海藻押し葉工房

海藻押し葉のつくり方

海藻押し葉つくりの実際

 従来の海藻押し葉作りを検討して、押し葉つくりは以下のように改良されています。

通風乾燥方法

 これまで新聞紙の交換によって押し葉を乾燥するのが一般的でした。
 陸上植物の押し葉作りに、ジュラルミンの波板を吸水紙の間に挟み込み、熱風を送って乾燥するという方法が行われていましたが、ジュラルミンの波板は結構高価なものでしたし、入手することもむつかいいものでした。いつでもどこでも入手できる古新聞の方がよく使われていたわけです。

 しかし、古新聞紙も今でこそ使い捨てできるようになりましたが、1960年代まではとても貴重なものでしたし、古新聞紙は屑屋さんに引き取ってもらうと結構なお金になったものでした。

 1975年頃から乾燥にダンボール紙板と扇風機による通風乾燥方法が行われるようになり、現在ではこれが主流となっています。
  これにより、ホンダワラ類やコンブ類のような厚い体のものでもカビが生えるることなく乾燥できるようにもなったわけです。
  箱形通風乾燥機や、キャンバス地で覆いながら通風する乾燥機などが考案されて、市販もされているけれども筆者の経験では、より強い風を送った方が乾燥効果が高いし、通風乾燥する前に、一度新聞紙を交換するとより乾燥が早いし、ダンボール紙板も痛みません。

 布もさらし木綿よりも、化学繊維の方が乾燥が早く、はがれも良く、防炎カーテン地や、旗地などがもっとよい結果が得られます。押し葉作りの用意をしていない旅先で、押し葉を作らなければならなくなった時には、ホテルで古いシーツをもらって押し葉作りをしています。

ダンボール紙板を用いた通風乾燥方法

 たくさんの押し葉を作ると、たくさんの古新聞紙が必要となります。たくさんの押し葉を作るには相当量の新聞紙を集めなければなりません。また、新聞紙の交換にも大変な時間がかかります。そこで、考案されたのがダンボール紙板を用いた通風乾燥方法です。

 まず、上に述べた方法で重石をのせてから1時間後、水分を吸った古新聞紙の交換をします。
 重石と押し板を取り除くと、そこには水を吸った新聞紙があります。これをとりのぞいて布の上に乾燥した新聞紙をのせます。その上にダンボール紙板をのせます。
  次に、台紙の下の湿った新聞紙の間に手を入れて湿った新聞紙が上になるようにひっくり返しながら右側に移します。右側に移したら湿った新聞紙を乾燥した新聞紙と交換し、その上にダンボール紙板をのせます。さらに左側の湿った新聞紙をとりのぞいて布の上に乾燥した新聞紙をのせます。
  次に、台紙の下の湿った新聞紙の間に手を入れて湿った新聞紙が上になるようにひっくり返しながら右側に移します。右側に移したら湿った新聞紙を乾燥した新聞紙と交換し、ダンボール紙板をのせます。

 この作業を繰り返します。新聞紙の間にダンボール紙板が挟み込まれるわけです。最後に押し板と重石をのせます。そして、ダンボール紙板の孔の間に風が通るように扇風機を設置します。この方法では、一度新聞紙を交換するだけで、その後乾燥してしまうまで新聞紙もダンボール紙板を交換する必要はありません。扇風機は昼夜つけっぱなしで3日から5日で乾燥することができます。

アメリカ・カナダでは・・・

 アメリカではサラシ布はありません。押し葉作成に使う布のことをダピーあるいはナピーといいます。オムツ布あるいはナプキン布地を使うわけです。
  わが国ではめったに見かけないものにWaxed paperがあります。パラフィン紙に鑞(ロウ)を引いたもので、料理や食品の保存に用いるものです。スーパーマーケットで容易に買うことができます。これを布のかわりに用いるのです。乾燥後はがしやすく、何回かは再利用できるし、使い捨てできることから便利に使われています。

 カナダやアメリカでは、時には布がなくて、このWaxed paperしか置いていない研究所もあるほどです。日本でも、アメリカでも押し葉作成後に布を洗濯しないところがほとんどです。臨海実験所には古くなって褐色になった布が山積していたり、黒いカビが生えているものも多くてビックリさせられます。こんな布を使ったのではきれいな押し葉ができるわけがありません。
  そういう時には、近くのコンビニエンスストアーやスーパーマーケットでWaxed paperを買い求めてきて押し葉を作る方が利口です。しかし、何度か使った古いWaxed paperでヌルヌルした海藻の押し葉を作ると、この古いWaxed paperがベッタリと貼りついてしまいはがすことができなくなることがあります。

メキシコでは・・・

 1971年に筆者はNorth Carolina大学のM. H. Hommersand教授とBaja Californiaに採集旅行を慣行しました。わが国と、北米太平洋沿岸にはよく似た海藻が生育していることはよく知られていました。そこで、実際にどんな海藻が生育しているのか、その研究材料を採集にでかけたのです。

 ここでは、押し葉標本を作ることができませんでした。それは、Baja California では古新聞が手に入らなかったのです。押し葉は新聞紙や、古い本に挟んで吸水して乾燥します。その紙が手に入らないと押し葉はできないのです。ですから、古新聞紙が手に入らないところでは押し葉作りができないのです。わが国は、どこでも古新聞が手に入ります。押し葉作りにはもっとも恵まれた国です。

ビニール袋の利用

 筑波大学の教授であった堀輝三(ホリテルミツ、決してテルゾウとは呼ばないでください)先生とはかつて東邦大学で筆者と一つの研究室を組んでいたことがあります。当時の研究室の名前は「分類細胞学」といい、細胞学を専門とする堀先生と、分類学を専門とする筆者との名前をつけたものでした。堀先生は東邦大学講師として新進気鋭の若い研究者でした。そのころの堀先生の研究テーマは、「緑藻類の葉緑体微細構造の比較研究」でした。

 国立科学博物館の主任研究官であった千原光雄先生の指導の下に、さかんに緑藻類の採集にでかけていました。千原光雄先生の下での研究ですから採集した材料は電顕用材料として固定してくるほかに、押し葉としても持ち帰ったものです。
  研究に用いた材料は必ず押し葉として保存することが鉄則でした。

 沖縄に出かけた時に、堀先生はサラシ布の持ち合わせがなくなり、採集用のビニール袋をサラシ布のかわりにかけて乾燥したのです。できあがった押し葉はテカテカとした美しいものでした。
  反面、押し葉の中央に水がたまってしまい、押し葉の中央部分が腐るという悲惨な状態になることもあります。
  筆者はこの方法をさまざまに工夫して、原稿を書いて千原先生に見てもらったところ、手を加えていただき「藻類」に掲載するように指導していただいたのです。その頃、乾燥はまだ新聞紙の交換によっていましたから、きれいな押し葉ができるかできないかは、いかにまめに新聞紙を交換するかにかかっていました。ビニール袋をかけると、いかに頻繁に新聞紙を交換しても、押し葉の中心部分が最後まで乾燥しないことが多かったのです。
  しかし、これは段ボール紙板を使っての通風乾燥方法による急速乾燥ができるようになって解決することになりました。

ノリで貼り付ける

 布のかわりに、ビニール袋をかけるというこの方法をさらに発展させたのが、アオサやスサビノリのように台紙に貼りつかないものを、台紙にデンプン糊で貼るという方法です。

 台紙にすくい上げた海藻の上に市販のデンプン糊を20〜40倍に薄めた液をふりかけます。これにサラシ布のかわりにビニール袋をかけて通風乾燥をするのです。そうすると、アオサは台紙にピッタリと貼りつけられます。

 潮間帯に生育するアナアオサは割に体が硬く、台紙に完全に貼り付かなくとも姿形を残すことができます。しかし、やがて台紙からはがれてしまい、収縮したり、シワシワになってしまい、色もあせてしまい、なんとも惨めな押し葉になるのです。
  これを薄めたノリ液をかけた上にビニール布をかけて通風乾燥すると台紙にしっかりと貼りつき、姿形もしっかりと保存され、色も簡単にあせることもありません。

 さらに、種々のアサクサノリの仲間に応用すると、アサクサノリの仲間の押し葉としてこれほど素晴らしい方法はないというものができるのです。台紙にくっつかないことが種の特徴にあげられるものがあります。しかし、台紙に貼りつかないものをそのまま保存することの不便さよりも、人工的にでも台紙に貼りつけた方がはるかに優れた保存方法である筈です。

ホンダワラやミルの仲間は熱湯処理

 ホンダワラ科植物や、ミルの仲間は体組織がガッチリしているのでなかなか乾燥しません。新聞紙だけの乾燥方法では10日たっても乾燥しきらないものがあります。それどころか、真っ黒なカビが生じたりとやっかいなことこの上もありません。これまでは、ホンダワラの仲間や、ミルの仲間の標本にはカビがつきものとされてきたほどです。それは生きている細胞には保水力があるためです。そこで、これらの体に熱湯をかけて細胞を殺してしまうとあっけないほど短時間で乾燥できるのです。

  ホンダワラ科植物は肉厚で、生のホンダワラ科植物を乾燥するにはかなりの時間がかかるし、台紙に褐色のシミがでて見苦しい押し葉ができてしまいます。これを熱湯で殺すと細胞の保水力が失われて速やかに乾燥するし、褐色のシミも少なくなります。この方法によってカビの生えていないホンダワラ科植物の押し葉をたくさん作ることができるようになりました。
  ホンダワラ科植物の場合には木綿の布をかけるよりも、化学繊維の布をかけるとより有効です。

 台紙に貼り付かない代表的なホンダワラ科植物も、デンプン糊を薄く溶いた液をふりかけておくと、乾燥後に帯紙で止める必要もないほどにしっかりと台紙に貼りつけることができます。ホルマリン浸けのまま長い間放置しておいたホンダワラ科植物の押し葉作りには、この薄く溶いた糊で貼り付ける方法がとても有効です。

 従来、ホンダワラ科植物の押し葉は完全には乾かないものとか、カビが生えるのが当然であると思われていました。
  1mをこえる大型のホンダワラ科植物の押し葉標本はめったに見られなかったものです。ですから、体の一部断片だけとか不完全な押し葉ばかりがたまってしまったものでした。当然のこととして、種の同定はむつかしいという風潮ができてしまったのです。付着部、下の葉、長い茎、生殖器のついた枝と全部そろった押し葉が1枚あると、種の同定はとてもやさしいものになります。
  ホンダワラ科植物の種の分類ができるようになると、磯の生態調査や、流れもの研究もとてもやりやすくなります。熱湯処理したホンダワラ科植物を、通風乾燥することによって容易に乾燥することができるようになり、大きなホンダワラ科植物の押し葉を作れるようになって、ホンダワラに関する知識が急激に増加することを期待しています。

大型海藻の押し葉つくり

 ワカメやコンブなど1mをこえる大きな海藻は、1個体をいくつかに切り分けて押し葉にしたり、できるだけ小さな個体を選んで押し葉としています。若いワカメや若いコンブは、種の特徴も、生育地の特徴的な形をも見いだすことはできません。そこで、大きな台紙を買ってきて、大きな押し葉を作っても、今度はそういった大きな押し葉を収納する標本庫がないのです。大きな押し葉を作っても邪魔になるものを残すだけでした。また、大きな押し葉を収納する標本庫があっても、よく乾燥できないままに保存すると、カビが生えたり、ひび割れたり、台紙から剥がれてきたりと美しい押し葉はできませんでした。

  そこで、大きなコンブ科植物は、グリセリン・アルコール液に浸漬し、よくグリセリンに浸透した後に取り出してつるし下げて余分なグリセリンを落としたものを袋やビンに入れて保存する方法がとられています。展示するときには取り出して拡げると生の時のような感触ですが、数年の間には次第に収縮してきます。また、黒ずんだり、色が抜けて汚らしくなってしまいます。
  展示当初は素晴らしくても、まもなく悲惨な状態になり、コンブのイメージを悪くするだけの展示物になってしまいます。やはり、押し葉としたものの方がはるかに美しい形をのこすことができます。

  最近では、合成樹脂が容易に入手できるようになりました。生の海藻を急速に乾燥させる方法として凍結乾燥という方法があります。コンブのような大型の海藻をそのまま凍結乾燥することは容易なことではありません。しかし、魚や肉を凍結保存するような大型冷凍庫に入れておくと、1ケ月ほどで乾燥してしまいます。これに、合成樹脂を塗って乾燥すると、ほぼ実物に近いコンブの標本ができます。展示のためにはよい標本でも、保存するには難点の多いもので、保存にはやはり押し葉とする方がよいのです。

  「アピレン」という合成糊がありました。30年も前に、千原光雄先生がアメリカから帰国して間もない頃に、国立科学博物館に持ち込まれたものでした。1本200gの透明な液体で、植物の葉や海藻を台紙の上にのせ、その上にこのアピレンを塗ると、新聞紙に挟むような手間もなしに押し葉ができるという夢のような新製品として紹介されたものでした。しかし、そんなに簡単に押し葉ができることはなく、誰もこれを使って押し葉を作ったという話もありませんでした。

  1975年ころ、「紺野美佐子の科学館」というTV番組でワカメを取り上げるので手伝ってくれとたのまれました。スタジオ用に、大きなワカメの押し葉を作くることになりました。その時に、手元にあったアピレンを水に溶き、この水溶液にワカメを浸漬してから台紙にのせて拡げ、これにサラシ布をかけて新聞紙にはさみ、新聞紙を交換して乾燥したのです。
  結果はワカメは台紙にピッタリと貼りついて、巨大なワカメをスタジオに立ち上げることができたのです。そこで、その時にいただいた謝金でアピレンを買ったのです。

 はじめてアピレンを見てから10年以上もたっていましたが、名古屋の工場から500本のアピレンを入手しました。工場でもとうの昔に製造を停止していたのですが倉庫に眠っていたアピレンを全部引き取ったものでした。当時、小生はとても貧乏だったので250本を買い、残りの250本は土壌生物の包埋に使えるということで生態学の先生に買ってもらいました。
  このアピレンをずっと使わずに持っていたのです。そして、山田のワカメの押し葉に使ってみたのです。

 他に木工ボンドや、アラビアゴムノリや障子糊、ヤマト糊などもためしてみたのですが、多くのノリは乾燥途中でひび割れを生じたり、パラリと剥がれたり、変色したりしたのですが、アピレンがもっとも効果的だったのです。

次は 実際に作ってみた巨きな押し葉:日本一のワカメ展

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