湿気の多い深山やその沢沿い、また湿気の多い高山帯に生える一茎多花性の多年草。国内では本州中部以北から北海道に分布する。フキの葉に似た形の大小2枚の葉を出し、2cmほどの白い花を咲かせる。花後には紫色の実が成る。絶滅危惧種に指定されている県もあり、福島県の自生地では、知人がサンカヨウの保護活動を行っている。だが、この頃は鹿の食害でかなりダメージを受けていると聞く。
私が初めてサンカヨウに出会ったのは中学3年生のときだ。尾瀬に行けば何か高山植物を見られると思ったのだ。尾瀬入り口の鳩待峠そばに清水が湧いている場所があり、そこにサンカヨウが3株咲いていた。時期は7月の上旬。標高の高い尾瀬は、まだ朝に霜が降りる季節だ。霜の降りたサンカヨウは、花弁が透明でまるでガラス細工の様であった。記憶の中のサンカヨウは、私が大人になってから見たものよりも、全体がずいぶん小さかったと思う。残念ながらその様子を写真に残すことはできなかったので、是非図鑑などで調べてみてほしい。
50年ほど前。当時中学3年生の私はあろうことかGパンに半袖Tシャツ姿で7月の尾瀬に行き、あまりの寒さに体が冷え切るという恐ろしくも貴重な体験をした。そして「こんなところ、二度と来るものか!」と思ったのだった。山に関して全くの無知であった。そんな私に、見知らぬ人が寒さをしのぐための新聞紙や青いビニール袋をくれた。私はそれらを服の下に巻き付けてどうにか寒さをしのぐことができた。ありがたかった。滞在3日目にもなると、夕方から朝方の尾瀬の寒さにもだいぶ慣れて、親切な人からもらった新聞紙は体になじんだ。昼間は丁度良い気温になったが、私はこの滞在で自宅のある千葉と山との気温の差を痛感した。朝には、山で会う人たちが「おはよう」と、初めて会う私に声をかけてくれたのだが、そのことにも戸惑った。そんな経験をした私は声を大にして皆に伝えたい。山は別世界。平地との気温差は凄く大きい。山をなめてはいけない。だが、山では他人に思いやりを持って接する人に出会える。山に挑戦するときは十分に準備をして行ってほしい。そして人を思いやる気持ちを持ってほしい。
尾瀬で初めて出会った、今も忘れられないサンカヨウの透明な花。寒さに耐える間ずっと心の中で呟いていた「二度と来るものか!」という強烈な思い。それでも、帰りが近くなると「また来よう」と思った。これはどういう感情なのだろうか。サンカヨウと親切な人たちとの出会いがそう思わせてくれたのかもしれない。これを機に山にはまったように思う。
(サンカヨウ/メギ科 2022年12月.記)