
アゲハチョウの中で最も忙しなく飛んでいるチョウだと思う。他のアゲハチョウよりも高速で飛ぶので一度捕まえるのに失敗してしまうとあっという間に空高く飛んで行ってしまう。私は子供の頃、届かないとわかっていても網を振り回し、ひたすら追いかけた。だが、ほとんど捕まえることができなかった。どうしても捕まえたい気持ちが強くなり、私はアオスジアゲハのことを図鑑で調べ、付近を観察することにした。小学3年生の頃のことだ。
自分なりに調べた結果、自宅の周りにはアオスジアゲハの食草になるクスノキ科の植物が少なかったので、出会える機会も少なかったことがわかった。なので、まずは範囲を広げてクスノキ科の植物を探すことにした。そして自宅から5Kmほど離れたところにある神社の境内に大きなクスノキを見つけた。私は夏休みを利用してその神社に1週間ほど通い、アオスジアゲハがやって来るのをひたすら待った。だがいつまで経っても姿を見ることはできなかった。図鑑にはクスノキ科と書いてあったが目の前のクスノキにはやってこない。あまりにも会えないので、もしかしたら図鑑が間違っているのかもしれない、とか、もしかしたら自分が観察している木はクスノキではないのかもしれないと思うこともあった。
私はアオスジアゲハを半ば諦め、神社の高床の床下に潜り込んだ。そこでアリジゴクを発見してからは興味がアリジゴクに移り、その観察に変わった。神社の床下は私にとって宝の山だった。あまり見かけないヤモリにもよく会えたし、タマムシやウバタマムシの綺麗な死骸やトックリバチの巣の抜け殻などが沢山あった。それらは大切に持ち帰って私の宝物となった。
そういえば、夏休みのある日、神社の床下でいつものように宝探しをしていると知らないおじさんに会った。おじさんはすごくお腹を空かせていた。私は母親に持たされたおにぎりがあったのでそれを全部あげた。夏休みが終わり、学校帰りに神社に行くと床下に入れないように網が張られていた。それからおじさんの姿を見ることはなかった。
私は床下に潜ることは諦めてこんどは神社の裏手の小さな森を散策することにした。そこには小さなクスノキがあり、よく見ると若葉が殆ど食べられていた。周りを注意深く調べてみると、なんと幼虫が居た!アオスジアゲハの幼虫だ!私はその幼虫とクスノキの枝を1本、大事に持ち帰り自分の部屋で観察を始めた。それから5日ほど経った9月のある日、急に蛹の色が変わった。いよいよアオスジアゲハが出てくると楽しみにしていたのだが、出てきたのはハチだった。綺麗なアオスジアゲハが見られると思ったのに、それは綺麗だが長い卵管をもった寄生バチであった。しかも4匹も出てきた。私はハチを観察しながらもがっかりして半ベソをかきながら眠ってしまった。あまりにもガッカリしたせいか夢にまで出てきた。夕方頃に、当時飼っていた愛犬のポチに顔を舐められ目が覚めた。何回も前足で軽くたたかれて「元気出せよ」と伝わってきたことを思い出す。
夏の朝、毎日決まった時間に薬草園で植物に散水をする。すると、そこへチョウやトンボたちがよく集まってくる。彼らは地面に染みた水を美味しそうに飲んでいる。翅を小刻みに震わせ一心不乱に飲む。少しずつお腹が膨れてくるのが見ていてよくわかる。つい「飲みすぎるなよ」と声をかけてしまう。すると、チョウはこちらをチラリと見ておしっこらしきものをしながら飛び立つ。注意深く観察をしてみると、1週間同じ時間帯に水を飲みに来た個体がいた。チョウにも学習能力があることを実感させられた。
動きの素早いアオスジアゲハも、私が敵ではないと認識したのか朝の吸水タイムには私の前ではゆっくりと水を飲む姿を見せてくれた。せわしない小刻みの羽ばたきは変わらずで、子供の頃の夏休みを思い出させてくれた。
(アオスジアゲハ/アゲハチョウ科 2024年9月.記)