東邦大学 メディアネットセンターへ バーチャルラボラトリへ
東邦大学 医学部 生物学研究室
杉森 賢司

QandA

 

温泉微生物とフィールドワークに関する質問と回答です。

 

■私たちが湯治に利用する温泉にも微生物がいるのですか?
■冷泉にも微生物はいるのですか?
■微生物はどんなふうに増えるのですか?
■高温に生息する微生物はどんなものを栄養源にしているのですか?
■温泉にいる微生物を飲み込んでも大丈夫なのですか?
■微生物がいるかいないか、どうやって調べるのですか?
■間欠泉はどれくらいの温度なのですか?
■宿泊施設の温泉での事件でレジオネラ菌というのが有名になりましたが、これも温泉微生物の一種ですか?
■フィールドワークに出るときの装備は登山の装備と同じですか?
■山岳地帯で気をつけていることはなんですか?
■フィールドで、「もうだめだ!!」と思ったことはありますか?
■海外の研究者の方と一緒に活動をして、文化の違いに戸惑ったことはありますか?
■もともと登山の経験があったのですか?
■長期でフィールドワークに出かけるときに決まって持っていく携行食はありますか?
■常に携行している薬はありますか?

 

PageTop

私たちが湯治に利用する温泉にも微生物がいるのですか?

 います。
 まあ温泉に限らず地球上の様々な環境には必ず生物が生息しています。もちろん多細胞の生命より微生物のほうが生息範囲が広いと思われます(後述)。

  参考文献のところにも載せておきますが、江本氏による日本の温泉に生息する生物に関する莫大な記録があります。ほとんどの国内の温泉とそこに生息する生物について記載してあります。

 海外ではT.D. Brock 氏の「Thermophilic Microorganisms and Life at High Temperatures」が有名で、アメリカのイエローストーン国立公園の熱水に生息している生命体について記載されています。

 ところで露天風呂等の浴槽の縁などに緑色のコケ状のものが付着しているのを目にした方はいませんか?あれは温泉に生息している藻類です。

※資料:様々な生命体はどれくらいの高温に生息することが可能か?
(T.D. Brock 氏の本から引用;Thermophilic Microorganisms and Life at High Temperatures,Springer-Verlag, 1978,p 40 )
魚類や他の水生脊椎動物:
38 ℃
昆虫:
45 - 50 ℃
甲殻類:
49 - 50 ℃
導管を持った植物:
45 ℃
コケ:
50 ℃
原生動物:
50 ℃
藻類:
55 - 60 ℃
真菌類:
60 - 62 ℃
ラン藻類:
70 - 73 ℃
光合成細菌:
70 - 73 ℃
化学合成細菌:
>90 ℃
従属栄養細菌:
>90 ℃

 

※注)温泉の定義は…

 広義の温泉とは物理的、化学的に普通の水とは性質を異にする天然の特殊な水が地中から地表に出てくる現象のことであり、その水を温泉水と定義する。また、狭義の温泉とは、日本や南アフリカでは25 ℃以上、イギリス・ドイツ・フランス・イタリアでは20 ℃以上、アメリカでは21.1 ℃(70°F)以上の温度規程があり、また溶存物質が規定量以上の量を含むものを指している。
 温度に関しては日本鉱泉分析法では

 
冷鉱泉
<25℃
25℃<
微温泉
 
34℃<
温泉
 
42℃<
高温泉
 

と規定されている。
(出典:湯原浩三・瀬野錦蔵 著 温泉学、p5 - 6、地人書館)

詳しくは 湯原浩三・瀬野錦蔵 著 温泉学、 地人書館 参照。

 

PageTop

冷泉にも微生物はいるのですか?

 はい。
 例として、硫黄を酸化したり鉄を酸化したりして得たエネルギーで、空気中の二酸化炭素を取り込んで生活している微生物が生息しています。
 温泉ではありませんが、この類の微生物は年間を通して10 ℃前後の強酸性(pH 1 ) の湖水をたたえている、草津白根山湯釜に生息しているのが確認され(B. Takano, K. Sugimori らの研究;Influence of sulfur-oxidizing bacteria on the budget of sulfate in Yugama crater lake, Kusatsu-Shirane volcano, Japan Biogeochemistry 38: 227-253, 1997 )、地球の硫黄の循環に一役かっていることもわかっています。
 この硫黄を酸化する微生物はイオウ酸化細菌(Thiobacillus thiooxidams)です。このThiobacillusには様々な性質を持った数種類の微生物が属し、中でも硫黄や鉄を酸化する性状を持ったThiobacillus ferooxidamsが有名です。
 ところで、硫黄や鉄を含んでいる温泉にも本菌は生息しています。
 また、一年中存在する雪渓を歩いていると、一部の表面がうすい褐色になっているのに気づきませんか?
 褐色の土か岩石の粉末、はたまた火山灰が降ったのかと思われますが、そうではありません。表面から数センチのところに層になって生息している藻類の一種が観察されます。
  カムチャツカで温度を測ったところ、生息している場所の温度は0℃でしたが、太陽が照っている時間にはもう少し温度が高くなると思われます。この様な氷に近い環境にも生物はたくましく生息しています。

PageTop

微生物はどんなふうに増えるのですか?
 細菌はほとんどが二分裂で増殖します。 大腸菌では接合ということも行われ、細菌の"有性生殖?"とも言われております。
 また、藻類や原生動物の中には接合、単為生殖、胞子等で増殖する方法をとる生物がいます。

PageTop

高温に生息する微生物はどんなものを栄養源にしているのですか?

 薄い濃度の有機物を栄養源にしています。
 温泉に昆虫をはじめとした生物が飛び込んで死んでしまい、その死体が栄養源になったりするのではないと思われます。この様な高温の温泉がある場所は火山地帯が多く、土壌にもあまり栄養物が含まれていないと思われます。
 人工的に培養した場合でも、医学細菌の様に濃い栄養を与えると、増殖に悪影響が出ると言われています。  

 一方、前述のように温泉水に含まれている硫黄などの無機物を酸化することによって生活している微生物も、温泉には生息しています。また藻類等は光のエネルギーを利用し、体内の葉緑体で光合成を行い必要なエネルギーや代謝産物を得ています。  

 また、全ての生物は温泉に含まれている塩類や微量金属元素を、体内での代謝の重要な要素として利用しています。

PageTop

温泉にいる微生物を飲み込んでも大丈夫なのですか?

 高温環境に生息する超好熱菌や好熱菌は、ある温度以下になると死にはしないが増殖することも出来ません。
 好熱菌の最低増殖温度の目安が55℃ですので、その他の条件があったとしても、とうてい人の体の中では増えることは出来ません。

 また、人に危害を及ぼすような毒素を出す好熱菌はいないので心配ありません。

 しかし、温泉微生物の定義からはずれますが、後で出てくるレジオネラ菌等は温泉利用の立場から気をつけなくてはならないでしょう。  

  話は異なりますが、よく冷蔵庫は過信するなと言います。炊いたご飯を高温で保温している炊飯ジャーのなかでも、好熱菌が増殖してくることがわかっていますので、長期間のご飯の保存等には気をつけましょう。身近なところにも好熱菌は生息します。

PageTop

微生物がいるかいないか、どうやって調べるのですか?

 一応、適切な培地を選び、それに生えるかどうか確かめます。

 われわれが人工的に培養できる細菌は、自然界に生息する数パーセントの量だそうです。培養された細菌はグラム染色をし、光学顕微鏡を用い1,000 倍で観察します。
 人工的に培養できたものに関してはそれらの性状を調べます。  
 また、一方では試料を直接光学顕微鏡で観察します。藻類や原生動物はこの方法で観察することが出来ます。

PageTop

間欠泉はどれくらいの温度なのですか?

 日本にも間欠泉がありますが、ごくわずかです。

 かつては熱海温泉にも、時間をおいて噴き出す温泉があったそうですが今はありません。
 島根県西部の鹿足郡柿木村にある木部谷鉱泉は、炭酸ガスの圧力で湯を吹き上げる温泉です。ここは21℃と泉温が低く遊離炭酸に富んでいる鉱泉です。

 しかし、一般的に間欠泉というと、沸騰温度の熱水と水蒸気を周期的に噴出するものを指しています(湯原浩三・瀬野錦蔵 著 温泉学、p232地人書館)。

 一方、カムチャツカのガイザーヴァレイには数多くの間欠泉がありますが、その中でも非常に規模が大きく熱水を高く吹き上げるヴェリカン(巨人という意味らしい)・スプリングが有名です。 パンフレットの記載によると数時間置きに20-30m吹き上げる様です。
 私はこれほど高く吹き上げたヴェリカン・スプリングを見たことはありませんが、記憶をたどれば夏に湯を吹き上げたヴェリカン・スプリングを見た覚えはありました。実際に現場に行って採水したのが11月で外気温が下がっていたため源泉は98 ℃でしたが、わずか2m下流でもう50℃になっていました。この間欠泉は、炭酸ガスでなく熱水型の間欠泉のようです。その時は寒いので吹き上げはなく、湯だまりいっぱいになった湯がざ〜っとこぼれるように噴き出していました。

 

PageTop

以前、宿泊施設の温泉での事件でレジオネラ菌というのが有名になりましたが、これも温泉微生物の一種ですか?

 どこまでを温泉の生物としてよいのか疑問ですが、このレジオネラ菌というのは循環式の浴槽にて問題になることが多い細菌です。
 特に温泉固有に生息しているものではありません。
 本菌は衛生的に問題がある循環式の浴槽の循環式装置等で増殖してしまうことが多いようです。
 かなり高温の浴槽からも検出されております。現在でも問題になっています。

 特に肺炎を起こすレジオネラ菌が最も危険なのは、打たせ湯等のようなミスト状になった湯を呼吸で体内に取り込むことです。

 余計な話ですが、ある温泉に行ったところ、そこは塩素臭がきつく、「温水プール?」といった感じで、風情も何もありません。二度と行きたいとは思いませんが、近頃は温泉を塩素によって殺菌することを行っている温泉地がかなりあります。

PageTop

フィールドワークに出るときの装備は登山の装備と同じですか?

 着替を多く、急な天気の変化にもついていけるようにしています。
 ずぶぬれになることもありますので、着替えはビニール袋に入れしっかりと防水対策をしています。

 重い荷物を持ち不安定な場所を歩くので、スキーのストックは便利でした。近頃では、伸び縮みする登山用ステッキを持って行きます。

PageTop

山岳地帯で気をつけていることはなんですか?

 急激な天候の変化です。
 Tシャツ一枚でよかった気温が急激に下がり毛糸のセーターを着込むこともあります。天候の変化に対応しないと命取りになるので十分に気を配っています。

 一応、短波放送が入るラジオを持っていきNHK国際放送の天気予報を聞いています。特に台風に関しては情報を得るようにしています。
  カムチャツカは台風の墓場で日本を通過した台風はカムチャツカで死ぬまで1〜2週間居座るからです。ロシアのニュースや天気予報も彼らに聞いてもらって情報を得ています。 どうも私たちは明日の天気を気にしてしまいますが、私が“明日は晴れかな?”などと聞くと、彼らは口をそろえて“Nobodyknows!(天に聞いてみな!)”と言います。自然の臭いや状況から判断するのでしょうが…。天気を聞かないと落ち着かない自分が、この大自然の中では惨めに感じました。

 また自然に溶け込むことです。自然に逆らわずにゆっくりと行動することです。またロシアの方はカムチャツカの自然に精通していますので、よく話を聞いて常に状況を把握することに勤めています。

PageTop

フィールドで、「もうだめだ!!」と思ったことはありますか?

 何度かあります。
 その時は緊張していて必死なので、帰国してからあの時は危なかったな〜などと身震いすることがあります。体の割には意外に気が小さいので・・・。

 今思い出すことを何点かあげておきましょう。

-もうだめだ!その1-ヘリコプター編

 ヘリコプターでなければ行くことが出来ない(人里離れている)1,500mの山頂で火口湖の調査をしていた時、仕事が終了した翌日から天候が崩れ8月下旬なのに雪になりました。
 東京の地下鉄を冠水させた台風がカムチャツカに来て居座ったらしく、“ヘリコプターは迎えに来れない”“食糧は無くなって来た”で大変でした。
 水は豊富(雪渓の溶けた水)にありましたが、1週間後、残った食糧が最後に缶詰一個、米少々、小麦粉少々、砂糖、塩、といったところでやっとヘリが迎えに来ました。
 でも山頂部には着陸できないので、7合目付近まで雪泥まみれになってサンプルや荷物をかつぎおろしました。
 発煙筒をたいてヘリを誘導したところ、ヘリが眼下から飛んできてローターをまわしたままのヘリに飛び乗った次第です。

→『1994年のフィールドワーク』参照

 帰り道、クマがいるので「杉森ビデオを映しな」と言われヘリコプターの機内から撮影していると、飛んでいる最中に出入り口のドアが開いた時!怖かった…。

-もうだめだ!その2-クマ編

 親子連れクマに会った時に、50m位の距離で母グマが立ち上がった!
 目があった?時は恐かった。

 クマに関してはまだたくさんのエピソードがあります。
 沢に下りたときに20m位の距離に、クマが近づいて来たとき。相手は鮭取りの真っ最中でした。
 また、腰を下ろしたら薮の中から反対側にクマが逃げていったことなど・・・。

-もうだめだ!その3-

 火口湖に下りたり上がったりした時、冬期にゆるんだ岩がたくさんあり、足元が不安定だったり、落石がたくさんあったときなど。
 大きな岩が自分の方向へ転がってくると恐いですよ。

動画あり(RealOnePlayer対応)「命綱」

-もうだめだ!その4-

 雪渓は恐いですね。
 雪渓で滑ったら反対側は何もないところばかりです。

 あとはクレパスを飛び越すとき。
  「おまえだったら落ちてもあそこにはまって下まで落ちないよ!」と言われました。

-もうだめだ!その5-
 夜11時頃、懐中電灯でブッシュの中を歩いていて、前後離れてひとりになってしまった時は結構恐いです。

PageTop

海外の研究者の方と一緒に活動をして、文化の違いに戸惑ったことはありますか?

 インドネシア、ジャワ島の標高 2,000 m のメラピ山火口湖(カワ・イジェン)でキャンプを設営した時の食事で気を使いました。

 現地調達の缶詰やインスタントスープ等はバリ島の大きなスーパーマーケットや市場で仕入れましたが、ほとんどの食品にビーフエキスやポークエキスの表示があります。
 ソーセージは豚肉で牛肉の缶詰もありました。
 もちろん日本から持っていったインスタント食品にもその表示がありました。

 キャンプには日本、ロシア、ベルギー、インドネシアの研究者やお手伝いの方がいましたが、問題はインドネシアの方々でした。ジャワ島出身の火山学者S女史はイスラム教徒、運搬業務等のお手伝いのお兄さん方はバリ島出身のヒンズー教徒の方々でしたので、それぞれ豚肉、牛肉が禁制品でありました。

 普段はあまり気にしない宗教上のことに特に大変気を使いました。ジャワ島で"ハウスジャワカレー"を作って笑いをとろうと持っていったのですが、これにも豚肉エキスが入っていたので困ってしまいました。

PageTop

もともと登山の経験があったのですか?

 山は好きでした。
 丹沢山系を背にして育ったもので、尾根歩きや里歩きはよくしていました。岩上りや沢上り等のような大それた登山はしていませんが山は好きで行っていました。

 また、家が茅ヶ崎なので、天気のよい日は江ノ島までの約10kmを歩いたりしています。

PageTop

長期でフィールドワークに出かけるときに決まって持っていく携行食はありますか?

 フィールドで重要なインスタントのスープや固形のカロリーメイト等は便利です。
 日本文化紹介のための最中や羊羹等の和菓子、日本茶、味噌汁は持って行き、疲れたときに皆で食べてます。
 ロシアの方は日本のお菓子や味噌汁等大好きで、これもフィールドでの楽しみのひとつです。味噌汁にビスケットという昼食もありました。ロシアで自家製の梅干しは喜ばれました。

 あと…アメのたぐいは必需品ですね。黒砂糖を固めたものは先回もずいぶん人助けに役に立ちました。途中で歩けなくなってしまいそうなヒトに与えると、結構元気が出てきます(動物園でエサを与えられた動物みたいです)。子供だましみたいですが、結構重要です。
  今までで、一番役立ったのは"マグカップヌードル"という商品(カップヌードルの小型版で、カップがついていない中身だけのもの)がありこれは便利でした。  

 以前は大量に食糧を持っていきましたが、近頃は現地のものをおいしく食べようとあまり日本からは持っていきません。

PageTop

常に携行している薬はありますか?

 虫刺されの薬や抗生物質は必要です。
 ロシアの蚊は刺すまでに時間がかかり皮膚の上をはっているときつまめます。これに刺されると後々大変です。結構長期に腫れ上がります。

 薬ではありませんが、虫避けスプレーと渦巻き状の蚊取線香は必需品です。
 森に入ると胡麻をまいたように蚊がたかるので、一たたきで手のひらが蚊だらけになります。一応、消化器系の薬も持っていきますが、フィールドで生水を飲んだりしてもお腹をこわしたことはありません。
これは私の特技のひとつだと自慢しています。

PageTop