クロック抽出    Symbol clock factor in signal

 受信信号からシンボルのクロック周波数を取り出すことは、重要な受信処理の一つです。 送信機と受信機の水晶発信器には必ず製造誤差があるので、放っておけばデータをダブル読みするか、読みそこなってしまいます。 すべての受信機では、受信信号のシンボルクロックを抽出し、これを参照して受信機内部の発信器の周波数を大きな時定数でゆっくりと制御しています。 ここでは、AM (およびQAM )とFM についてクロック抽出を説明します。

まず、振幅変調(BSBAM:両側波帯振幅変調)の場合について説明します。 QAM は、これを複素数に拡張するだけなので、シミュレーション結果だけを示します。 受信信号は次のように表せます。

は独立な送信シンボルで、 とします。  はチャンネル歪を受けたパルス、 はシンボルの送信周期です。 この信号を自乗して、期待値(長時間平均)をとると、

のようになります。 { }内の信号は周期 の周期信号ですから、この結果からクロック成分が抽出できます。 下図は、{ }内の信号と電力スペクトルの例です。 図の はナイキスト周波数を意味し、 に立っている線スペクトルがクロック成分です。

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上図は、期待値をとった後の理想的なケースです。 なお、信号の自乗以外でも、たとえば偶数ベキや絶対値でもシンボル抽出は可能です。 実際、自乗よりも絶対値の方がクロック成分を多く取り出せるので、このページのすべてのシミュレーションでは絶対値を採用します。 また、シミュレーションではランダムな2値データを送信しています。 以下、歪の無い50%ロールオフパルスの場合と、大きな歪を受けた場合について、パルス波形、そのスペクトル、絶対値波形、その電力スペクトルの順に示します。

50%ロールオフ(歪み無し)

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50%ロールオフ(大きな歪み)

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クロック成分の大きさはパルス波形に強く依存します。 もっとも大きなファクターはロールオフ率です。 ロールオフが小さくなるとクロック成分は減少し、0%(パルスが標本化関数)で消滅します。 10%ロールオフの場合(チャンネル歪み無し)を続けて示します。

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以上はベースバンド信号でしたが、変調信号から直接クロック成分を取り出すには、整流して包絡線を抽出します。 ここでは、シミュレーション精度の問題から全波整流(絶対値をとる操作)をします。 下図は、全波整流波形とその電力スペクトルです。 ベースバンドの場合と同様の結果が得られています。

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QAM についても、同じ方法でクロック抽出が可能です。 4-QAM のベースバンド信号

は下のような軌跡を描きます。 適当に固定位相だけ回転してあります。

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この軌跡と座標原点の距離はクロック成分を含んでいます。 ベースバンド信号 の絶対値とその電力スペクトルを下に示します。

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実信号の変調波は

ですが、これを全波整流してもクロック成分を取り出せます。 以下は、全波整流の結果と電力スペクトルです。 歪みの無い場合です。

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FM (周波数変調)では、周波数(位相の変化速度)にディジタル情報が乗っています。 ディジタル信号処理が容易な中間周波数に落として、位相の変化速度を検出し、その絶対値をとります。 シミュレーションでは、 rased cosine 波をパルスとしてベースバンド信号を作り、これを周波数と見做して積分して位相を計算します。 搬送波とシンボルレートは整数倍にしていません。 変調波は下図のようになています。

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もっともオーソドックスな方法は、90度位相差分波器で複素信号

に戻し、この位相の差分の絶対値

からクロックを抽出することです。 右肩の*印は複素共役です。 下図に、 とした場合の上の絶対値信号と、その電力スペクトルを示します。

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上では、信号の掛け算が必要でしたが、単に信号の差分の絶対値でも大きなクロック成分が抽出できます。 下図は

の波形と、その電力スペクトルです。

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注: クロック抽出は変調波解析にとって重要な問題です。 変調方式が未知として、雑音かディジタル情報かを見分けるには、クロック成分があるかどうかがポイントとなります。 クロック成分を抽出する一般的手法に関しては、未だ十分に研究されていないようです。