後藤先生の徒然日記

コイの長寿伝説 (2008年4月6日)

 2008年4月6日 四月初旬、多摩川下流域の河川敷は満開の桜を見物する人々で賑わう。川の中も賑やかである。早朝ジョギングをしていたら、薄濁りの緩やかな流れが盛り上がり、浅瀬では濃灰色の大きな魚の背が幾つも水面からせり出てバシャバシャと水が跳ね上がっているのが目に留まった。コイの産卵だ。よく見るとかなりいる。菜の花やハマダイコンの花とともに早春の岸辺の風物詩だろうが、昨年、近くに引っ越して来たばかりの僕には初めての光景である。元気なコイを見て20数年前を想い出した。

 東邦大学に赴任して老化研究を本格的に始めた頃、大学院の恩師M先生の研究室を訪問した際、先生がNature(イギリスの伝統ある著名な学術雑誌)の最新号を開きながら「君、面白い記事があるよ」と見せて下さったのは”The elixir of life(不老不死の霊薬)”と題する1ページ足らずの解説記事だった (Nature 296: 392-393, 1982)。Natureは興味深い論文が出ると科学の素養のある一般人を対象にした解説を載せる(News and Views欄)。記事のエッセンスは以下の通りである

「伝説の長寿魚コイの小腸から抽出したタンパク質性の物質がノトバイオート(特定の微生物だけをもった)マウスの寿命を大幅に伸ばしたと報告されている。その後、物質の単離に成功し、ロンジェビンlongevinと命名した。ロンジェビンは16アミノ酸残基のA鎖と20アミノ酸残基のB鎖から成り両者はジスルフィド結合で繋がっている。面白いことにA鎖はコイの腸壁の細胞で合成され、B鎖の方はコイの腸内大腸菌によって合成される。ロンジェビンは魚のペプチドとバクテリアのペプチドのハイブリッド分子である。今回、熱不安定なB鎖遺伝子を改変して熱耐性にして発現させた大腸菌をマウスに導入したところ、寿命が延伸することが判明した。副作用は体毛の一部が尻尾に見られるようなうろこ状になることである。ロンジェビンはどうやら他の魚にもありそうだ。実際、北海道のFuro & Chojuの報告にあるように冷水魚の内臓を食べる習慣のある世界各地の老人たちは至って元気で長命である。」

といった内容で10報近い文献が引用されている。結びに”Long life is a fishy business indeed.(長寿の話なんて怪しいもんだ)”とある。

 単純な僕はへぇー面白いな、と思った。生化学の知識からすれば、データこそ出ていないが記載は具体的で、あってもよさそうな内容だ(Dr. FuroとDr. Chojuを別にすれば!)。魚と腸内細菌のSS結合ハイブリッドペプチドなど、あったら面白い。引用文献にも実在の学術雑誌(と見まごうもの)(Phil.Trans.R.Soc.とかPro.natl.Acad.Sci.など)が入っている(本物にはそれぞれLond, USAが付いている)。話の落ちは週刊誌Natureの発行日が4月1日ということ。イギリス人のジョークは徹底している。エイプリルフールにBBCが火星人の襲来ニュースを流し、ロンドン市民がパニックになったとか、ならなかったとか。ロンジェビンの後日談として11年後の同日発行の同誌の記事にオスカー・ワイルドの小説をもじった”Dorian Gray mice” (Nature 362: 411; do. 363: 666, 1993) があるが、長くなるので割愛する。

 M先生は僕をからかおうと思われたのか、ご自分もまんまといっぱい食わされたのか分からない。 日本では古来、コイは長寿とされていて古刹の裏庭の池には何代も前の和尚さんが飼っていたコイがいるなどという話もある。ある種の魚が大変な長寿であることは確かのようである。魚の年齢は耳石に刻まれた“年輪”から推定する。アメリカの友人でカサゴの長寿メカニズムを調べている研究者によると漁師の網にかかったものの中には200歳近いのも居るらしい。 それにしても最近の流行のアンチエイジング法は、僕の見るところ大半は  “Fishy business”といっていい。(→「プロフィール」の中の総説* 参照

 

 

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