私はある年の春から秋にかけて、縁あって福島県の南会津に10回ほど行った。私には南会津で必ず行く場所があり、そこでホオジロの親子に出会った。
私は下道を通り約6時間をかけて千葉から福島まで行く。下道を行くと途中でいろいろな動物たちに会えるのも楽しみのひとつだ。今年はクマやシカ、サル、アナグマ、キツネ、タヌキ、テンなどに会うことができた。
春に、南会津某所で知人と待ち合わせをした。待ち合わせ時間は午前9時。到着した時間が早かったので、私は沢沿いの空き地に車を停めて夜が明けるのを待っていた。すると近くの電線にとまり囀るホオジロがいるのが見えた。しばらくの間とても良い囀りを聞かせてもらえて今日もラッキーだと思い、囀るホオジロに感謝を込めて車の中から「シロ、おはよう!ありがとうね!」と言った。すると囀りが止まり、彼は電線の上から体を斜め下に傾けて私の車の方をじっと見た。私が勝手に名付けたホオジロの“シロ”。茨城県では別のホオジロととてもフレンドリーな関係になれたので、それにあやかり“福島のシロ”だと思い、つい声に出てしまった。シロは声をかけても飛んで行かなかった。これは、彼も私に興味があるのか?と期待した。何度か「シロ」と声をかけると彼は体を大きく動かして私を見た。目を離した隙に彼は姿を消した。
満天の星空が薄くなり、夜が明けて写真が撮れるぐらいの明るさになったので、私は1時間ほど沢沿いを散策した。この日はオシドリやカワガラス、キセキレイたちが姿を見せてくれた。鳥たちを撮るにはまだ少し明るさが足りない。花々や昆虫たちを撮り車に戻ると、さっきのホオジロが車の近くに来ていた。「シロ、さっきはありがとうね。」と言うと、また電線に止まり、囀ってくれた。私に興味があるのか、それとも「ここは俺の縄張りだから出ていけ!」と言っているのかはわからないが、私を意識していることは確かなようだった。
時間が経ち待ち合わせ時間が近くなったので、シロに挨拶をして出発すると彼が途中まで私の車の後に着いて飛んでいるのが見えた。残念なことに途中で姿を見失った。
1週間後。私はまた同じ場所に車を停めた。シカを見ながら夜が明けるのを待っていると、明け方になってホオジロが囀り始めた。「あ!今日もシロが来た!」と嬉しくなった。「シロ、おはよう。また来たよ!」と言うと、シロは私の車のすぐ近くのフジの枝にとまり囀り始めた。私に対して全く警戒心を感じさせない行動をとってくれるシロ。ありがとうね、シロ。だが、うす暗くてシロの写真が撮れない。そんなことが何度か続いた。
1年後のある日、いつもの場所にシロが来て囀り始めた。「シロ、ここに来たの?」と尋ねてみた。どうやらそこで営巣をはじめたらしい。それから約1か月が過ぎた。林で私が植物の写真を撮っていると、小さな声で何かを呟いているシロの姿があった。「シロ、おはよう。どうしたの?」と声を掛けるとシロはこちらへ飛んで来て、私のすぐ横1mくらいの所にある木製の手すりにとまって私を見上げた。私は彼を驚かせないようにゆっくりと正面を向き「シロ、おはよう。来てくれたの?ありがとうね。」と言った。シロは小さな声で口ごもりながら、囁くように何かを喋っている。私が聞こえた通りにシロの真似をして喋ると、喜んでくれたのか尾羽をピョコピョコと動かし、私のすぐ横に来て私を見上げた。手を伸ばせば届くくらいの距離だ。50cmほどか。なぜか「ここに居てくれ。」と言われたような気がしてそこに居るとシロは飛び立ち、15mほど先の枝に降りた。シロが声を発すると何かが地面の上を私の方に向かってごそごそと寄ってきた。何かなと思いながら待っていると、シロが私の所まで飛んで来て、小さくこもった声でまた喋り出した。私も真似をして喋ると、ごそごそとしていた何かが近くまで寄ってきて止まった。なんと、ホオジロのヒナだ!!シロが私に自分の仔を紹介してくれたのか。初めて会う仔は私を見上げ、首をかしげた。目が合うと私に向かい口を開けて羽を振るわせ「ピピピピ」と小さな声で私に話しかけてきた。シロがヒナを置いて突然どこかへ行ってしまった。
私はどうしようかと考えて、シロのいない間はチビと話をすることにした。私が話かけるとチビは私から30cmほどの所までヨタヨタとやって来て私を見上げた。何か話しかけてきたので、聞こえた通りに同じ言葉を返すと、チビはジロッと横目で私を見た。その表情がなんだかにやけた顔に見えてとても可愛らしかった。初めて会う生き物(私)とのやりとりに緊張して疲れたのか、チビは私のすぐ隣で居眠りを初めた。
数分後、父さんのシロが嘴に虫を咥えて戻ってきた。シロは私に「ヒナを見ていてくれ。」と言っていたのか、と納得した。チビは父さんが運んできた推定2齢のモンシロチョウの幼虫を喜んで貰っていた。シロは私の目の前でチビに虫を食べさせた後、手すりに止まり、また喋り出した。いくつか違う言葉を発していたのだが、ある言葉を発するとチビはピタリと動きを止めて微動だにしなくなった。そして別の言葉を発するとチビは動き出した。私とチビとの距離は20cmくらい。記念に写真を撮りたいのに近すぎて撮れない。少し下がって距離を取り、シロとチビに言葉をかけてじっとしてもらい記念撮影。ありがとうね、シロ。
(ホオジロ/ホオジロ科 2022年12月.記)