アイパターン    Eye pattern

 パルスを使ったディジタル通信では、パルス にシンボル を掛けて情報を送ります。 一般にチャンネルの周波数帯域は厳しく制限されているので、パルス は長く尾を引き、送信信号は

のように表現しなければなりません。 ただし、 はチャンネルの帯域幅よりも少し小さく選ばれます。 その理由は、パルスの周波数特性にゆるやかなロールオフ特性をもたせるためです。 ロールオフのゆるやかさに応じて、パルスの尾は長くなったり、短くなったりします。 パルスの尾が長いと(ロールオフがゆるやかでないと)、前後のたくさんのパルスから尾が重なり合って正確な情報伝送の困難さが増します。 逆に、パルスの尾が短いと(ロールオフがゆるやかだと)、前後のパルスからの干渉が少なくなり、情報伝送の正確さが増します。 限られた周波数帯域のもとで、単位時間当たりの送信パルス数を増やそうとするとロールオフを厳しくしなければなりませんが、そうすると前後のパルスからの干渉が大きくなります。 アイパターンは、この様子を直感的に見るための図であり、ディジタル伝送の回線検査をするときに広く用いられています。 アイパターンは、ランダムなシンボルを送ったときの信号 の波形を 秒ごとに切り取り、それを同じ区間に重ねて描いたものです。 下の4つの図は余弦ロールオフのナイキストパルスのアイパターンを示しています。 横軸は時間、縦軸は波形の振幅を表しています。 ロールオフ率が10%と80%のそれぞれの場合について、2値と8値のアイパターンを示してあります。

ロールオフ率が小さくなると、アイは横方向に閉じることがわかります。 また、多値数が大きくなると、アイは縦方向にも、横方向にも閉じることが分かります。 もし雑音が加われば、アイの狭さが急速に判定誤りを増加させます。 ロールオフ率を小さくすることは、帯域の使用範囲を狭めること、すなわち許された帯域幅を同じとすれば、単位時間当たりの送信パルスの数を増やすことを意味します。一方、多値数を増やすことは、一つのパルスが運ぶ情報量を増やすことを意味します。 もし雑音が小さければ、ロールオフ率を小さくしたり、多値数を増やしたりして、速いディジタル伝送を実現できるわけです。

次に、もう少しアイパターンの意味を理解するために、ロールオフ率を無限に小さくしてみましょう。 このとき正確なパルス伝送が不可能になることがわかります。 その理由は以下のようです。 
ロールオフ率をゼロ()としてみます。 するとパルスは標本化関数

になります。 このパルスを用いた送信ベースバンド信号は

で与えられます。 この信号をほんのわずかずらせてサンプリングしてみます。 その時間ずれを 秒とし、 がどんな範囲に分布するか計算してみます。

のようになりますが、 第1項は が小さければ ですから現在時刻の送信シンボル をほぼ正確に与えています。 第2項は符号間干渉の成分ですが、この最悪値を計算してみましょう。 まず、

ですから、過去と未来に続く送信シンボルが正の最大値と負の最大値を交互に繰り返したとき符号間干渉は最悪値をとります。 その値は

となり、発散してしまいます。 以上のことから、ロールオフ率を小さくすると、アイは横方向にどんどん閉じてゆき、極限では完全に横方向に閉じてしまうことが分かります。 ただし、ちょうど ではアイは閉じていないことになります。

 : 現実のディジタル通信では、雑音やチャンネル歪などを考慮して、ロールオフを決めます。 大雑把に言って、雑音やチャンネルの時間変化が小さいCATVやADSLなどの有線通信では、小さなロールオフと大きな多値数で効率が追求できます。 一方、信号対雑音電力比が大きくできない移動通信などでは大きなロールオフと小さな多値数で信頼性を確保しています。