後藤先生の徒然日記

健康寿命を延ばすには: 運動の効用 (2014年2月27日)
 (公益財団法人:フランスベッド・メディカルホームケア研究助成財団発行冊子「ふれあいの輪」より許可を得て転載)

 平均寿命が延びる一方で、平均寿命と健康寿命の差も開いている。この差(期間)は長生きはするものの、人生 終盤は日常生活が制限される「不健康な期間」を過ごしていることを示している。平成22年を例にとると、 この期間は男性が9.13年、女性は12.68年に達する。高齢期を健康で快適に暮らすことはもとより、医療費 や介護給付費の増大を防ぐ意味でも、今、「健康寿命をいかに伸ばすか」は国家的命題と言っても過言ではない。 老化と健康寿命の延伸について長年研究されている順天堂大学大学院・後藤佐多良客員教授に聞いた。

日常生活に不自由がなく日々をエンジョイできているか

後藤先生は、近著『健康に老いる−老化とアンチエイジングの科学』や東邦大学のホームページ『Dr.Gotoの老化研究所』などで、老いと健康についてわかりやすく解説されていますが、健康寿命の研究に着手されたのはいつころですか。

 私は薬学部の出身で、薬やその他の化学物質を通じて病気の治療や予防など健康を増進する研究をやろうと思っていましたが、大学院に進学すると指導教授から「老化の研究」をやってみないかと言われました。先生は生化学や微生物学が専門でしたが非常に幅広い見解をお持ちで、「将来は老化が重要な問題になる」とおっしゃって。当時はまだ日本に基礎的老化の研究組織もない時代でした。最初は老化のメ力ニズムの研究をしていましたが、しだいに健康寿命を伸ばすことにも興味をもちました。20年程前からは、力ロリー制限や、運動と老化との関連から「健康長寿」について研究を始めました。当時は男性の平均寿命が60歳代後半くらいで、研究は老年病を減らして寿命を伸ばすことに重点がおかれていて世界的に見ても「健康寿命」という考え方はなかったと思います。

高齢者の健康が社会問題となっている今日、健康長寿を目指すという考え方は大変説得力があります。

 サクセスフルエイジング(元気で長生き)−もともと英語でいわれていた概念が訳語として健康長寿となりました。しかし、単に長生きしただけで成功といえるだろうかということが問題ですね。では、サクセスとは何なのか…。社会学的見地からはいろいろな見方があるでしょうが、まず肉体的に健康、かつ精神的にも健康であることが第一ですね。そのうえで生活をエンジョイできるのがいいのですが、病気がちであったり、身体が不自由であったりしても生活を楽しんでいらっしゃる方々も沢山いるわけで、このへんの考え方は一律ではありません。私が思うに、日々をエンジョイできているかどうか、つまりQOL(生活の質)の維持が健康寿命の大切な目標になると思います。それとADL(日常生活動作)ですね。つまり服を着替えたり、風呂に入ったり、食事をしたり、買い物に行ったり、といった日常生活が送れているかどうか。人間65歳以上になれば多くの人が病気の一つや二つは持っていて何らかの薬を飲んでいます。でも、薬を飲んでいたら健康じゃないとは言えない。友達とどこかに出かけるとか、買い物に行くとか、日常生活に大きな制限がなく、かつ人生をエンジヨイできていることがサクセスだと考えていいと思います。

散歩などの運動をしない人が認知症になるリスクは、運動をする人の二倍

厚労省も健康寿命を延ばすことに真剣に取組んでいます。
ズバリ、健康寿命を延ばすための方法は。

 結論から申しますと、健康寿命を延ばす一番の方法は「体を動かすこと」です。運動に尽きます。運動というと一大決心をしないと出来ないことのように思われるかもしれませんが、速足で散歩をするとか、自分の体力に応じてゆっくリジョギングを定期的に行うだけでもいい。とにかく体を動かすことです。高齢期になる前から生活のリズムとして続けていくのがいい。身体の不自由な人では「足こぎ用の車いす」を使った運動なども有効だと言われています。
 サプリメントを飲んだり、カロリーを気にして特別な食事をしたりすることよりも、こちらの方がずっと安上がりですし、その効果は学術的にもきちんと証明されているのです。
 図に示すように70歳時点でスポーツ習慣がある人では80歳になった時のADLは、ない人に比べてかなり高くなっています。適度な運動習慣が心肺機能を高め、骨格筋を丈夫にしているのです。一方、65歳から90歳代までの高齢者に運動教室へ参加してもらって行った研究では、自分で身のまわりのことが出来る人の割合がどの年齢層でも年々上昇することも明らかになっています。運動を始めるのに遅すぎることはないのです。90代でも筋力がつくとも報告されています。

 さらに別の疫学的研究においては、日常的に散歩などの運動をしている高齢者の認知症発症リスクは、運動していない人より低いことが明らかになっています。図のように、1日2,3キロ歩く人は、数百メートルも歩かない不活発な人に比べ、発症リスクはほぼ“半分”です。効果的な治療薬がない現状で認知症のリスクが半分になるというのはたいへんなことです。認知症をはじめとする老化に関連する病気に関しては予防(リスクを減らすこと)が第一です。がんも糖尿病も習慣的運動でリスクは減りますから、運動には万能薬に近い効果があるといっていいでしょう。

運動も大切ですが、健康寿命を延ばすには、日々の食事のカロリー制限をしっかりやるのがいいと聞いています。

 食事に関しては皆さん、非常に関心が高いですね。私はカロリー制限の研究も長くやり、動物実験では多くの効果が認められていますが、自分で、日常生活で制限したことはありません。月並なことですが、色々なものを食べることが大切で、その結果バランスが取れることになる。それ以上に重要なのは体を動かすことだとあえて言いたいと思います。それは、普通の生活ではどうしても運動不足になりがちだからです。たとえば糖尿病は食事や間食をしたあと、炭水化物がぶどう糖となって吸収され、長く血中に留まっているために起きる病気です。体を動かすことで筋肉量が増えれば、ぶどう糖はどんどん筋肉に取り込まれ、濃度が下がります。運動のメリットは筋肉が増えるだけじゃありません。関節や靭帯も丈夫になり、骨もしっかりしてきて骨粗しょう症の予防にもなる。転倒しにくくなって骨折のリスクも減る。介護予防にもいいわけです。

学術的根拠のないサプリメントに騙されるな

健康長寿のためにサプリメントを活用する人が増えています。その効用はどうでしょうか?

 サプリメントに関しては、学問的な裏付けのない情報がテレビや新聞・雑誌の広告などに氾濫していて一般の人々を惑わせいるので、私も非常に心を痛めています。最初にお話しましたように、薬の開発を通じて健康増進を図ろうとしていた私が、運動を通じて健康を目指すべきだと考えるようにはったのは、化学物質であるサプリメントが健康増進に及ぼす効果に大いに疑問を感じたからにほかなりません。サプリメントというのは、体内に不足した物質を補うもので、一見合理的のように見えます。しかし、ほとんどのサプリメントでは、ビタミンやミネラルなどの病的不足の場合は別にして、生体内の効果に関する学術的な検証データがありません。通常の食事をしていれば不足することはほとんどないのです。実際、超高齢まで生きた百寿者の方々がサプリメントを摂取していたという話は聞いたことがありません。健康長寿に役立つという“証拠”がないのに、マスコミを通じてそれがあたかも確固たる研究成果に基づいているかのように喧伝している。それは研究者として見過ごし難いことです。私がホームページを立ち上げたり、『健康に老いる』を出版したりしたのも、「こういう事実に基づいてこういうことがいえる」ということをお伝えし、老化のメカニズムとの関連で市民の皆さんに正しい知識を持って判断していただきたいと思ったからです。ホームページに一度アクセスしてみてください(キーワード「後藤・健康長寿」でヒットすると思います)。
 重ねて言いますが、健康寿命を延ばしたい中高年・高齢者に必要なのはサプリメントではなく、バランスのいい食事と体を動かす習慣です。活動的な生活をすることに尽きると私は思っています。こういうと、現代人は昔の人に比べずっとスポーツの機会に恵まれているじゃないかと反論される方もいるでしょう。しかし昔の人は、日常生活の中で十分にそれをやっていたんです。遠くまで買い物に行く、クルマに乗らずに歩く、電化製品を使わずに掃除・洗濯をする−運動が生活の一部になっていました。
 買い物に行くのも、駅の階段を上り下りするのも立派な運動です。立っている時聞が長い人の方が長寿であるという報告もあります。立っているだけで運動になる。
 散歩は、ブラブラ歩きじゃあまり運動になりませんが、だいたい時速4,5キロのスタスタ歩きを1日30−40分、週3回くらいやれたらいい。体調やその他の条件でそれが無理ならもっとゆっくりでも短くてもいいのです。私は、かれこれ30数年間、週2回5−10キロメートルほどのジョギングをしています。現在72歳で、40〜50代に比べれば体力の衰えは否めませんが、年齢・体力・体調・疲れ具合などを考えて適度な負荷をかける生活習慣が大切なのです。負荷をかけることによって不活発になりがちな遺伝子を活性化することができます。そうすることで、いわば身体の中にサプリメントを作るといってもいいでしょう。実際、皆さんの関心が高い活性酸素に対する抵抗力も運動によって高まることが証明されています。実際に私は元気に過ごしていますし、体重変化は大学を卒業したころからずっと+-2キロほどを維持しています。人様にあれがいいこれがいいといっても、自分で実践していないと説得力がないですから(笑)。

「ふれあいの輪」 (Vol.27, No.4, 171, 2013 Winter, 平成26年12月10日発行) p.3-5
(公益財団法人 フランスベッド・メディカルホームケア研究・助成財団の好意により転載)

この記事は上記財団の「健康長寿をどう考えるか」というインタビューに応えたもので、読者は主に在宅看護・介護関係の専門職の方だとのことです。思いつくままに書いた「徒然日記」とは言えませんが、本ホームページのこれまでの記載とは若干異なる視点の内容なので、発行者の許可を得て掲載するものです。

 

 

 

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