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第2章 トカゲの島

その2 船出−2

『1979.5.5 三宅島、三池
 去年のマーク個体のうち、今日は8個体再捕された。そのうちadult雌(当時)は4個体で、1個体が未抱卵、2個体が経抱卵個体だった。昨年の調査の時は経抱卵個体の相対値(捕獲数の)は他よりも低かったが、期間内の再捕率も高かった。今日、未抱卵雌が少なかった理由として、去年は産卵を休み今年は産卵を行うため、つまり産卵準備で、活動が低められているからではないだろうか。とすると、去年の抱卵雌たちは去年は産卵を休むため、活発な活動がみられるのだとも考えられる。これら4個体は全て回収して解剖する予定である。卵巣の発達、輸卵管の発達状態から今年度の産卵を行うか否かがわかるだろう。』

 こうして隔年繁殖という現象を確実にとらえることができたのだが、なぜ、どういうしくみで繁殖を休むのか、という課題が次に待っていた。どうして、という設問となぜ、という設問は区別しておかなければならない。

 「どうして、三宅島のオカダトカゲは毎年産卵しないのでしょうか。」
 「いわゆる至近要因という問題ですね。わかりました。隔年繁殖を確認する作業と並行して、私は毎月数個体の成熟雌を捕獲・解剖し、栄養蓄積器官と生殖器官の重さの季節的変化を調べました。脂肪体はエネルギーの蓄積器官ですから、解剖したトカゲから脂肪体を取り出してその重量を量って、同時に卵巣や肝臓の重さも量りました。爬虫類の繁殖に関する文献を調べてみたら、こんなことが書いてありました。脂肪体中の脂肪は、まず肝臓に転送され、そこで卵黄蛋白に合成されるのです。そしてこの卵黄蛋白が卵巣へ運ばれて濾胞に蓄えられます。オカダトカゲの雌の場合、卵巣内の濾胞が発達し始める、つまり肉眼でみて濾胞に卵黄蛋白が蓄積されて、濾胞が黄色になって大きくなる、のは冬眠前の10月中旬でしたから、この時期に卵黄蓄積を行っている個体は来年の初夏に産卵する個体、そうでない個体は産卵しない個体として分けることができました。そうして、それぞれの脂肪体重量を比較したのです。そうしたところ、充分な脂肪体を蓄えていた雌だけが卵巣を発達させていました。つまり、夏に丸々と太っていた個体は、卵巣の発達に必要かつ充分な栄養蓄積があったので、次の年に繁殖できた、ということです。実際、卵巣が発達するにつれ、脂肪体はどんどんと小さくなっていき、黄色く卵黄の蓄積した濾胞が排卵され、輸卵管に取り込まれる頃には、脂肪体は小さく萎縮し、蓄えていたエネルギーをほとんど使い果していました。」

 産卵後、雌は巣にこもって約1ヶ月間卵を保護するが、その間はほとんど絶食状態である。繁殖を終えた雌がみすぼらしいまで痩せ衰えていたのは、産卵によるエネルギーの枯渇が抱卵中の絶食によってさらに進行したからであった。このように、オカダトカゲの雌は卵形成と抱卵に必要なエネルギーを、脂肪体や尻尾の間に蓄えていたエネルギーによって賄うので、『貯蓄が充分でなければ繁殖しない』、というルールに従っているのである。
 『貯蓄が充分でなければ繁殖しない』のが本当ならば、逆に貯蓄が十分になると繁殖するはずである。栄養状態にかかわらずに隔年に産卵する、ということだってありうる。だから、この考えが正しいかどうかを確かめるためには、栄養条件を改善して毎年産卵するようになるのかどうかを調べればよい。方法は、そう。単純だが確実なのは飼育実験である。抱卵を終えた雌を複数集め、それを2つのグループに分ける。一方には十分すぎる餌を与え太らせる。もう一方は、餌を制限し、死なない程度に飼育する。そうやって、体重回復の遅い状態を飼育下で再現する。この2つのグループの雌が、次の年に産卵する割合を比較するのである。一点の曇りもなく解決できるだろう。

 「おはずかしいことなんですが、そういう飼育実験はしませんでした。なぜかと言われても困るんですが、飼育実験は得意じゃないんですよ。」

 しかたなく、もう1つの論文を見せながら説明することにした。室内の飼育実験ではなく、野外実験の論文である。1978年に三宅島の三池地区の狭い林道沿いの調査地で始めた標識個体の追跡調査を1981年の前半まで続け、その年の後半からたくさんいたオカダトカゲを人為的に除去して密度を減らしてみたのである。密度を減らせば、一匹当たりの餌の分け前が増える。そうすれば体重の回復も迅速に進む。その結果、毎年産卵する雌も現われる。そう考えての野外実験である。ついでに言えば、繁殖を始める年齢も、人為的に密度を低下させることで、変化するのかどうか、産卵数は増えるのかどうか。生息密度と繁殖活動との関連を、野外実験によって一気に解決しようとしたのである。飼育実験よりは精度は落ちてしまうが、うまくいけば効率はよい。飼育個体から目の離せない実験にくらべ、手間がかからないからだ。
 結果は上々だった。実験を始める前、調査地には1ヘクタール当たりの密度にして、2500個体、生息個体の総重量(バイオマス)は25.3kgに達していた。除去を始めて1年間に94個体(1200/ha)、930g(11.6kg/ha)を取り除き、島の反対側に逃がした。その結果、密度とバイオマスは予想通りに減り、実験前の半分近く(990/ha, 9.3kg/ha)になった。実験前に観測した産卵頻度を対照データとすると、個体別に繁殖の経緯を追跡した結果は、わずか5.6%の雌が2年続けて繁殖しただけであった。それが、除去実験の後になると、2年連続して繁殖した雌の割合は53.8%に増加した。統計的に有意な増加であった。三宅島のオカダトカゲが隔年に産卵する、という現象は固定した特徴ではない。それは、この実験ではっきりと示された。潜在的には毎年産卵する可能性をもっていたのである。それが隔年、1年置きに産卵するようになっているのは、『貯蓄が充分でなければ繁殖しない』、というルールに従っているからなのであった。
 しかし、これですべて解決したわけではなかった。エネルギーの貯蓄量がどれくらいならば卵黄蓄積が始まるのか、という量的な問題は未解決だった。例えば、単にエネルギー欠乏が繁殖休止の単純な原因であれば、卵を1つでも作れる程度に体重が回復していれば繁殖を行っていてよい。そこで、繁殖を終えた雌の体重の回復量が卵の数にして何個分に相当するのか、試算してみたのである。そして、実際に卵形成を始めている雌の1腹卵数の下限と対比させたのである。

 「この計算には個体識別した雌の繁殖経過に伴う体重変化を基データとして用いました。抱卵終了後の雌が翌年の交尾時期までに体重をどれほど回復させたかを、抱卵直後と交尾時期に再捕獲された個体について求め、その体重増加分をカロリーに換算し、それを卵1個の平均カロリーで割って、それが卵何個に相当するかを計算したのです。その結果、体重回復が卵4個分に満たなかった雌はことごとく繁殖を休み、ごく稀でしたが2年連続して繁殖した雌は明らかに卵4個分以上の体重回復をみせた個体であるということがわかったのです。つまり、繁殖にとりかかる上での最低限のエネルギー蓄積が必要なこと、そしてそれが卵の数で約4個に相当していました。つまり、繁殖しなかったのは、エネルギー蓄積がゼロだったからなのではなく、ある程度余裕のある状態で繁殖するか、しないかを決めていたのです。」

 実際に、三宅島のオカダトカゲが産む1腹卵数の最小値は4である。
 さて、やっとここまでたどりついた。しかし、今度はなぜ卵数の下限が4個なのか、という問題になる。これは、究極要因の問題である。私は慣れない手つきで数式を持ち出して説明を始めた。この話を考えつくにあたっては、東京都立大学の草野博士のアドバイスが欠かせなかった。というよりも、草野さんのアイデアそのものといってもよい。

 「実際に産むに値する1腹卵数に下限が存在することを理解するためには、オカダトカゲの雌は産卵後に孵化まで卵を保護するけれど、保護に要するエネルギー出費(コスト)とそれによって得られる利益が卵の数に比例しない、ということを確認しておかねばなりません。このことについて、私は1978年に気付いていましたが、論文としてはブルとシャイン(1979)によって最初に指摘されました。
 オカダトカゲの雌が卵を保護する場合、雌が孵化した子供に餌を運ぶ訳ではありません。そのため、卵の数が少なくても多くても同じだけの出費が費やされるのです。つまり、同じだけの出費ならば卵を1個産んで保護するよりもまとめて産んで保護する方が効率がよい、ということが予測されます。」

 保護の効果が卵の数に関係なく、まんべんなく行き渡るならば、当然のことである。言われてみればただそれだけのことであるが、草野氏は保護の出費と効果に見合う1腹卵数が計算によって求められるような簡単なモデルを考えた。

 「雌の繁殖の成功度合は、孵化に成功した子供の数によって測ることができます。従って、抱卵する雌の行動が有利になるのはどういう場合かを明らかにするには、卵を産み放しにした場合の孵化子数N0と抱卵した場合の孵化子数N1を比較して、N1>N0となる条件を見つければ良いことになります。今、雌が1回の繁殖に使えるエネルギーの総量をR、抱卵のコストをB、卵1個のエネルギーをeとすれば、抱卵した場合の1腹卵数wと産み放しにした場合の1腹卵数Wはそれぞれ(1)、(2)式で表現できます。
w=(R−B)/e・・・(1)
W=R/e・・・(2)
 さらに、抱卵した場合の卵の孵化率をP1、産み放しにした時の孵化率をP0とすると、各々の場合の孵化子数は、(3)、(4)式で表現できます。
N1=P1w=P1(R−B)/e・・・(3)
N0=P0W=P0R/e・・・(4)
そして、P1w=P0Wとなる時の1腹卵数をw*とするならば、このw*が抱卵のコストに見合う1腹卵数の下限ということになるわけです。 さらに、不等式N1N0からw*を導くと(5)式が得られます。
w* P0/(P1−P0)・B/e・・・(5)
抱卵のコスト(B/e)は、雌が抱卵期間中に失う体重分、平均的な大きさの個体では湿重量にして0.67g,カロリーに換算すると1.55kcalに相当すると推定されますが、抱卵しなければ食べることのできた潜在的なエネルギーがさらに加算されます。この加算分は、繁殖を休んでいる雌の体重増加から推定しました。5月から8月にかけての体重増加は1日当たり、平均0.042gだったので、平均抱卵期間(35日)をかけ算すると、1.47g(3.42kcal)という値が得られました。すなわち、抱卵の全コストは抱卵中の消費分とその間稼ぎ出せなかった分を合わせて、4.97kcalと推定されたのです。最後にこれを、卵1つ当たりのエネルギー(1.04kcal)で割ると、1腹卵数に換算した抱卵コストが求められます。その値は4.78となりました。つまり、1つでも卵を産んで抱卵すれば、卵5個分のエネルギーを費やしてしまうのです。直感的にも5個ぐらい産まなければ割に合わないことが予想できるでしょう。
 そこで、もっと正確にw*を推定するために、抱卵した場合の孵化率P1として実際に調べた値(0.91)と、抱卵個体を取り除いた時の飼育下での孵化率(P0=0.40)を代入したところ、3.9という値が得られました。この値は、実際に観察される1腹卵数の下限、4個とよく一致していました。」

 こうして、抱卵のコストに見合うだけの卵を産めない時は、繁殖を休んでしまうということが、費用と利益の損得勘定によって一応の説明ができた。隔年繁殖の記載的な研究は、私が東邦大学に提出した卒業論文の中核をなしていたが、その後、Biennial reproduction of the lizard Eumeces okadae on Miyake-jima, Izu Islandsというタイトルの論文として、爬虫両生類の国際学会誌に1984年6月に掲載された。私にとって、初めての英語の学術論文である。


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