生物多様性調査報告書

北総の自然度を測る指標生物16種

自然環境調査員養成講座とその成果

はじめに

白井市長 横山久雅子

千葉ニュータウン北環状線をはさんで、白井市役所の北側に位置する雑木には、毎年、春になると数百羽ものシラサギが集まり、子育てをしています。谷田や神々廻の原っぱには、草原に生育・生息する稀少な草花や昆虫類が生息しています。市内の随所に残された樹林地ではオオタカ、サシバ、フクロウなど里山生態系の頂点にたつ猛禽類が何番も繁殖しています。そして、ヘイケボタルやニホンアカガエルの生息する谷津田、クサガメの生息する二重川や神崎川、金山落があります。このように、白井市には都市化の進んだ市町村では失われてしまった貴重な自然環境がまだ多く息づいています。平成14年度の予備調査から始まり、そこで提案された5カ年計画の本調査を終え、ここに刊行された報告書には、市内に生育・生息する動植物の現状が描かれています。

もとより、この調査は、将来に亘って残すべき貴重な自然環境を選定し、環境保全施策を検討するための基礎資料を得る目的で実施されました。同時に、白井市民の中に自然環境を科学的に調査し、自然の状態を把握、診断できる人材を育成することも目的に含まれています。

市町村レベルでの自然環境調査は、近隣市町村においてはすでに1990年代に行われています。千葉市や我孫子市では、調査結果に基づいた谷津田・里山保全の具体的な施策が練られ、実行に移されています。自然環境保全の重要性、緊急性は市町村によって異なること、財政基盤の違いなど、各市町村固有の事情によって一律に判断できるものではありませんが、自然環境の保全においては、可能な限り早めに保全施策の実現可能性を検討し、計画を策定すべきであることは間違いありません。平成20年に策定された生物多様性ちば県戦略にもあるように、私たちは“ふる里の自然と文化とともに豊かな生物多様性を子どもたちや未来の人々に伝えなければなりません”。そのためには、身近な自然環境から地球全体の将来を見据えたさまざまな取り組みの策定と実行に、市民、国、都道府県、市町村行政、専門家が協働してあたらねばなりません。この点に関し、千葉の里山森づくりプロジェクト推進会議、北総里山会議の中で谷田・武西地区内にある千葉県企業庁用地を北総地域の自然との共生を考えるモデル地区として位置づけられたことは、白井市の自然環境保全にとっても大きな前進であると言えます。平成14年に中村教彰前市長の下で始められた自然環境調査が、白井市生物多様性調査報告書として刊行され、これがさらなる契機となって、多くの市民の皆様に、市内の自然環境への関心を深めていただくとともに、自然環境保全の意識高揚につながれば幸いです。

最後に、本調査にあたり、ご指導、ご協力いただきました専門調査員の各先生を始め、市民調査員の方々、東邦大学理学部の皆様には、深く感謝の意を申し上げます。


この調査の意味するもの

白井市は千葉県北西部、東経140°03’北緯35°47’に位置し、総面積3541ha、人口約5万人の中小都市である(図1)、市域の大部分は台地で、土地利用としては畑や梨園が多く、北部には2つの工業団地(合計で98ha)、南部には住宅地が広い面積を占め、市街化区域は総計848ha(市域全体の23.9%)となっている、手賀沼水系の金山落し、印旛沼水系の神崎川など、河川周辺の低地帯では水田耕作が行われているが、台地に入り組んだ谷津内での水田耕作は放棄されている場所が多い。

野生動植物の生息地としての白井市は北西から南東部にかけて走る片側2車線の国道16号線と、東西に走る北総開発鉄道とそれと並行する国道464号(北千葉道路)によって大きく分断されている(図2)。市内の自然環境は昭和40年以降に始まった千葉ニュータウンの建設によって狭められ、昭和50年以降山林の割合が大きく減少し、宅地や開発予定地が増加した。緑地の残存状況から見ると、野生生物にとって良好かつまとまった自然環境は、国道16号と北総開発鉄道によって分断された市域の北側半分に片寄っている。しかし、船橋市と境を接する二重川流域には船橋県民の森を含む比較的良好な自然環境が残されており、白井市にとっても貴重な環境であると言える。

市民がその健康・安全・福祉を十分に享受した生活を送るうえで、居住地域内に存在する自然環境はこれを保証する貴重な自然資源である。千葉県の北総地域では、縄文時代までにさかのぼる人間活動によって原生的な自然環境はすでにそのほとんどが消滅しているが、水田、用水路、ため池、雑木林、入り会い共有地の草地や牧草地など、農林業や牧畜に伴う人為的管理によって維持されてきた人里の身近な自然環境の長い歴史を有している。このように人為によって維持されてきた自然環境や景観は、人間社会の変貌に伴って変化する宿命を負っている。社会構造の変化は、大規模な土地造成や、虫食い的な開発、農業形態の変化、外国産動植物の意図的または無意識な導入を引き起こし、身近な自然を消滅の危機に追いやりつつある。

人里の身近な自然は、日本固有の生物が生息する立地として、それを保全する価値を有するだけでなく、地域住民にとっては、子供たちが野遊びを通じて自然とふれあい原体験を形成する場として、自然的微気象地域として、災害時の安全拠点として、計り知れない価値を有している。さらには絶滅の危機に瀕する動植物の生息地という生物の保全地域という意味も持っている。自然は、それが原生的であれ、2次的自然であれ、我々人類にとって必要不可欠な存在なのである。

かつて無配慮に自然を開発・破壊してきたことの反省に立ち、日本政府は自然の保全と再生のための基本計画として、平成14年3月に「新生物多様性国家戦略」を策定した。生物多様性の保全とその持続的利用という理念を行動目標として具体化し、施策を展開していくために国は農林水産業などの1次産業を、国土の開発や住環境の保全に係る民間・公共事業においては、国土の空間特性・土地利用に応じた施策を展開し、野生生物の保護管理、生物資源の持続的利用、自然とのふれあいといった横断的施策、さらに基盤的施策として生物多様性に関する基礎調査や情報整備、人材育成、経済措置、国際的取り組みを行うとしている。こうした国家戦略を受け、都道府県や市町村においても、それぞれの立地環境に応じた生物多様性保全とその持続的利用に関する施策の展開が計られるようとしている。平成20年4月、千葉県は“生物多様性ちば県戦略”を策定し、地域から生物の保護と生息地の保全を目指す指針を公にした。

自然資源を将来にわたって健全に保全して子孫に伝えていくために、地方自治体やそこに居住する市民が行うべきことは、まず自然環境の現況を的確に把握することである。その上で、保全すべき環境を明らかにし保全のための具体的な計画を立て、計画を実行し、保全を実現しなければならない。本報告は、こうした目標を実現するため、白井市内の自然環境とそこに生息・生育する動植物の現況を調査し、自然環境保全に向けた行動計画を立案する上での基礎資料として取りまとめたものである。本調査期間中に“白井市と印西市にまたがる谷田・武西地区内の千葉県企業庁用地を稀少野生動植物の保護に生かす”という市民活動が起こり、その結果として「北総地域の里山の振興・再生に係る報告書【谷田・武西地区】(平成20年度版)」を完成させた。それを、基に千葉県企業庁に両地区の保全の要望書を提出した。その結果、谷田地区の保全が図られることになった。このことは、本調査が生物多様性保全に生かされた成果の1つということができる。

今後、本調査で明らかになった貴重な自然環境の保全に向けて、官民一体となった施策の実施がなされることを切に願うものである。

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