掲載:2012年9月25日

■国際アホウドリ・ミズナギドリ類会議

**** 第5回国際アホウドリ・ミズナギドリ類会議、印象記 ****

 2012年8月12-17日に、ニュージーランドのウェリントンで第5回国際アホウドリ・ミズナギドリ類会議(Fifth International Albatross and Petrel Conference, 略称IAPC5)が開催されました。


▲会議の開会

 参加者総数が100名余りの小規模な研究集会で、日本からは出口智広さん(山階鳥類研究所)、安藤温子さん(京都大学・農学研究科・大学院生)、青山夕貴子さん(東北大学・生命科学研究科・大学院生)、堀越和夫さん(小笠原自然文化研究所)、またニュージーランドに留学中の杉下純市さん(オタゴ大学・大学院生)も参加し、それぞれの研究を発表しました。

 ぼくはポスター発表を行ない、アホウドリの主繁殖地である伊豆諸島鳥島で、

1)砂防・植栽工事により、従来コロニーでの繁殖成功率の引き上げに成功したこと

2)デコイと音声の利用による新コロニーの形成に成功し、その後、従来コロニーからの若鳥の移入によって新コロニーが急速に成長していること

3)その結果、鳥島全体で2011-12年繁殖期に512組のつがいが産卵し、353羽のひなが巣立ち、と鳥島集団の総個体数が約3000羽になったこと

4)新コロニーでの繁殖成功率は従来コロニーよりも高く、70%以上であり、今後、新コロニーの成長にともなって、鳥島全体の繁殖成功率が約70%に維持され、鳥島集団はこれまで以上の割合で指数関数的に成長すること(過去33年間の平均は59.45%)

5)成鳥・若鳥の死亡率が今後も大きく変化しない

ならば、2012年に巣立った幼鳥が繁殖年齢に達する2018-19年繁殖期には確実に約890組のつがいが産卵して、約620羽が巣立ち、繁殖後の鳥島集団の総個体数は5,000羽を超えると予測しました。そして、それらを根拠に、鳥島アホウドリ集団の再確立に成功したと結論づけました(下記サイトを参照。なお、abstractには2012年4月調査の結果が含まれていない)。

http://www.acap.aq/latest-news/a-tribute-to-hiroshi-hasegawa-three-thousand-short-tailed-albatrosses-are-flying-the-north-pacific

 会議は4日間で(中日の15日は自由日で、鳥類観察エクスカーション)、

1)各種の海洋分布と重要保全海域

2)海鳥と漁業との相互作用

3)繁殖集団の再生とひなの移動

4)分類学的検討

5)個体群調査

6)保全の現状と課題

のテーマに沿って口頭発表され、毎日、セッションの最後に総合討論が行なわれました。

 ぼくにとって印象的だったのは、鳥島から小笠原諸島聟島にアホウドリのひなを移動して、そこに新しい繁殖集団を形成する大計画と同様の「ひなの移動による繁殖集団再生計画」が、世界各地で準備されたり、実際に行なわれたりしていて、非常に注目されていることでした。人間による捕獲やネズミ類など、移入哺乳類による捕食によって消滅した海鳥の繁殖集団を早期に再確立するには、これが唯一の方法で、注目されることは当然なのですが、実行するには綿密な準備と多額の資金、長期にわたる努力が必要です。逆に、注目されていることは、それだけ厳しい生息状況に置かれている種が多いことを示すと言えるでしょう。
 延縄やトロール漁業による海鳥の“混獲”の問題は終息してはいません。若鳥や成鳥が“混獲”によって死亡率が上がり、アホウドリ類(22種中17種)やミズナギドリ類の多くの種の個体数が急速に減少し、絶滅が危惧されています。“混獲”を軽減する手法はこれまでにほぼ確立され、現在ではそれを普及・啓発し、実行することに活動の重点が移っています。
  “混獲”問題の発表の中で、クロゼー諸島で繁殖するワタリアホウドリ集団と延縄漁業による“混獲”との関係を解析した研究(Geoff Tuck ほか)に、ぼくは興味をもちました。ワタリアホウドリ集団を年齢別・性別に時間的・空間的にモデル化し、延縄漁業の漁獲努力の時間的・空間的分布も資料にもとづいて記述し、アホウドリの採食活動との重複から“混獲”による死亡率を推定して、繁殖集団の変動をモデル化したのです。このような包括的モデルにもかかわらず、実際の変動パターンを再現できませんでした。そこで、ワタリアホウドリ集団に行動的異質性、つまり“混獲”されやすいタイプ(漁船に平気で近づく大胆な性質をもつ個体、bold type)とそうではないタイプ(人を恐れてなかなか漁船に近づかない性質の個体、shy type)を仮定すれば、1960年代後半-1970年代前半の急速な減少やその後の個体数の回復をうまく説明できることが分かりました。最初に、物怖じせずに漁船に近づいた個体が頻繁に“混獲”され(アホウドリ類は船尾から延縄が投入されたときにえさと間違えて釣り鉤を飲み込み、溺死する)、いわば「淘汰」されて、その後は漁船を避ける個体の割合が集団中に増えて、“混獲”される個体数が減少し、繁殖集団も次第に回復してきたと考えると、変動パターンをうまく説明できるというのです。もし、そうだとすれば、クロゼー諸島のワタリアホウドリ集団は短期間に非常に多数の個体が延縄漁業の犠牲になったことになります(当時、インドマグロと呼ばれたミナミマグロの延縄漁業を主に行なっていたのは日本の遠洋漁業でした)。
 この“shy-bold 行動特性”仮説は、その他の研究発表で取り上げられた“個体ごとに特殊化した採食行動”とともに、注目されました。これからは、集団を構成する個体の行動的異質性をも考慮にいれて、保護の問題に取り組む必要があります。
 ワタリアホウドリについて、巣立ち後の幼鳥が成鳥になるまで、年齢にともなう採食行動の変化や海洋での分散パターン、齢別生存率などの研究が発表されました。それらを聴いて、ぼくは、ワタリアホウドリが地球上で最も生物学的知見が深まった鳥の種の一つであると感じました。陸の鳥で最も深く知られている種と言えばシジュウカラでしょう。ワタリアホウドリはそれに匹敵する海の鳥だと言えます。
 1950年代末から1960年代前半(1958-1964年)に、南極圏のサウスジョージア諸島の“鳥島”でこの種の生態研究に初めて取り組んだのは、ランス・ティッケルさんでした(1973年5月7日、彼との偶然の出会いから刺激をうけて、ぼくは1976年から鳥島でアホウドリの個体群監視調査を再開し、保護研究に着手した)。その後、1970年代からサウスジョージア島でイギリス南極観測局のジョン・クロクソールさんたちのチームが海鳥類や海獣類の長期生態研究体制を確立して推進し、1970年代後半からはクロゼー諸島で、フランス国立化学研究センターのアンリ・ワイマースカーシュさんたちの研究チームが活発な研究を展開し、衛星追跡やバイオロギングの技術を導入して、この種の生態や行動を詳細に解明してきました。長生きで、外洋域に生息し、かつて研究が最も困難だったため、よくわかっていなかった大型の海鳥が、先端技術の利用と約半世紀にわたる詳細な野外研究によって、いまでは最もよく知られた種になったのです。
 この会議で新たに認識されたことは、大型のアホウドリ類(albatrosses)だけでなく、中型のミズナギドリ類(shearwaters)やシロハラミズナギドリ類(gadfly petrels)の多くの種も絶滅の危機に瀕している、ということです。その主な原因は、繁殖地でのネズミ類による卵やひな、成鳥への捕食、人間生活空間の照明による巣立ちひなの迷いこみ(“光害”)と漁業による“混獲”です。ミズナギドリやシロハラミズナギドリの仲間は土中に巣穴を掘ったり、岩の割れ目を利用したりして営巣します。中には高標高の山中で繁殖する種もあり、繁殖集団の大きさや営巣分布を確定するのさえ困難な場合があり、繁殖成功率や成鳥の死亡率の推定もなかなか困難です。今後、そうした困難を乗り越えて、これらの種を知らないうちに絶滅させないために、ネズミ類駆除という重要な課題に取り組まれなければなりません。日本列島でも、人間によって持ち込まれてしまったネズミ類によって、とくに中・小型の海鳥類が捕食されています。早急な保護対策が必要です。
 会議の中日に、ぼくはクック海峡で海鳥観察を行なうクルーズに参加しました。わずか2時間半の航海中に、世界最大級の海鳥であるミナミシロアホウドリやキタシロアホウドリ、それよりやや小さいサルビンアホウドリ、シロボウシアホウドリ、マユグロアホウドリ、ニュージーランドアホウドリの6種やその他の海鳥を船の近くで観察することができました。ニュージーランドは “アホウドリ類の中心地(the albatross capital of the world)”と呼ばれ、世界の22種のうち10種が繁殖することは知っていたものの、ちょうど日本の海でカモメ類を見るように、大型のアホウドリ類を何種も数多く見ることができたのはほんとうに驚きでした(ニュージーランドはまた、the seabird capital of the world とも呼ばれ、海鳥類の中心地でもある)。日本近海でも50年後に、北太平洋のアホウドリ類3種がごく普通に見られるようになることを夢みて、クルーズを終えました。


▲シロボウシアホウドリ(前)とサルビンアホウドリ(後)

▲マユグロアホウドリ(前)とミナミオオセグロカモメ(後)

参考:以前に開催されたアホウドリ類国際会議の報告

1)第4回国際アホウドリ・ミズナギドリ類会議報告(2008年9月5日)
 http://www.mnc.toho-u.ac.jp/v-lab/ahoudori/information/topics/topc080811.htm

2)第3回国際アホウドリ・ミズナギドリ類会議報告(2004年9月13日)
 http://www.mnc.toho-u.ac.jp/v-lab/ahoudori/information/topics/top040913.html

3)第2回国際アホウドリ・ミズナギドリ類会議の印象記
 *『アホウドリ通信』第6号8-9ページ(2001年9月1日発行)から転載

 第73回鳥島アホウドリ調査から帰ってから3日間、集中して片付けと資料作りをし、2000年5月7日から14日まで、アメリカ・ハワイ州ホノルル市ワイキキのイリカイ・ホテルで開催された「第2回国際アホウドリ・ミズナギドリ類会議」に参加しました。オーストラリア・タスマニア島のホバートで第1回が開催されたのは1995年8月でしたから、もう5年が過ぎていました。
 そこで、ぼくはたくさんのなつかしい顔を見つけ、若く新しい顔とも知り合いになりました。その中には、1973年5月にぼくがアホウドリの保護研究に飛び込むきっかけを与えてくれたランスロット・ティッケル博士も含まれていました。すでに69歳になった彼と5年ぶりに再会し、手紙で伝えられなかったさまざまな話をしました。もっともうれしかったのは、2000年の9月に、「アホウドリ類」という彼の本がアメリカのイェール大学出版局から出るということ。彼はうれしそうに、せっせとカラー図版の色校正をしていました。
 会議ではアホウドリ類やミズナギドリ・ウミツバメ類の生態や行動、個体数の状況や保護、生理学やエネルギー論など、多岐にわたる発表がなされ、分科会では、延縄漁業によるアホウドリ類やその他の海鳥の「混獲」(対象魚種以外の動物の付随的捕獲)とその防止対策、クロアシアホウドリの個体数の現状と延縄漁業との関係、捕食者の除去と島嶼生態系の復元、北アメリカの集団営巣性水鳥の保護などが議論されました。
 発表の中でいちばん驚いたのは、フランスのチームによるワタリアホウドリの研究です。彼らは、ワタリアホウドリの背中に、GPS(全地球測位システム。カー・ナビゲーションの原理)記録装置を背負わせ、繁殖期の移動経路だけでなく、繁殖を終えてからつぎの繁殖期までの約1年間の移動経路をすべて解明したのです(ワタリアホウドリは隔年に繁殖し、繁殖に成功した翌年は羽毛を生え換わらせるために休む)。また、繁殖期には海水のセンサー付きの記録装置を足に装着して、飛翔している時間と海に着水して浮いている時間をもわかるようにし、さらに、体温と心拍数の記録計をも背中に装着して、エネルギー消費量を推定したのです。
 それだけではありません。小型温度記録計をカプセルに包み、それをワタリアホウドリの前胃(鳥類では胃が前後2部に分れ、前方の部分を前胃、後方を砂嚢という。まず、餌を前胃に取り込み、そこから消化液を分泌して、少しずつ砂嚢に送りこんで消化する)に入れ、あとでそれを吐き出させて回収し、大きな餌を食べると前胃の温度が体温より下がる事実を巧みに利用して、餌を食べた時間をも明らかにしたのです。
 それらの巣でひなの体重変化を測定して給餌量を推定し、親鳥が餌を採集するために移動した経路とその時の卓越風の方向、餌を摂取した地点などとの関係をも解析することができたのです。
 かつて、繁殖地以外、つまり海洋上でのアホウドリ類の生態は、断片的な観察記録から想像するしかありませんでした。しかし、最近の高度先端科学技術がその壁を突破したのです。わくわくする研究でした。いずれ、ぼくもアホウドリについて、そうした研究をしてみたいと思いました。