8月の夕方。私は仕事を終えたあと手賀川のコブハクチョウに会いに行った。するとコブハクチョウの“ガーコ”ペアがカイツブリを連れて私に会いに来た。「どうした、父さん。」と声を掛けるとガーコ父さんが「ヘンヘン」と返事をした。「調子悪いのか、へん。」と聞けば、また「ヘンヘン」と言う。よく見ると連れてきたカイツブリの体には釣り糸が絡みついていた。自分たちでは外せないのでガーコ父さんが私のところへ連れてきたのだと思った。初対面のカイツブリ君。じっとしている。「父さん、わかった。預かるね。」と言うと、ガーコ父さんは「ウル、ウルルルルルル」と返事をしてくれた。私も「うる、うるるるるるる」。その後、ガーコ父さん達は私とわかれて寝床に泳いで行った。
私はすぐにカイツブリ君を手に取った。すると、すごい鼓動が手に伝わってきた。緊張しているのだろう。安心させるために「大丈夫だよ。すぐに取ってあげるね。」と声をかける。せっかくガーコ父さんが連れてきてくれた命。助けなければ。絡まった糸を外すには道具が必要だ。私はカイツブリを腕に抱えて怖がらせないように自分の車の中へ連れて行った。
無事に釣り糸が外れてホッとすると、カイツブリ君の鼓動が更に早くなったのがわかった。私の手の中で体が硬くなりはじめたので、落ち着くまでその態勢のまま車の中で待った。ずっと声を掛け続け、20分くらいたった頃、少し鼓動が落ち着いてきたのでそっと抱えなおして外に出た。まだ緊張しているようだ。体は硬直している。改めて彼の目を見ると瞳孔が大きく開いていた。相当に緊張している。半分あの世に行きかかっているみたいだ。この状態で放すことはできない。更に20分くらい手で体を温めていると鼓動が落ち着いて、足を動かし始めた。帰ってきた。もう大丈夫。
「写真を撮りたいからちょっと待って。」と言ってみると、じっとしてその場で待っていてくれた。カイツブリ君の姿を数枚カメラに収めて「ありがとうね。糸に気をつけろよ。」と声を掛けて放してあげると、カイツブリ君は凄い勢いですっ飛んで泳いでいった。
翌朝また手賀川へ行くと、カイツブリ君がガーコ父さんたちと一緒に来ていた。「オイ、大丈夫か。」と声をかけると、ガーコ父さんが「ヘンヘン」と甲高く答え、カイツブリ君は「クルルルルルル」と鳴いてくれた。助かってよかった。ガーコ父さん、彼を連れて来てくれてありがとうね。
外れた釣り糸にはおもりとゴム管が付いていた。フナ釣りの仕掛けだ。捨てられたものか、釣り人が魚に取られたものかはわからないが、全く困ったものだ。
(カイツブリ/カイツブリ科 2024年2月.記)