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熱水のサンプリング流出河川の脇にある熱水の流れにおいて、湧出口や流れの主要部分で現地データー(温度やpH 等)を測定し、さらに藻類・沈殿物・熱水のサンプリング等を行いました。私がこの流れの中で最も興味を抱いたのが、58℃と60℃といったわずか2℃の違いによって、そこに生息する好熱性の藻類の種類が、まるで線を引いたかのように異なることが色の違いで観察できたことでした。また、その熱水の周囲は一面火山灰に覆われ、草木が一本も生えていない土地であるのに、その熱水の流れだけに生命体が見られた事は、水というものが生命にとっていかに大切なものかを改めて考えさせたれた事実でした。
途中天候が悪くなり雨風が強く何もできない日もありましたが、無事に予定していた仕事を終了する事が出来たので一安心しました。無事に仕事が終わった日の晩に発煙筒を花火代わりにして2発ほど点火しました。 ところで、途中数々のアクシデントがありましたが、その中でも一番大きな出来事は、隣のキャンプの一人が高熱を出し数日熱が下がらなかった事でした。 カリムスキーからの撤収
W氏もそれなりにエンジョイしていて、困った事も沢山あったのでしょうが、ひとつも苦にせずフィールド生活を楽しんでいましたが、どうもテントが狭かったらしく一度寝ている時に足が入り口から出てしまい風邪を引きかけたことがあったそうです。 カリムスキー湖畔に我々も約2週間滞在しましたが、キャンプを撤収する時間が迫ってきました。ヘリコプターが立ち寄ってくれるという事になり、荷物を整理し、テントをたたみ、ヘリコプターが迎えに来る例のヘリポートまで荷物を運びました。ヘリコプターを待っている間、戸板に横になり日光浴をしながら久々にくつろぎました。そのうちかすかにヘリコプターの音がし、湖の対岸から湖面と平行に低空でこちらに向かって飛んで来るのが確認できました。点であったのがどんどん大きくなり、我々の方に向かって来るのですが、爆風から荷物が飛ばない様に押さえるために腹這いになっているわずか数mの所に、来た時と同じようにヘリコプターはランディングしました。結構我々はスリルを感じていましたが、ロシアの飛行機を操る人々は本当に上手です。そのテクニックにはいつもほれぼれしてしまいます。 そして帰国の途へ街に戻った我々はセルゲイ氏の実験室を借りて採取した湖水の濾過作業を手伝いました。微生物による水質の化学成分の変化を無くすため、微生物を除去する必要性があるからです。そこに着飾った先生や学生たちが集まって来てくれて、皆で別れを惜しみました。 その後いつもの様に簡単なお別れパーティーをしてくれました。 チュダエフ氏はポール氏の面倒を見るということで、我々は来たときと同じくウラジヴォストクではギオルギ氏のお宅にお世話になりました。どこに行ってもとても温かく十分すぎる程よくして戴き感謝感謝です。 W氏も大変満足し帰国しましたが、ウラジヴォストクから新潟までのフライトでは気流が悪く、途中から機内サービスが始まったので、もう着陸だというのにまだ食べかけの機内食が目の前に出ている有様でした。 さらにワゴンを片手にした客室乗務員のお姉さまたちがもう一方の手でシートの背をつかんだままの状態で飛行機が新潟空港に着陸するといったアクシデント?を目の当たりにし、最後の最後まで"ロシア"を満喫させてくれた今回のフィールドワークでした。 追記:W氏、H氏のその後がんばりやさんで素直なW氏はその後国立の研究所に就職が決まり実験・研究に忙しい日々を送っているそうです。H氏は益々カムチャッカが好きになってしまった様で、次は・・・などと計画を練っているみたいです。
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