海藻押し葉工房

海藻押し葉のつくり方

海藻押し葉つくりの実際

実際に作ってみた大きな押し葉:日本一のワカメ展

 岩手県下閉伊郡山田町に「山田町立鯨と海の科学館」があります。地元の人達は「鯨館」とよんでいます。

 この鯨館の壁いっぱいにワカメの押し葉を立て並べることが鯨館の佐藤雄一初代館長の夢でした。それを実現するべく山田町に生育する大きなワカメを採集し、ついでにコンブやスジメ、チガイソなども採集して大きな押し葉を作ってきました。ベニヤ板大のダンボール板を買い求め、通風乾燥してできあがった大きな押し葉はいずれも見事なものでした。これらの大きな押し葉は、千葉県にある東邦大学理学部生物学科の筆者の研究室で作成し、できあがったものを岩手県まで運んで鯨館に展示しました。来館者からは驚きの声があがっていました。

  これらの大きな押し葉を基礎にして「日本一のワカメ展」をやろう、30枚もの押し葉を並べるとすごい展示になるにちがいないという話しが持ち上がった時には、手元のアピレンは50本足らずしか残っていませんでした。全国にいる研究者仲間、友人、知人のつてをたよりに全国からワカメを送ってもらいました。

  大きな押し葉作りには、こしのある厚く、長い台紙が必要です。模造紙大のアイボリーケントが手に入る最も大きなサイズです。それよりも長い紙は簡単に入手はできません。この大きな紙の入手には、当時津田沼のイトーヨーカドー津田沼店にあった「画翠レモン」の店長山形勲さんに相談に乗ってもらいました。そして、WatsonのWater Color Paper Roll 超特厚口300gの1360o×10mを探してもらいました。これによって10mの紙でマコンブの押し葉を作ることができました。3mものワカメもゆうゆうと入ったのです。大きなワカメや大きなコンブを集めることよりも、大きな紙を手に入れることの方がどれほど大変であったことか。

  1999年8月1日より「鯨と海の科学館」で開催された「日本一のワカメ展」では模造紙大の大きさの押し葉を標準サイズとして展示しました。全国各地の仲間達に各自の土地のワカメをそれぞれ12本づつ送ってもらいました。これらのワカメの中から大きく、形の整ったものを選んで押し葉としました。材料は10%ホルマリン海水で固定して送ってもらいましたが、生のものを送ってくれる人達もいました。研究室に届いたワカメは研究室で再度5%のフォルマリン海水に1昼夜浸漬しました。これを網かごですくい取り、水で洗い、ホルマリン海水を洗い流しました。このワカメを洗濯機の脱水槽に入れて3分間脱水しました。これを取り出して5分間つるして拡げ、葉をのばします。この間にワカメは5〜10%は縮みます。中には20%も縮んでしまったものもありました。

  全国から送られてくるワカメを見ながら、アピレンをいかに節約するかに四苦八苦しました。ようやく、予定の30枚でアピレンは使い切ってしまいました。しかし、ワカメはまだどんどん送られてくるのです。研究室のありとあらゆるところをひっくりかえしたところ、標本室から10本のアピレンが見つかりました。これでまた10枚の押し葉を作ったのです。しかし、もうどこからもアピレンはでてきませんでした。

  山田町はかつて養殖ワカメの産額が日本一という時代がありました。
  山田の町のワカメが日本一なのか、ワカメの標本が日本一なのかという議論が山田町の議会であったそうです。全国からワカメを送ってくれた人達は、いずれも自分たちの海に生育しているワカメが一番おいしいというのです。誰もが自分達の海に日本一おいしいワカメがはえていると信じて疑いません。
  そんな日本一ばかりのワカメを集めたワカメ展ですから、「日本一のワカメ展」はまさに日本一のワカメ展であったのです。

 日本一のワカメ展のメインのワカメはやはり山田町の海岸に生育しているワカメでした。しかも、海岸によってその形が特徴的に異なるのです。山田町でのワカメの最後の採集品は川代のワカメでした。6月28日に山田町と宮古市の境の川代に採集に行きました。ここで外洋からの荒い波浪にもまれて螺旋状に巻いたワカメを採集しました。川代のワカメの押し葉は、ホルマリンで固定して研究室に持ち帰り、脱水後に十分に水を切って少し乾燥して縮め、これをヤマト糊を溶いた液に1時間漬けてから台紙に拡げてサラシ布をかけ、通風乾燥しました。充分に縮めたこともあり、乾燥によるひび割れもなく出来上がりました。茎の部分が台紙に貼りつきが悪いのですが、これはヤマト糊で貼り付けました。かくして「日本一のワカメ展」の大型押し葉がそろったわけです。

  押し葉をそのまま展示すると乾燥とともに、反り返ってしまい、元に戻そうとするとパリッと音をたてて割れてしまいます。割れはじめるとボロボロと剥がれてきます。そこで、特注のイレパネにはめ込んだのです。これらの大きな押し葉はこの特注のイレパネに入れたまま保存することとしました。これでようやく展示と長期保存が可能となったのです。

  展示された70枚をこえる大きな押し葉を見ると、よくもこれほどの押し葉を作ったものだと思いました。ホルマリンに漬けたワカメをいくら洗浄して脱水したとしても、通風乾燥をはじめると、濃厚なホルマリン臭が研究室から廊下に流れ出し、他の研究室の人達には気の毒なほどの迷惑をかけてきました。
  海藻の研究からホルマリン臭をなくすることはできません。目が痛い、鼻が痛い、のどが痛い、手の指は凍傷ににかかったように黒くなってしまいました。とても学生達にたのめる作業ではなく、すべての押し葉を一人で作り続けてきました。
  回りのみんなに申し訳ないと思いながら、でも、必死に押し葉作りをしている肩に「ご苦労さん」と声をかけてもらい、その声に甘え続けてきました。

  採集に協力してもらった方々、押し葉作りに耐えてくれた仲間達、展示の機会を作ってくれた山田町の人達、そしてワカメを育ててくれている海に----感謝しました。
 並んだワカメは、いずれもみな個性的で、美しいものばかりでした。自然は偉大な芸術家なのです。「日本一のワカメ展」に展示した標本は、山田町立鯨と海の科学館に保管されています。

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