最適受信フィルター    Optimum receiving filter

 チャンネルの周波数特性と加法的ガウス雑音の電力スペクトルが与えられると、送信信号の電力スペクトルをどのような形状にしたとき、最小のロスで情報が伝達されるかという問題を解くことができます。 最適送信スペクトルは注水定理によって得られ、このときチャンネルは最大の能力を発揮し、これを通信路容量と呼び、チャンネル固有の量でした。

しかし、送信信号の電力スペクトルを最適な形に成形するか、あるいは何もしないか、それは実用においてさまざまです。 ここでは、何もしないで、すなわち、予め送信信号の電力スペクトルが決まっているものとし、これにチャンネル歪が加わったとき、受信信号にどのようなフィルターをかければ送信シンボルをもっとも正確に得るかという問題を考えます。
この問題は、送信信号がアナログのとき比較的簡単に解けるので、そちらから考えてみましょう。 通信モデルを下図のように仮定します。

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送信フィルターとチャンネル応答のコンボリューションをとって、二つの従属結合の応答を とします。

最小化したい評価関数は


 

と書けます。 送信信号も雑音も定常確率過程とします。 そして、送信信号と雑音は発生源が異なるので互いに無相関とします。 すると、上式の の展開で を含む項と を含む項の積の期待値がゼロになり、 次のように見やすい周波数表現が得られます。

ここで、 は送信信号の電力スペクトル、 は雑音スペクトルです。 この評価関数を最小にする受信フィルター を変分法で解くと、

が得られます。  はパルスとチャンネルからなる伝送特性の複素共役であり、そのインパルス応答は  の時間軸を反転したものです。 これを整合フィルター(Matched Filter)と呼んでいます。 もし、雑音が白色ならば、その単位周波数当たりの電力を とし、

となります。 さらに、雑音がなければ、簡単に

ですから、逆数が存在するか否かは別として、単にパルスとチャンネルからなる伝送システムの逆システムになります。 最適解を評価関数 に代入すると、次の最小誤差を次のように得ます。

 

以上はアナログ伝送の場合でしたが、ディジタル伝送の場合は導出がやっかいです。 ここでは結果のみを示します。 シンボル  秒毎に送られ、その電力スペクトルを とし、これは の周期関数です。

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評価関数 の周波数表現は

のようになります。 ここで、 は送信パルスとチャンネルと受信フィルターを結合した総合系であり、 は送信シンボルの電力です。 評価関数 を最小にする受信フィルター を変分法で解くと、

のような陰形式で求まります。 残念ながら から をくくり出せません。 ちなみに、最小誤差は上式の両辺に を掛けて評価関数に代入すれば次のように簡単な形になります。

厳密に最適ではないが限りなく最適に近い受信フィルターは次のようなテクニックで導出できます。 受信フィルターを、アナログフィルター 秒周期のディジタルフィルター の従属結合で構成すれば、解が陽に求まります。 この計算過程はちょっと大変なので結果だけを述べます。 

とすると、式(**)から、

のような表現を得ます。 ここで、 はディジタルフィルターなので、右辺は の周期関数でなければなりません。 この条件をみたすためには、 で、かつ が周期関数でなければなりません。 まず、雑音が白色であり、 と仮定すると、次の準最適フィルターが求まります。

なお、雑音が有色の場合は、式(*)に遡り、 とおいて、 に関して再び変分法を実行すると、

のような、もう少し最適な解が得られます。

このときの、評価関数

のようにちょっと複雑ですが、データがランダムかつ雑音が白色では、次のように簡単になります。

は送信パルス特性とチャンネル特性の積であり、

なる条件のもとで、 を最小にする解は

です。

注: 式(**)は、送信パルスとチャンネルからなる系の自乗周波数特性の周期的重畳が平坦であるとき、アイを最も開かせることを意味しています。 もし、式(**)が のような形をしていれば、送信フィルターと受信フィルターの同時最適化は explicit に解けそうですが、式(**)の形では大変困難です。 下記の古い論文で試みられていますが、見通しの良い結果は示されていません。
Tufts,D.W.:"Nyquist's Problem - The Joint Optimization of Transmitter and Receiver in Pulse Amplitude Modulation" Proc. IEEE,53,March, pp248-259,1965
Smith,J.W.:"The Joint Optimization of Transmitted Signal and Receiving Filter for Data Transmission System" The Bell System Technical Journal, December, pp2363-2392, 1965

高域で急速に減衰する線路で高速通信するケースでは、解(**)は単純に線路の逆振幅特性を送信側にもたせれば、ほぼ最適といえそうです。 例として、金属線通信のケースを当たってみましょう。 線路の振幅特性を  とし、 でパルスを送るとします。

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このときの は下図のようになります。

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送信側でなにもしない場合と送信側で伝送路の逆特性をもたせる場合について、最適受信フィルターを通した後の自乗誤差 をプロットすると下図のようになります。 赤色は前者、黒色は後者です。

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ついでに、赤色(e1)と黒色(e2)の比、e1/e2 をプロットすると下図のようになり、
    1.SNRが良くなるにしたがって、送信フィルターの効果(比で言って)が大きくなる。
    2.SNRが無限大になると比は一定の値に近づく。
ことが分かります。

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以上の結果から、シンボルレート等化器は、整合フィルターを前置すれば(実用ではあまり実施されていませんが)、ほとんど最適受信フィルターを実現するといえます。 一方、ダブルサンプリング等化器は、下図のように、受信信号の帯域幅を 以内に制限するような簡単なフィルターを前置すれば、式(*)を満たす最適受信フィルターを厳密に実現することができます。

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