1969年に国立科学博物館に勤務していた千原光雄先生のところに、「食用植物図説」に海藻の項を担当して欲しいという依頼がきました。 世界中の食用植物をとりあげて図鑑を作るということでした。著者は女子栄養大学の星川清親先生ということでした。すでに、相当数の図 ができていて、その図の中には、渡辺清彦先生の描かれたものもあると聞いていました。海藻の図は、適当な絵描きさんにお願いするとい うことでしたが、千原先生が「海藻は、特徴をよく捉えていないとまったく違ったものになってしまうから、吉崎君描いてみないかね。」 と言われました。小生が大学に助手として勤務して4年目のことでした。出版社の担当者は、小生の描いた図が、図鑑にふさわしいものか とても不安な顔をしておられました。原図の大きさは、葉書大でした。それを縮小して印刷すると言うことでした。
さっそく、何種類か描 いてみることになり、最初にユイキリ、オニクサ、ヒラクサと、フトモズクなどを描いてみたところ、担当者から「お願いします。」と言 われました。文章は千原先生がお書きになるということで、まず、描く種類の選定から始めました。多くの種は関東各地の海にでかけて採集し、コンブ類は材料を求めて北海道や東北に出かけて、生の材料を描くことにつとめました。
描きはじめてすぐに、千原先生が典型的 と思うものと、小生が典型的と思うものの形が明らかに異なることに気がつきました。岡村金太郎や、遠藤吉三郎といった先人たちが採集 した場所などを調べて採集にでかけ、何度も描きなおしてようやくできあがったものです。もっとも苦労したのは髪菜とクロレラでした。 東邦大学薬学部の久内清孝先生は髪菜をお持ちでした。「東大寺の大仏殿の梁を縛っている女性の髪の毛の切れっ端をもらってきたんだよ 。」と冗談におっしゃっておられましたが、まさに古い髪の毛のようなものでした。実は、横浜の中華街で中国料理の素材として売られて いるもので、中国の砂漠に生育する藍藻であると教えてもらいました。そのまま描くと縮れた髪の毛です。これを水にいれるとふくらみ、 その中のもっとも大きなものを描いたものです。髪菜は霧さえも降ることのない砂漠に生えているものだそうです。
クロレラは宇宙食の代表的な植物と習っていました。クロレラの養殖池からもらって来て顕微鏡を見てスケッチしたのですが、実物感に乏しく、水に浮いてい る様子を描き足しました。小生は、これらの図を描くことによって海藻の形態学をしっかりと勉強できたと思っています。得難い経験をさせていただいたと思っています。
星川清親・千原光雄(1970)「食用植物図説」女子栄養大学出版は、残念なことに、大分前に絶版となってしまいました。3年ほど前に、 千原先生にこの原図を返却していただきました。吾ながらよく描けていると感心したものです。このまま、眠らせておくことはもったいな いことと思い、東邦大学メディアネットワークセンターのバーチャルラボラトリーで公開してもらうことなりました。原図そのものは、東邦大学メディアネットセンターにあります。バーチャルラボラトリーでの公開には東邦大学メディアセンターの谷澤滋生さんと、山 川美和さんにお世話になりました。学名は、現在用いられているもっとも新しいものを調べました。これには、鈴木雅大君にお世話になり ました。