ロバスト伝送(周期定常伝送障害のケース)    Robust Transmission in case of cyclostationary noise

このページは物理層からリンクされています。ロバスト伝送とは、伝送障害が非常に大きい環境において、通信速度を自動的に下げて接続を確保することです。この操作をフォールバック(Fallback)と呼んでいます。

シャノンの通信路符号化定理は、雑音が加法的であり、その確率的性質が全時間にわたって不変であること(定常性)を前提にしています。もし、設計の対象となる通信環境がこの条件ならば、ロバスト伝送は誤り訂正符号のブロック長を適応的に調整してフォールバックすることが最良です。 しかし、多くの実用では、伝送障害は非定常な成分を含み、その成分が支配的なケースも存在します。このページでは、劣悪な非定常環境を対象にするまでもなく、周期定常(例:加法的雑音の性質が周期的に変動するモデル)のケースに対して、シャノン理論は必ずしも有効でないことを説明します。なお、周期定常の環境は、自然界では季節変動や昼夜変動など、工学の世界では交流電源や発振器に起因するものなどがあります。

伝送障害が周期定常である実際例として、電力線通信 (PLC: Power Line Communication )を挙げることができます。ほとんどの家電機器や情報機器は、交流電源(東日本では50Hz、西日本では60Hz)のゼロ交叉に同期して動作を繰り返しています。接続される機器は、ものすごく多種多様であり、かつ、規格信号電力に比べて非常に大きな伝送障害を発生します。典型的な3つのタイプを挙げてみます。

  • インバータ付き蛍光灯やLED(時変包絡線をもつ振動波を出す。この障害波は巨大)
  • 充電機能がある機器(充電と非充電を繰り返す。充電の時間区間では電力線上の信号を吸い込んでしまう)
  • 炊飯器(炊飯のモードで異なるが、高域周波成分を吸い込む。ゼロ交叉に同期しない定常特性である)

このほか、消費電力が大きい冷蔵庫や電子レンジやエアコンやIH調理器などによる、大きな信号吸い込みや、それらか出るインパルス性雑音、そして、配電盤やタコ足配線による分岐損が加わる。

まず、上の3つのタイプが同時に加わった場合の実験例を紹介します。下に、実験システムのブロック図と受信信号の短時間スペクトルを示します。なお、以下の2項目を考慮しています。

  1. 受信器に、200KHz以下をカットするアナログのハイパスフィルターを挿入した。その理由は、蛍光灯から出る第一と第二高調波が非常に大きく、これを排除しないで受信すると、ADC後において、信号成分の量子化情報が消滅してしまう。
  2. 200KHzから450KHzまでの帯域に制限されたランダムな2値テスト信号を送信し、これがどれだけ相関受信できるかをチェックすることを目的とする。

 

図1 実験システム

図2 短時間スペクトルの密度表示
(短時間スペクトルは上りと下りでまったく異なる!)

図3 短時間スペクトルの3D表示。
(第3高調波スペクトルの高周波サイドに崖崩れのように盛り上がっている成分が信号)

この実験結果について言えば、第3高調波スペクトル(220KHz付近)よりも高い帯域を使って送信し、周期的なSNRの良い区間を選択して受信することができれば、良好な伝送ができそうです。なお、この実験結果は、図1のattenuatorを50dBに設定した場合なので、送信信号に十分大きなストレスを与えたものと言えます。
上の実験は、次の古典的な繰り返し法がロバストネスの優位性を示唆していると考えます。

第一に、シンボル(または小スロット)を10ミリ秒区間で、等間隔に繰り返し伝送すること
第二に、伝送障害の小さい区間を推定し、その区間での判定結果を優先すること
などの手段を備えた伝送方式。

上記の第二の手段は、「言うは易(やす)し、・・・」ですが、いろんな方法(たとえば、同期機能を強調したスペクトル拡散など)を考えることができ、実現は可能です。

非常に劣悪な周期定常において、繰り返し法を採用したときの速度低下率がシャノン限界に勝る場合があることは、以下の簡単な例題で示すことができます。 まず、下図のように、10msの区間が、雑音無しの区間と巨大伝送障害で覆われる区間に分れるとします。実際、PLCの劣悪環境では、受信処理(等化器やビタビ判定など)のシンボル判定の信頼度は、このように二つの時間帯に分かれるケースが多い。

図4 伝送障害区間と障害無し区間が二つに分かれる例

このとき、周期定常を無視したシャノン理論では、シンボル判定の誤り率を一様に分布させて設計することになるので、誤り率(= 0.5×d ,  0<d<1 )を横軸にしたシャノン限界(下図の黒色の実線)が誤り訂正符号の設計目標となります。一方、繰り返し法では、雑音無しの区間に一つのシンボル(又はスロット)が入るような繰り返し回数を求め、その逆数が速度低下率になります。その値をプロットすると下図の赤色の点のようになります。

図5 シャノン限界と繰り返し法の限界 (横軸の右端は15/16 です

明らかに、古典的な繰り返し伝送が優位です。その優位差を、「繰り返しの速度低下/シャノン限界」の表で下に示します。

表1 左から順番に、障害無し区間の幅率(=d )、シャノン限界、
繰り返し法の限界、繰り返し法の限界/シャノン限界

各種伝送方式のロバストネスの比較実験は、通信が切れるときの送信電力の減衰量で評価するので、伝送障害区間での誤り率=0.5 の前提はおおきな意味がある。なお、実用の局面では、この区間内に非常に狭い良い区間が散在するかもしれません。このようなケースを考慮すると (伝送障害区間の誤り率を0.5 から小さくすると)、シャノン限界は良くなり、1-d が小さい領域(たとえば、d < 1/16 )で優位さが逆転します。表1では、障害無し区間の誤り率を 0、障害区間の誤り率を 0.5 としましたが、これを、障害無し区間の誤り率を 0.05、障害区間の誤り率を 0.45 とすると、下の表のようになります。

表2 

ちなみに、障害区間の誤り率をもっと小さくすると、シャノン理論の大前提の定常状態に近づきます。図6は、障害区間の誤り率を 0.25 にした場合であり、ほぼ臨界点を示しています。図7は、障害区間の誤り率を 0.05 にした場合(シャノン理論の一様的定常性の大前提)ですが、シャノンが強調したように、繰り返し法は愚かな方法ということになります(通信路符号化を参照)。

図6

 

図7