BioLTop 東邦大学生物多様性学習プログラム
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第2章 トカゲの島

その3 繁殖率の進化、トカゲの人口問題

『ニホントカゲの場合、卵巣内肥大濾胞数のカウントから得た1腹卵数は5-16で、雌の頭胴長とは正の相関関係が認められる。平均1腹卵数は9.2(N=10)で、単純に卵数のみを比較すれば範囲は大きく重なって両者の違いは判然としない。両者とも産卵回数は1メス当たり年1回である。しかしながら頭胴長に対して1腹卵数をプロットしてみると両者の違いは明らかである。オカダトカゲは、ニホントカゲの頭胴長−1腹卵数関係から期待される卵数よりはるかに少ない卵しか産んでいない。』

 MIMOSAの論文には、後に私が修士論文や博士論文で扱ったテーマがすでに顔をだしている。そもそも、三宅島にはなぜかくも高密度でオカダトカゲが生息しているのか、高密度状態が、トカゲの繁殖や人口動態にいかなる影響を与えているのか、そういう疑問が三宅島で調査を始めるようになった発端であった。1970年代後半、進化生態学という分野の議論はまだ焦点が定まっていなかった。私が論拠とした繁殖率の進化に関する学説は、大きく分けて個体淘汰説と群淘汰説という、前近代臭の強いものだった。

 「繁殖に関するパラメーターのいくつかをニホントカゲを基準としてみてみると、オカダトカゲでは繁殖参加年齢の遅延、成体雌の繁殖参加率の低下、繁殖努力の減少、相対的1腹卵数の減少、卵サイズの増加がみられました。個体群としてみれば、すべて出生率を低下させる特徴です。群淘汰説というのは、日本では種の存続、という言い方の方がなじみやすかったですが、種の性質が、集団が絶滅しないように、種にとって善という観点で評価されるものでした。この見方からすれば、三宅島のオカダトカゲの特徴は、個体群の自己調節機能としての産児制限である、との解釈も成り立つのです。
 三宅島は、黒潮に洗われる海洋島で気候は船橋より温暖です。温暖な気候は外温性のトカゲ類にとってより好適な環境であり、そのうえヘビ類(シロマダラ、シマヘビ、アオダイショウ)や肉食哺乳類(イタチ、タヌキetc)などの捕食者が欠除しています。つまり、三宅島では、捕食圧の低下は確実ですし、その結果として当然予想される高密度化も、この時にはまだ正確な推定値を出していませんでしたが、確実なことでした。
 こういう環境では、死亡要因が減少するはずです。そうだとしても、出生率がそのままでは、オーバーポピュレーション、密度が過剰になり資源の不足をきたすことなり、何らかの形で出生率を低下させなければならなくなるでしょう。島という環境は、増えすぎた個体が新天地を開拓するにしても限度があります。このように考えると、群淘汰説による産児制限という説明は一見妥当なように思われました。

 一方の個体淘汰説は『どのような性質をもった個体がより多くの子孫を残すことができるか』、というダーウィン適合度によって種の繁殖の特徴の進化を論じようとするものです。今度は、成熟時期を決定する要因を例に考えてみましょう。成熟時期というのは、個体の成長率が一定ならば早く成熟し小さなサイズで繁殖するのと、遅く成熟して大きなサイズで繁殖するのとでは、ある環境においてどちらが有利であるかという問題になります。
 繁殖努力の減少と卵サイズの増加についても、考えてみました。卵サイズの増加に伴う少産化は繁殖努力が一定な場合にのみあてはまります。船橋のニホントカゲと三宅島のオカダトカゲを比べると、三宅島のオカダトカゲは繁殖努力が少なく、卵サイズが大きいのです、この相違はそれぞれ別の淘汰圧を受けた結果と考えました。

 まず、繁殖努力ですが、これは雌の総エネルギーに対する1雌が1生殖期間中に産卵のために消費したエネルギー量の比と定義されます。ミシガン大学のテインクルさんは、1969年の論文で、各種トカゲの1繁殖期内の1雌当たり産卵総数とこれに対する成体の翌繁殖期までの生存率との関係を求め、両者の間には逆比例的な関係を見いだしました。卵をたくさん生産する種類は短命で、少ししか産まない種は長命だという傾向をみつけたのです。なぜそうなるのか。テインクルさんは、繁殖努力の軽減が個体維持にとって有利になり、その結果生存率を高めることになると考えました。三宅島では捕食圧の低下にとって成体の生存率が高まり、生息密度が増しています。そこで、私は、オカダトカゲの雌は1繁殖期内の産卵のためのエネルギー消費をひかえ、高密度下で他の個体と餌をめぐる競争に打ち勝てるよう、個体維持へふりかえているのではないかと考えたのです。
 卵サイズの増加も同様に高密度下での孵化仔の競争能力を亢めているものと思いました。当時、この点に関して注目されていたのは、伊藤さんの多産ストラテジストと少産・保護ストラテジスト説とその要因としての「子にとっての餌の得やすさ」、という考えでした。この考えに沿って、私は、捕食圧の低下とそれによる密度の上昇は餌をめぐる種内競争を増すことになり、三宅島では孵化した仔トカゲにとって餌が得にくい状態なのだ、と考えたのです。
 ニホントカゲとオカダトカゲの繁殖様式に関するいくつかの相違は、先ず第一に捕食圧の違いによると考えられます。高密度になった状態でいかに生存し、いかに子孫を残してゆくか、その結果が現在の姿だと思うのです。繁殖は種族維持にとって欠かせないものですが、個体維持なくして種族維持はあり得ません。個体のもつエネルギーが限られている以上、繁殖に費やすエネルギーと個体維持あるいは成長に費やすエネルギーは相互に相容れないはずです。したがって、ある生物が、ある環境で成功者となるためには、繁殖、維持、成長をいかにうまく妥協させるかにかかっている、と言う議論が成り立つのです。私がオカダトカゲに対する興味を深めていった時期、ちょうどこのような考えに基づいて、繁殖、維持、成長へのエネルギー配分がどのように行われているかを知る、ということを通して、生物の生活様式を調べる気運が始まっていたように思います。」
 ニホントカゲとオカダトカゲの繁殖様式に関するいくつかの相違は、先ず第一に捕食圧の違いによると考えられます。高密度になった状態でいかに生存し、いかに子孫を残してゆくか、その結果が現在の姿だと思うのです。繁殖は種族維持にとって欠かせないものですが、個体維持なくして種族維持はあり得ません。個体のもつエネルギーが限られている以上、繁殖に費やすエネルギーと個体維持あるいは成長に費やすエネルギーは相互に相容れないはずです。したがって、ある生物が、ある環境で成功者となるためには、繁殖、維持、成長をいかにうまく妥協させるかにかかっている、と言う議論が成り立つのです。私がオカダトカゲに対する興味を深めていった時期、ちょうどこのような考えに基づいて、繁殖、維持、成長へのエネルギー配分がどのように行われているかを知る、ということを通して、生物の生活様式を調べる気運が始まっていたように思います。」

ミモザに掲載された論文の最後は、次のような文で結ばれている。

 『今後、繁殖のみならず、成長や摂食活動についても調査を進め、できれば三宅島以外の島のオカダトカゲも調べることによって、ニホントカゲとオカダトカゲの比較生態学研究として発表したいと思う。』


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