ヒマラヤ西部、アフガニスタン原産。標高1100m~4000mの高地に生える常緑針葉高木。日本へは明治初期頃、自然形が綺麗な樹木だという理由で導入され、大きな庭園や公園にシンボリツリーとして植えられてきた。
習志野キャンパスは、旧陸軍の所有地だった場所に建設された。その頃には既に植栽されていたと思われるヒマラヤスギを私は5本見ている。4本がグリーンハウスの近くに有り、その中の1本のヒマラヤスギに異常がおこった。
平成27年秋ごろから急にヒマラヤスギから音が聞こえ始めた。「プシュ、プシュプシュ」。何の音だろうと思い、調べてみると幹から音を立てて樹液が吹き出ていた。この現象は、何かのきっかけで樹皮下に菌が入り込み、樹液が反応して発酵し吹き出すというものだ。ブナ科やカエデ科ではよく聞く話だが、ヒマラヤスギでは聞いたことがない。興味が湧き、樹液採取を仕事にしている知人に聞いたり、インターネットや本で調べたりしたが、どこにもそのような記録を見つけることはできなかった。
平成27年から29年にかけて約3年近く発酵した樹液を吹き出し続けた。3年目には少量になり、その後、樹皮の内側が枯れた。ヒマラヤスギ自体が極端に衰弱して傾きはじめた。倒木の危険があったので、やむなく伐採することになった。どうにか残したかったのだが残念だ。
ヒマラヤスギが吹き出す樹液は、2年目がピークだった。吹き出し口は、最初に見た時は地上から30cm位の所にあったのだが、徐々に上がっていった。そして、樹液が絶えるころには吹き出し口は3mくらいの高さにまで上がっていた。あたりには甘い匂いが立ち込め、様々な生き物たちが集まってきた。
吹き出した樹液は発酵した液体で、なめてみると、アルコールを含んだ薄いオレンジジュースのような甘酸っぱい風味だった。樹液が吹き出ている間は、多くの昆虫やタヌキやハクビシンなどがよくやって来て、夏にはヒマラヤスギが昆虫たちの楽園となった。根元には樹液だまりができていて、その周りは泡立っていた。その中でカナブンやコスズメバチが溺死していた。泡を触ってみると、糖でべたついていた。カナブンとコスズメバチはアルコールで酔い、粘度の高い樹液だまりから抜け出せなかったのではないかと思う。ある日の夜8時ごろ、知り合いの野生のタヌキのポコ君(命名:私)が樹液だまりを訪れた。樹液をなめすぎてアルコールに酔ったのか、彼は千鳥足で帰っていった。ハクビシンも、やはりふらついて帰って行った。面白い場面に出くわしたときに限ってビデオカメラを持っていない。
観察をしていると、冬にはヒヨドリやメジロがよくやって来て、樹液をなめていた。ある日、ヒヨドリは樹液をなめて酔っぱらった様子で、やっと飛んだと思ったら隣のヒマラヤスギに当たり、落ちた。怪我をしていないかと気になる。鳥たちのなかにちょっと意地の悪いヒヨドリ君がいた。他の鳥たちが来ると甲高く「ピーピーピーヨ」と鳴いて追い払い、樹液を独占していた。ある日、その鳴き声が変だったので見ていると、ヒヨドリ君がポトリと落ちた。樹液のアルコール濃度が高かったのか、飲みすぎたのか、酔っているようだった。出来すぎた場面設定のように、落ちたヒヨドリ君を猫が狙っている!私は咄嗟にグリーンハウスの窓から飛び出して彼を拾い上げた。手に乗せてもまともに動けない様子に、急性アルコール中毒が頭をよぎったので、すぐに水を飲ませた。10分もすると正気に戻り、何事もなかったかのように飛んで枝にとまった。私でも濃いと思う程度のアルコール濃度なので、ヒヨドリにとっては、かなりの高濃度なのであろう。気持ち、体がふら付いている。猫にやられなくてよかった。私は、「バカ飲みするなよ」と彼に声をかけた。だが、翌日には凝りもせずまたヒヨドリ君はやって来た。酔っ払いとは学習能力が無いものなのだろうか。
私は、記録としてヒマラヤスギの動画や写真を撮った。また、昆虫同志で、そしてタヌキやハクビシンが喧嘩をしながらも美味しそうにヒマラヤスギの樹液をなめているので、吹き出し口から出たての樹液をコップに採り、私も飲んでみた。何度か飲んでみると、日によってアルコール濃度が違っているように感じた。また、夏よりも冬の方が、アルコール濃度が高いように感じた。甘みは夏のほうが強い。樹液の吹き出す量は夏の方が多く、冬の3倍ほどだった。
吹き出す樹液は、ヒマラヤスギが吸い上げる水分の一部だろうが、これほど大量の水分をヒマラヤスギが吸い上げているのかと思うと、正直、その量の多さに驚いた。ヒマラヤスギが樹液を吹き出したり、樹液を飲んだタヌキが千鳥足になったり、ヒヨドリが酔って落ちたりと、初めての珍しい貴重な体験を独り占めだった!!
(ヒマラヤスギ/マツ科 2022年1月.記)