■研究活動の裏舞台(独占インタビュー)

:杉森先生  :インタビュアー

■研究テーマとの出会い

温泉微生物を研究テーマに選ばれたのは何故ですか?

東邦大学に来る前は、日本歯科大にいて、口腔内の微生物を、その前の北里では、ウィルスなどを研究していました。

  21年前に東邦大学の生物の部屋に移って来たんです。
 温泉の化学をやっている先生が隣におりまして、化学と生物で、一緒に温泉の研究をしようということで、生物の部屋のボスの高柳さんが、私より1年前に移って来て温泉の微生物をやりだしたんですよ。
  そこに私が入って、本格的に始まりました。その先生とは、一緒に日本中をまわりました。
 そのころ、熱に強い菌、好熱菌(こうねつきん)が日本でも世界でも、もてはやされるようになってきたんです。

 高温で、なおかつ酸性がすごく強い温泉をターゲットに調査して回りました。
 この辺でいうと、箱根の大涌谷(おおわくだに)なんかですね。 まあ、近かったものですから、その辺をフィールドにしました。そこで、温泉に住む微生物がみつかりましたので、日本の高温酸性の温泉をいろいろ調査しました。

 そうこうしているうちに92年にロシアでの調査の話が持ち上がりまして、海外にも目が向いてきたんです。

そうしますと、東邦に来てなかったら温泉微生物じゃなかった?

そうかもしれないですね(笑)。

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温泉微生物というのは聞き慣れない言葉ですけれど、研究されている方はまだ少ないのですか?

好熱菌というのは実は非常に有用な分野で、工業分野でも注目されていますので、お金と人材の溢れているところでは、酵素をとったり遺伝子の分析とかもやっているようです。
 特殊環境の微生物ってのは本もいろいろ出てます。ただ、工業がらみのものが多いです。アルカリに強い微生物の酵素を使って、せんたく物が白くなるとか(笑)。

  ただ、私はもっと、温泉と微生物の接点、基礎面を重要視してやっていきたい。
 生命の起源は熱水じゃないかと言われていまして、海外ではそういう研究もずいぶん進んでいるようですけれどね。 ただ、そこらへんはまだまだ、想像の域を越えないですけど。
  いろんな意味での特殊な環境での微生物を生物の起源として見ている方は、外国の方が多いですね。日本にも何人か、すごい人はいますけれど。

  何十キロも機材背負って、単純に温泉を採取しに行くってことをやってる人はあまりいないかもしれません。発表もあまりないですね。 現地まで機材背負って行って、サンプル取って来るのを楽しんでやってるのは、私くらいかもしれません(笑)。

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ところで、現地で採取したサンプルは、そこで直接顕微鏡を覗くのではなくて、持ってきて調べるのですか。

そうですね。 だいたい、経験で、こんなところにいるだろうとめぼしをつけるんです。
 チームで一緒に研究をしてますので、同じ水を取って、化学の方は成分とか地球化学的な面での調査。水の起源とかですね。
  そして、こちらはそこに微生物を探すわけです。いたら面白いな、と。 まあ、大博打かもしれないですね。 そこまで苦労してたどりついても、微生物がいないかもしれないですし。

こちらに運んで来る間に、低温で保管して好熱菌が死んでしまったりということはないのですか?

それはよく聞かれますね。
 微生物は温度の変化に強くて、低温では活動はしないんですが、ただ動かなくなるだけなんです。
 逆に常温で保管して、別の菌が増殖してしまうと困りますしね。
 例えば、他の低温で生息している微生物、人の体温くらいで増殖する病原微生物とかを70度80度の高温においたら組織や酵素が破壊されて死んでしまうんですけどね。
 温度を低くするのには、比較的強くて、大丈夫なんです。
 高温で活動する微生物なら、温度が低くなれば活動を休止して眠ったような状態になりますので、逆に採取時の状態が保存されるような格好になります。それをこちらにもって来てまた環境を整えてやれば、活動が活発になるんですよ。

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■国際研究調査チーム結成秘話

国際的なチームを組んで調査を行っているようですが、どのような経緯でチームを組むことになったのですか?

そうですね…(しばし考え込む)。ソビエト崩壊後、ロシアになってカムチャッカとかを全てフリーにしたということが一番重要なポイントですね。
  それまで細々と向こうの研究者がやっていたもところにを我々も行けるようになった。
  研究していたのは、ソビエト科学アカデミーという国営の組織だったけど、これからは予算も必要だし、ということで、ロシアの火山研究所が各国の関係者に打診を始めたんですね。
  ロシア側からは、フィールドを提供するので日本から、資金・技術を提供して共同研究をしないか、というようなことを、91年末ごろにロシア側のカムチャッカ火山研究所より発信されました。

 東大で研究をしている高野先生のところにも、「とにかく一度見に来ないか」という話がきたんです。それで、その時は真冬に高野先生がカムチャッカに一人で行きました。

 今度は翌年の夏、少し研究費もあるからということで、日本から4人、ロシア側からもチームを組んで一緒にやりましょうということで、火口湖の調査が始まったんです。
  一ヶ月くらい向こうに行って水を取ったり、測定をしたり、そうして日本の白根と同じように微生物が見つかりました。

 でもまあ、こんなところは二度と来ることは出来ないだろうと、夕日を見ながら思ってたんです。 ところが、翌年、科研費が通りまして、もう一度本格的に調査を行おうということになりました。
  また行けることになったんですよ。
  ロシア側の研究者からも、「お前は是非来い」と言われ(何故か好かれて)2年続けて行ったんです。 その時は、東大の先生とだったんですけど、また翌年、別の東大の研究室からガスの測定もしたいから、資金は出すから行って来いと(笑)。今まで行ったノウハウもあるし、大学院生連れて行ってくれないかと…。
  それで、一度しか行かれないと思っていたのに、3年連続で行けた。 (このときのフィールドワークの様子はこちらから→94年のフィールドワーク

 そうこうしているうちに、カムチャッカ自体が、石油がなくて、電気がない、暖房がないという厳しい状況の中で、火山研究所の研究者たちが居着かなくなっちゃったんですね。開店休業みたいな状況になってますんで、私が3年間一緒にやった連中も、もうモスクワに帰ってしまいました。

 その後、95年に国際会議がウラジオストックでありました。
 そのときは本当に会議だけだったんですけれど、そのときにオーガナイズされた方と、その後ずっとお付き合いさせていただいてるんですよ。
 ウラジオストックのチュダエフさんと言う人と知り合って、 そこからいろいろと繋がりもできて、今年もいっしょに調査をすることになりました。
 ウラジオストックの先生も元々はイギリスの先生とやってたんですけど、イギリスからではちょくちょくとは来れないし、行くわけにもいかない。そういった地理的なこともあったんでしょうね。それに比べると、日本なら、ウラジオストックから新潟まで1時間20分ですからね。

 カムチャッカの火山研究所の人にも好まれて、毎年来い来いと言ってくれて。 共同研究をして、お互い成果もでています。 ウラジオストックの方は地質学研究所で、そこは今でも盛んです。お金のないご時世ですがいろいろとつてがあるらしくて、私のロシアでの滞在費くらいは出してくれるんですよ(笑)。

  97年の調査に関しては火山研究所の研究者たちと一緒にやりました。 向こうでは、ロシア科学アカデミーの横のつながりがありますからね。

  研究チームはまあ、そんな経緯で今も続いているというわけです。

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■食事について

ロシアで食事などに困られたことは?

それもよく聞かれるんですけど。一時日本で報道されてた、パン屋にパンがないのに人々が行列をしている映像、あれは嘘です(笑) って。あれは、パンが焼けるのを待ってる人たちの列だったらしいですよ。
 何処へ行っても農作物に関してはすごく旨いし、魚とかも、水揚げしているのを見ていたら、持っていきなよとか言ってくれたりします。
  ロシアの人たちは、すごいお金持ちというわけでなくても、農場付の別荘みたいのを持ってるんですよ。 市場に行っても、食べ物は豊富でしたよ。

山へ入ってからは、どんな食事をしているのですか?

ほとんどは街で買って持っていきます。道すがら野生のブルーベリーを食べたりもしますが。 忙しいので、自分で鮭を取って食べたりはあまりしません(笑)

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■日本にいるときはどんなことを?

日本にいるときにはどんなことをされているのですか?

授業もしますし、論文も書きます(笑)。
 調査地で採取してきたものの分析をします。そうそう、今は、本を書いているんですよ。

温泉微生物に関する本ですか?

そうですね。
 温泉に調査に行ったときに、おばちゃん達に声をかけられたりって話も書いてます。
 「あんた、何してんの」 なんて気軽に声をかけてくれるんですよ。囲まれちゃったりして、説明するの大変です。

 そういえば、温泉学会というと、なにやら怪しげに思われるのは困るんですよ。
 温泉学会に行くというと同僚がにやにやするんですよ。本当に学会なのに…

温泉に浸かりに行くと思われるんですね(笑)。

そうみたいです。

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そういえば、先生がモデルになっている漫画があるそうですね。

中学校の同級生が漫画家の…、酒井美羽ってご存知ですか。
 生物学の助教授と若い奥さんの話を書いてるんですが、その助教授が温泉微生物の研究をしているんです。それで、いろいろフィールドワークのことなんかを聞かれて。

 連載の次の号では、今年調査に行ったときのカムチャッカでの出来事なんかも描くらしいです。
 ビデオも貸してるんですけど、撮影してる私がぜんぜんしゃべらないもんだから、「解説がなくて何がなんだか解らないじゃない!何かしゃべりなさいよ〜」なんて、電話で怒られたりしてます。なんで怒られるんだろう〜なんてね。こっちは協力してるのに(笑)。

  でも、絵とか、ストーリーとかは全然実話じゃないんですよ。見たら笑っちゃいますよ。細面の二枚目で。足なんかすごい長くて。白泉社から出ているシルキーという雑誌に連載されてます。単行本も出てるんですよ。もう5巻くらいなのかな?

面白そうですね。是非読ませていただきます。
  ※その後、杉森先生の計らいで、酒井先生からサイン入り単行本をいただきました。単行本のおまけのページに杉森先生と酒井先生の愉快な会話などもあります。杉森先生、酒井先生ありがとうございました。現在も『シルキー』にて連載中です。

→酒井先生の公式HPはこちら!http://www.sakai-miwa.com/

 

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