レイリーフェージング     Rayleigh fading

基地局から発信された電波は、市街の複雑な構造物によって反射・回折・散乱を受けて携帯端末に到達します。 携帯端末が移動すると、基地局から携帯端末への電波伝播の様子が変化します。 この変化は非常に複雑であり、数学的モデルを作るには思い切った抽象化が必要となります。 この抽象モデルは、以下のようなものです。

  1. 基地局から一定周波数 の電波が発信されている。この電波は背景構造で乱反射し平面波となって端末に到来するものとする。すなわち、全方向の無限遠点に無限個の発信源を想定する。
  2. 上記発信源からランダムな複素振幅をもった複素正弦波 が発信される。 すなわち、複素振幅 を確率変数とする確率過程を考えることになる。 端末から見て、どの方向の発信源も確率的に均一とする。
  3. 空間は定在波で満たされ、その中を無指向性アンテナをもった端末が一定速度で移動し、瞬間において受信するであろう信号の電力スペクトルを求める。 電力スペクトルは複素振幅を確率変数として求められる。 言い換えれば、発信源が異なれば定在波の様子が異なり、すべての可能な定在波を考慮して周波数成分のパワーの期待値を計算する。
  4. この電力スペクトルをフーリエ変換すれば自己相関が得られ、時間軸を空間的距離に換算して置き換えれば空間相関が得られる。

これらの前提のもとで、電力スペクトルは以下のように計算されます。 下図のように、十分遠い円周上に一様にかつ稠密に発信源が配置されているとします。

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原点に居る端末は、右へ速度 で移動しています。 各発信源から受信する周波数は、ドップラーシフトのために、

のように変化します。 ここで、 は基地局から発信された搬送波周波数、 は搬送波の波長を表しています。

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縦軸の周波数を等間隔に区分します。 赤い区分に含まれる受信波のパワーは余弦関数の青い部分から到来したものです。 青い部分の との間には

の関係があり、したがって、式(1)と式(2)から、 を用いて を消去すると

が得られます。 円周上の発信源の総パワーをとすると、 [radian] は周波数 での電力スペクトルを表しており、下図のようになります。

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以上が従来の抽象モデルですが、実際の携帯電話の通信では、パルスがどように変形するか? あるいは、どのような速さで変形するか? が重要な問題となります。 上のようなモデル化ではこの問題を扱うことができません。 かといって、一般的なモデルは難しそうです。 そんなわけで、できるだけ現実に合ったシミュレーションモデルを作ることにしましょう。 IMT2000のWーCDMAの数値を前提とし、

  • 搬送波= 2 GHz (したがって、波長=光速/2GHz = 15cm)
  • パルス(チップ)速度= 3.84M chips/sec.(したがって、パルス間隔=光速/3.84M = 78m)
  • 移動速度= 54 Km/hour = 15m/sec (したがって、 )

としてみます。 このとき、携帯端末は、次のように受信していることになります。

  • 15cm(搬送波の波長)を 1/100 秒で移動し、この間に 38.4`個のパルスを受信する。
  • 最大ドップラーシフトでは、複素パルスの位相が 38.4`個で一回転する。 市街では、多くの場合、近距離で強い反射が起きるため、複素パルスが時計回転と反時計回転を繰り返しながら受信している。
  • マルチパスの最大経路差を 150 メートル程度とすると、50%ロールオフのナイキストパルスで、だいたい9波(フィンガー)モデルで十分。
  • 遠くの大きなビルから、強い反射がある場合を考慮すると、9波以上の安全設計が必要。
  • 近くに反射が集中しているケース、遠くから大きな反射があるケース、見通し内のケースの3つのケースについて、スペクトル変化は下図のような性質をもつ。

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CDMA受信で重要なことは、少なくとも符号長(たとえば、256チップ/フレーム)内でパルス波形が不変であることです。 ただし、適応RAKEなどのパラメータ推定(整合フィルターの推定)では、フレーム毎に微小修正するので、少なくとも数フレームに渡ってあまり変動しないことが望まれます。端末が非常に速く移動する場合は、適応RAKEも通信不可にまります。この場合の通信方式については、最下部のをお読みください。

具体的にシミュレーションで確認してみましょう。 シミュレーションモデルを以下のように仮定します。

  1. 基地局からの信号が多くのポールによって反射する。 反射によって位相がランダムに変る。 振幅は同じとする。
  2. ポールと移動端末の距離が メーターのとき、受信強度を とする。  は物理定数から決まる比較的小さな正数。
  3. このポールをいっぱい配置し、これらを発信源とする。
  4. 移動体を走らせて、各ポールからの信号の総和を受信する。
  5. 搬送波( ) で同期検波し、パルスの変化を観る。

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まず、上のように、座標 に一個のポールを考えます。 移動端末は時刻ゼロ( ) で原点にあり、X軸を右方向へ秒速 で移動すると、時刻 t 秒で受かるポールからの反射波を同期検波した結果は以下のように書けます。 

ここで、 は反射によるランダム位相です。 下図は、32個のポール(赤い点)の2つの配置例に対して、パルスの時間変化をシミュレーションした結果です。 ポール配置図の縦軸と横軸の目盛りはメートルであり、パルスの波形変化を 2048 chips ごとに示しています。 青は実部、赤は虚部です。 2048×5 chips の間に、移動端末は座標原点から右へ 15m/sec の速さで 4 cm だけ移動しています。

 

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注: 端末の移動速度に最も速く追随してシンボル判定する方法はブラインド系列推定です。ブラインド問題を参照してください。このページからブラインド系列推定の解説文(PDF)がリンクされています。