掲載:2004年9月13日

■国際アホウドリ・ミズナギドリ類会議

**** 第3回国際アホウドリ・ミズナギドリ類会議に出席し、研究発表 ****

 日本から見るとちょうど地球の裏側にあたる南米ウルグアイの首都モンテビデオで、2004年8月23日から27日にかけて、第3回国際アホウドリ・ミズナギドリ類会議(Third International Albatross and Petrel Conference)が開かれました。この会議には、世界各国から130人あまりの海鳥研究者や漁業研究者、大学院生、政策担当者、漁業関係者、電子技術者などが参加し、

1)分子研究による生態学と系統分類学

2)生物学全般と行動

3)個体群動態

4)個体数の現状と動向

5)採食生態と利用海域

6)漁業による混獲とその軽減

7)保全政策と国際的保護協力構想

の7テーマに沿って、口頭・ポスター形式であわせて125題の研究発表がなされました。

 日本からは、山階鳥類研究所から2名、遠洋水産研究所から1名、水産庁国際課から1名、それにぼくと、合わせて5名が参加しました。ぼくは単独で1題[アホウドリ集団の個体数増加]とポール・シーヴァートとの共同研究2題[鳥島噴火によるアホウドリ集団への影響評価、鳥島のクロアシアホウドリ集団の個体数増加]を発表しました。

 これらのテーマのうち、発表数がとくに多かったのは、5)と6)で、合わせて59題にのぼりました。なかでも、鳥の背中に電波送信機(platform transmitter terminal)を装着して人工衛星によって移動を追跡したり(satellite tracking)、全地球測位システム(GPS )や光や海面水温の継続記録計(data logger)などを鳥に装着・回収して、その個体の海洋上での移動経路や行動を分析し、採食海域を解明した研究が多く、なぜその鳥がその海域を利用するのか、海底地形や海流、海表面温度、風力風向、生物生産など生物海洋学的な意味づけがなされました。

 20〜30年前には、卓越した飛翔力をもつアホウドリ類の海上での行動を解析することは“夢のまた夢”でした。当時は、アホウドリ類よりも移動速度がはるかに遅い船の上から双眼鏡による目視観察を積み重ねるしか調査方法がなかったからです。しかし、電波を利用した高度電子技術によって1990年代から宇宙からの追跡が可能になり(宇宙からの「目」を獲得した)、さらに温度や照度、気圧、湿度の小型センサーや超小型デジタル継続記録計などの電子情報技術の開発とその飛躍的発展が、飛翔や採食、海面での休息など、行動パターンの区別をも解析可能にしたのです。また、地球の衛星遠隔探査により、短かい時間単位で特定の海域の海洋学的情報が得られるようになり、それら海洋学的特性とアホウドリ類の行動との関係が分析できるようになったのです。

 また、漁業によるアホウドリ類の混獲とそれへの対策は、近年、とくに重要な保護課題となりました。それは、世界各地で(とくに南半球で)アホウドリ類各種の繁殖集団の個体数が驚くべき速さで減少していて(アホウドリ類は平均寿命が20年から30年と長いので、1年当たりの減少率は小さくても、1世代の減少率を推定すると非常に大きくなる)、その主な原因がはえなわ漁業による混獲であるとわかってきたからです。この急速な減少から、現在、世界のアホウドリ類24分類単位(taxa)のうち、実に19種類が絶滅の危機にあると考えられています。つまり、アホウドリ類は鳥類の中で他のどのグループよりも危機に瀕しているのです。

  そのため、漁業とアホウドリ類やその他の海鳥類との共存をめざして、「対象魚種の漁獲を下げず、非対象魚種の漁獲を上げず、かつ海鳥の混獲を回避・軽減することは可能か」という根本的な問題の緊急な解決が迫られました。これに対して、これまでにさまざまな着想が提示され、それらが実際に現場の海域で漁船を使って調査・検討されました。こうして、非常に効果的な混獲軽減方法が見い出されました。

  アラスカ海域でタラ類やオヒョウなどの底魚の延縄漁業による海鳥の混獲問題を研究したエド・メルビンらは、船尾の両側に2本の吹き流し状の“鳥よけ”(paired streamer lines)を約90m引き、“動く壁”を作って、その間に延縄を投入すれば、混獲を88〜100%(それが1本だけであっても71〜91%)減らすことができ、しかも対象・非対象魚種の漁獲には影響を及ぼさないことを実証しました。実際に、アラスカ海域で操業する漁船に、この“鳥よけ”を配備した結果、2001年以降、混獲された海鳥の数が全体で50%以上(年間約9000羽)も減りました。

  また、グラハム・ロバートソンらは、ニュージーランド海域でタラ類の底延縄漁で、幹糸に鉛を織り込んで重くして速く沈むようにした延縄(integrated weight line 、1mあたり50gの加重)と1本の吹き流し状の“鳥よけ”を併用して、潜水性海鳥であるミズナギドリ類(10mくらいまで潜水してえさをとる)の混獲を64〜93%も減らせることと、それが漁獲には影響しないことを明らかにしました。

  さらに、日本やニュージーランドの漁業研究者は、マグロ類を対象とした浮延縄漁業で、釣りえさを青色に着色して釣り針の隠蔽効果を高め、海鳥に発見しにくくすることによって、混獲をかなり減らすことができるという可能性を示しました。

 これらの混獲対策を組み合わせて実施すれば、漁業によって犠牲になる海鳥、なかでもアホウドリ類の数をごく少なくすることができるはずです。タスマニアのホバートでの第1回会議(1995年)で取り上げられた延縄漁業による混獲問題は、この会議での解決の方向が明確に示されたのです。これによって、海鳥による釣りえさの損失が減り、理論的には漁獲量が増加し、漁業者にとっても利益が生じるはずです。まさに、一挙両得の解決なのです。

●アホウドリの移動とコロニー形成に関するワークショップ

 この会議の期間中や前後に、「北太平洋アホウドリ類研究部会」や「南半球アホウドリ類保護研究部会」、「地球規模の視点に立った海鳥類混獲の定量化」、「アホウドリ類衛星追跡データベース構築」など、いくつかのワークショップ(小集会)があいついで開催されました。

 その一つの「アホウドリの移動とコロニー形成に関するワークショップ」(Short-tailed Albatross Translocation and Colony Formation Workshop:Which Goes First; The Chick or The Egg?)は、8月25日(ウルグアイの独立記念日)の午前9時から12時に、約25名が参加して開かれました。ここには、「アホウドリ再生チーム」のメンバーに加えて、ジョン・クロクソール(英)やアンリ・ワイマースカーシュ(仏)、ジョン・クーパー(南ア)など、アホウドリ類研究の第一線に立つ研究者が参加しました。

 ジョン・クロクソールがファシリテーターを務め、まず、「アホウドリ再生チーム」の連絡調整担当者であるグレッグ・ベイローが5月に日本で開催された第2回会合の結果の概略を報告し、このワークショップで議論する課題を説明しました。

 すなわち、アホウドリ集団の8割以上が繁殖する鳥島は、過去100年間に3回も噴火した活火山の島であり、もし親が卵を抱いている時期やひなを守護している時期に突発的な大噴火が起れば、繁殖集団の大半が失われる恐れがある(また、第2繁殖地のある尖閣諸島は関係国間で領土問題が解決していないので、政治的に不安定である)。したがって、そのような噴火が起る前に非火山の安定した島に新コロニーを形成して、火山噴火の影響を軽減する必要がある。それをどのようにして実施すればよいか、議論をしてほしい、と。

 それを受けて、チームメンバーのロブ・サーヤンが、1960年代にミッドウェー環礁を中心に行なわれたハーベイ・フィッシャー(1971)によるコアホウドリのひなの移動実験の結果の要約と、グンマ−(2003)による最近の総説を紹介しました。

  そのあと、新コロニー形成のために、候補地の島に、

1)デコイを並べ録音した音声を放送するだけという、どちらかといえば消極的(受動的)な取り組み

2)卵やひなを移動させるという積極的な取り組み

について議論し、両者は二者択一の関係にないことを確認しました。

  しかし、消極的取り組みだけでは、新コロニー形成までにどれくらいの年月がかかるかわからず(実際、鳥島で反対側の斜面に新コロニーを確立するのにも15年近くかかる見通し)、早期に新コロニーを形成するという目標からみて現実的ではなく、どうしても積極的取り組みが必要だと確認されました。

 つぎに、積極的取り組みの方法として、

1)卵の移動と人工孵化、その後のひなの人為飼育

2)幼いひなの移動と人為飼育

3)クロアシアホウドリによる卵やひなの代理保育

4)巣立ち間近のひなの移動

について、それぞれの長所と短所を、放した場所に鳥が帰還する確率(すなわち新コロニー形成の信頼度)や関わった鳥(親、卵、ひな)の生存率や繁殖行動への影響、 計画の実施に要する労力や経費の多寡などの点について比較検討し、総合評価をしました。その結果、2)の幼いひなの移動と人為飼育がもっとも効果的であると判断さ れました(ここでの具体的議論は長くなるので省きます)。

「アホウドリ再生チーム」の臨時会合(START 2.5)(第3回会合)

 ワークショップでの議論を承けて、8月27日の13時から15時に「アホウドリ再生チーム」の臨時会合が開かれ、チームのメンバー7名(13名中)と連絡調整者1名、山階 鳥類研究所から代理とオブザーバーの2名が参加しました。
ここで、

1)「アホウドリ再生計画」の仕上げ

2)小笠原諸島聟島列島に第3繁殖地を形成する計画の具体的道筋の決定

3)耐久性のある個体識別足環の開発と設計

4)繁殖個体の衛星追跡

5)予算配分、などが議論されました

 このうち、懸案だった 2)の課題について、まず、

a)設置するデコイの数を50〜60体とし、可能なら、現在、鳥島で使用しているものを一部、再利用する(参考:鳥島のデコイ作戦1992年

b)鳥島で稼動している音声放送装置や通信衛星を利用した遠隔監視システムについてメーカー(会社)に協賛を働きかける(再利用も考えられる)

ことに合意しました。

そして、つぎに積極的取り組みについて、

a)聟島列島の島々を比較研究して、第3繁殖地形成の候補地を絞りこみ、決定する

b)ひなを人為飼育する担当者(少なくとも2名)を選考し、アホウドリ類の人為飼育の経験のあるニュージーランドやハワイで研修する(ワークショップでニュージーランドの研究者から了解が得られた。ハワイでの研修も可能であると5月にわかっていた)。

そして、まず、

c)クロアシアホウドリのひなで予行演習を行ない、計画実施にあたっての具体的問題点を洗い出す(他種でのリハーサル)

それから、

d)実際にアホウドリの幼いひな(親の守護を離れた孵化後1ヶ月以内のひな、chicks at post-guard stage)を10羽以内で候補地の島に移動して人為飼育し、巣立たせる

という筋道で進めてゆくことに決まりました。これらのひなは、周囲にデコイを設置し、アホウドリの声を録音した音声が再生・放送される環境で野外飼育され、給餌の時には人間の姿がひなにまちがって刷り込まれないように、ハンド・パペットが用いられます。このようなさまざまな工夫と配慮をして、2月から5月半ばまで3ヶ月半にわたってひなを飼育します。こうして、数年間にわたってひなの移動と野外人為飼育を行ない、第3繁殖地の集団の「核」をつくり、その後はそれらの鳥による誘引効果にまかせるのです(後述のシミュレーションを参照)。

 この議論の過程で、いくつかの課題が持ち上がりました。その一つは、聟島列島の大部分が国立公園の特別保護区となっているため、デコイや音声放送装置、保管倉庫や飼育員宿舎などの建造物を設置する許可を環境省から得ることができるかどうかで(環境省は従来、通常の場合においては建造物を建てることは困難であるという立場をとっている)、また、絶滅危惧種のアホウドリのひなを移動するのには必然的にリスク(個体の死亡の危険)がともなうから、それを実施することに対して多くの人の理解が得られるかどうか(強硬な反対はないか)も話題に上りました。

 以下はぼくの考えです。前者は法律運用上の問題といえます。1930年代までアホウドリは聟島列島で繁殖していました。したがって、この計画は聟島列島の生物相復元計画の一環でもあるわけで、その事業を現実に推進している環境省はそれを原則的には認めざるを得ないはずです。多くの人が納得するような論理的で緻密な計画を作成して公表し、さらに実施にあたっては環境省の保護指針に沿って詳細な行動計画(translocation protocol)をまとめて文書にし、承認を得るようにすればよいでしょう。

  後者は危機管理(risk management)の問題です。たしかに、鳥島の火山噴火によるアホウドリ集団への影響を定量的に評価し、ひなの移動にともなうリスクと比較検討して、この保護計画の根拠を示さなければなりません。この部分的解答は、集団モデルを用いたシミュレーションによって得られていますが(ポール・シーヴァートとの共同研究、会議で発表した)、鳥島噴火が11月から翌年1月の間に起る確率を実際に見積もることが困難なため、単にいくつかのシナリオに従って影響評価をしているだけで、まだじゅうぶんに説得的とはいえません。

  しかし、鳥島は日本列島にある108の火山のうち、もっとも活発な火山活動をしている危険度Aランクに分類される13の火山のひとつで(気象庁の基準)、いつ再噴火してもおかしくない火山なのです。つまり、第3繁殖地を早く形成すればするほど、噴火の影響を軽減することができると結論づけられます(第3繁殖地の確立にはおそらく15年から20年くらいかかる)。そのためには、確実に第3繁殖地を形成することができる積極的な取り組みをなるべく早期に実施することが必要なのです。

  上記のようなスケジュールにしたがって、ひなの移動と人為飼育をする場合、実際にアホウドリのひなを移動するのは、早くても2007年の1月下旬から2月上旬になります。アホウドリ集団の単純モデルによるぼくの予測では、この繁殖期には約360個の卵が生まれ、それらからおよそ240羽のひなが巣立ち、推定総個体数は2000羽を超えます。その状況で、アホウドリという種の安全、すなわち完全な復活を図るために、10羽以内のひなを移動することが重大問題になるでしょうか。むしろ、これらのひなはアホウドリの完全復活のためのいわば「保険」だとみなすことができます。また、新繁殖地へのひなの移動にともなう多少のリスクは、鳥島の従来繁殖地で営巣地をていねいに保全管理し、繁殖成功率を引き上げることによって、じゅうぶんに埋め合わせることができます(3%引き上げれば10羽のひなの増産となる)。ぼくは、そのための新保全管理計画を環境省のアホウドリ保護増殖分科会で提案し、実行に移すように働きかけます。

  ぼくは過去28年間にわたって、アホウドリの保護研究を続け、現場での保護活動にも関わってきました。1980年代の営巣地へのススキ移植による繁殖成功率の引き上げ、1990年代の従来コロニーの保全管理とデコイと音声放送による新コロニー形成の促進、そうしてアホウドリの個体数が着実に増えてきて、ようやく、火山噴火に対処するために小笠原諸島聟島列島にひなを移して繁殖地を復元する保護計画を実施する段階に至ったのです。むしろ21世紀に入った今こそ、この計画を積極的に推進するべきだと、ぼくは考えます! 

 おわりに、この計画のシミュレーションをしてみましょう。かりに、5年間にわたって毎年10羽ずつひなを巣立たせるとし、それらの個体の死亡率や繁殖開始年齢が鳥島から巣立った個体と変わらないとし(死亡率は若鳥5%、成鳥4%、平均7歳から繁殖する)、また、すべての個体が聟島列島に帰ってくると仮定すれば、ひなの移動を始めてから8年後(2014-15年繁殖期)には37羽が聟島列島に帰ってきて、そのうち14羽が成鳥になっています。10年後には34羽がもどり、うち26羽が成鳥です。12年後には31羽がもどり、それらすべてが成鳥です。そして15年後(2021-22年期)になると、成鳥27羽がもどってくると予想されます。

  これらの数は理想的な場合であって、現実的にはこの何割かになるでしょう。それでも、およそ20羽くらいの繁殖集団が形成されることは疑う余地がありません。もし、鳥島で火山の噴火がなければ、そのころ(2020年過ぎ)には鳥島で1000組を超すつがいが繁殖し、集団の総個体数は約5000羽に回復しているはずです(単純集団モデルによる予測)。そして、それらの一部が聟島列島へ自発的に移住をするようになるにちがいありません。

 

「アホウドリ再生チーム」会合報告