたのである。

 カナヘビの飼育には、飼育容器が必要だ。手頃な、つまり小学生の小遣いで買うことのできるようなという意味での水槽が出回っていなかったので、私は近所の駄菓子屋さんから煎餅やあめ玉をいれる透明なセルロイド製のビン(蓋はたしかアルミ製だった)、をもらってきて、土を入れ、植物(スズメノカタビラや小ぶりのオオバコ)を植え、形の良い石を置いて飼育容器に仕立てた。そこにつかまえてきたカナヘビを入れる。ビンに入れる土の厚みは、瓶を床において、その瓶を腹這いになって横から眺めた時に丁度目の高さになるようにする。だいたい5cmぐらいの厚みに。そして、中に置いた石の向こう側からカナヘビが石を乗り越えてこちらに来る姿を、恐竜が丘を越えて自分に向かって来る情景に見立てたのだった。小さな生き物であっても、目を近づけて想像力をたくましくしてみれば、そこに大きな世界の広がりを感じることができる。およそ30年前のことを私はときどき思い出す。

 さて、飼育にあたって最大の課題は、餌の確保である。今ならば生き餌としてミルワームという甲虫の幼虫、さらにフタホシコオロギなどを買ってきて与えることができる。だが、残念なことに、私がカナヘビを飼い始めた時にはそういう便利なものはなかった。そもそも、カナヘビが何を食べるのかさえ知らなかった。飼育1年目、たしか小学校3年の春のことだったという。もしかしたらトカゲが食べるかもしれないという気持ちで、夕食のときに出された刺身の一切れ残しておいて、それを与えてみた。しかし、飼育容器にしていた漬け物樽の中に置かれたマグロの赤身肉は、表面が若干乾いたことを別にすれば、2、3日たってみてもまったく変わらぬ状態だった。食べる様子が全くないのは、当然である。カナヘビは小さなクモや昆虫などの生き餌を食べるのだ。
 小さなクモやイエバエを捕まえて与えることを学んだのは、いつの頃だったろうか。はっきりとは憶えていないようだが、家の中に入り込んだハエが、逃げようとしてガラス窓のところでブンブンと羽音をたてているのを見つけると、すばやく指でつまんで、羽をちぎり、カナヘビの目の前に落としてやったものだ。梅雨の時期、少し肌寒い日には、動きの鈍くなったイエバエが獲物となった。カナヘビの好物はクモ類だ。餌用のクモは大抵ジグモだった。ジグモ取り。それ自体も面白い遊びの1つであるが、家で待つ何匹ものカナヘビのために餌集めなのだから、結構真剣である。生け垣に多く使われていたマサキの根元とか、住宅地の中の苔の生えた湿った小径の脇のブロック塀などが主な採集場所である。道と生け垣の間には深さが10cm程度のU字溝があって、ハサミムシとかオカダンゴムシが結構たくさんいた。ジグモの餌も豊富だったのだろう。続けて採集してもいなくなるようなことはなかった。道ばたにしゃがみ込んで目を凝らして巣を探す。薄汚れたブロック塀やマサキの幹の色と巣の色は良く似ていたが、慣れればすぐ見つかる。大きなクモはカナヘビがこわがっているように思えたので、小さなものを捕るためにだいたい地表から5cmほど上に伸びているものを選び、指でそっと摘んで切れないように引き上げ、中身を取り出す。中から体長6−7mmのクモが出てくる。そして、これも目の前に落としてやる。ジグモは脚が短く、ゆっくりと歩く。カナヘビはクモの背中側に回り込み、ねらいを付けてクモの胸の部分にかみつく。
 同じクモでもマサキの生け垣の枝の間に水平の棚状巣を張っていたクモ(後年コクサグモとわかる)は捕まえるのが少々難しい。棚状の網を広げて、虫が引っかかると漏斗状の隠れ家から出てくるのだが、捕まえようと網に触れるとすぐに隠れてしまう。そこで、私は漏斗状の隠れ家の位置を確かめて、それごと指で摘みとってしまう。マサキの黄色い枯れ葉とクモの糸が絡んだかたまりの中から、小さなクモをつぶさないように取り出すのであるが、うっかり逃げられてしまうことも多い。それに、摘み採る時の手の動きが鈍ければ、クモは漏斗の底から逃げてしまう。うまく漏斗の中に入ったところをすばやく摘まなければならないのだ。もう1つの捕獲方法は、乾いた砂粒を棚網の中央にぱらぱらと落とし、虫が掛かったように見せかけ、クモをおびき出すやり方だ。左手で砂をちょっとづつ落とし続け、出てきたクモを一気に網ごとつかみ採る。砂粒を大きな塊で落としてしまえばクモは驚き、砂がとぎれてしまえば餌がいなくなったと思って、クモはさっさと隠れ家に引きこもってしまう。砂を上手に切れ目無く落とし続けるのがこつなのだ。

 ハエとクモの次に目を付けた餌は、ムクゲの葉をつづって隠れ家としていたハマキガの幼虫だ。家の近所、京成電鉄の踏切のそばにあった高さ2m弱のムクゲがお気に入りの採集場所。京成電鉄の線路は国鉄の線路と立体交差になっており、線路をのせた土手は西に向かって高くなっている。警報機だけの踏切を渡ったところ、枕木製の階段を2段ほど下がったところの右側にその木はあった。木についていた葉のほとんどは長さ4cmぐらいの葉巻に巻かれており、それを葉っぱごと収穫した。家に持ち帰ってから、葉巻をほぐして中にいる薄緑色の幼虫を取り出し、カナヘビに与える。同じハマキガの幼虫でもアオギリの葉を巻くものは、あまり使えない。同じようにカナヘビは好んで食べるのであるが、アオギリの木は大木で、私の手に届く高さの葉っぱはすぐに枯渇してしまうからだ。
 そうこうするうち、もともと昆虫を採集したり飼育したりすること自体が好きだった私は、カナヘビにいろいろな虫を与えてみるようになった。オカダンゴムシやヤスデ、ケムシ、アリなどを与えても、カナヘビは見向きもしなかったそうだ。私が高校時代につけていたという黒い表紙のA5判のルーズリーフ式ノートには、与えた餌の種類とそれを食べたかどうか、毎日細かく記録されている。そういえば、遊び半分ながら、カナヘビにはかわいそうなことをしてしまったことがある。いとこの家に行った時のこと。下水のコンクリート製フタの隙間にいた茶色のクモ(後にヤチグモの1種と判明)を捕まえ、それを右手に持ち、左手にカナヘビをもって、「クモとカナヘビの対決だー」、と言って組み付かせたところ、クモがカナヘビの首にかみつき、ぐったりしてしまった。こんなことがあるのか、とおろおろする間にカナヘビは死んでしまったのだ。


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