

山野に普通に生える落葉低木。キイチゴの仲間で葉の形がモミジに似ることからこの名が付く。木全体に棘を持ち更に葉脈にも棘を持つ。春に白色の5弁の花を咲かせ、初夏にオレンジ色の実を付ける。
私は物心ついた頃から山の中へ分け入っては毎年のようにモミジイチゴの実を摘んで食べていた。唯一ただで食べることのできた、懐かしい果物だ。小学生の頃はその時期が来るのが待ち遠しく、沢山採れた時は家に持ち帰りジュースにして飲んだ。兄貴たちは全く興味がなく私が勧めても「山で採ってきたものなど危ない」と言って口にしなかった。
私は山歩きをするときはいつもどんな植物が生えているかを確かめながら歩く。子供の頃からの習慣だ。なので、しょっちゅう山や雑木林に行っていた私はどこに何が生えているのかをだいたい把握していた。40年ほど前は家の近所の明るい松林の中にモミジイチゴの大群落があった。松林の中にはヤマラッキョウも生えていて、それもおやつになった。私は掘ったヤマラッキョウの土を服でぬぐい、持ち歩いていた塩や味噌を付けてその場で食べたりしていた。
モミジイチゴの大群落のあるその松林では夏から秋にかけてキノコが出た。私はそれも採ってきてキノコ飯やお吸い物にして食べた。クギタケやアミタケ、ハツタケ、イグチ類なども生えているので一緒に採って帰るのだが、家族はいつもハツタケだけを食べて他は見向きもしなかった。「他のキノコも食べられる」と私が主張しても特に親父からは「そんなものを食べて中毒でもおこしたらいい笑いものだ」と、全く信用が無かった。そんな親父もキノコ採りは好きで時期になるとよく松林にハツタケ採りに行っていた。
私は一度、モミジイチゴの大群落にはまり、血だらけになったことがある。子供の頃の話だ。場所は線路わきの斜面。群落の奥行と幅はほんの20mx30mくらいで、その向こう側に行きたかった私は群落を見下ろして「ちょろい」と思った。15分もあれば抜けられると考えたのだ。だが、いざ群落に踏み込むとモミジイチゴの棘が服に絡みついた。おそらく斜面でなければ引き返すことができたと思う。だが傾斜がきつく、動くほど下にずり落ちて絡まった。棘があちこちから刺さり、ひっかき傷を作り痛くて戻れなくなりどんどんはまった。
なんとか脱出した時には着ていた服はかなりボロボロになり、そこらじゅう血だらけで、おまけに靴が片方どこかにいってしまっていた。踏み込んでから2時間以上が経っていた。痛くて進めなかったのである。気づけば手足や顔が血でべとべとになっていた。
家に帰ってお袋にかなり怒られながら棘を取ってもらった事を思い出す。とにかく脱出するのに夢中で靴が脱げたことすら気づかないほど一生懸命だったのだ。風呂に入ると傷口が染みてそれまでに経験したことのないほどの痛みを感じた。これが一番辛かった。「急がば回れ」と教訓になった。それと「キイチゴの茂みは甘く見るな」。かなり痛かったが良い経験でもあった。モミジイチゴ恐るべし。
(モミジイチゴ/バラ科 2023年12月.記)