後藤先生の徒然日記

サクセスフル・エイジング (2009年2月20日)

第五回順天堂大学スポーツ健康科学部国際シンポジウム

 一月末、順天堂大学佐倉キャンパスで第五回順天堂大学スポーツ健康科学部国際シンポジウムが開かれた:テーマは「加齢と運動」。 最近、高齢者の健康維持・介護予防のために日常的に身体活動を行うことが重要だという認識が高まっている。 介護保険制度や後期高齢者医療制度によって高齢者人口の増加に対処しようという国の施策がやがて財政的に立ち行かなくなる可能性が高くなっている中で、心身の健康はできるだけ自ら責任で維持しようという考え方が広がるといい。 いずれは他人のお世話になるときが来るのは避けられないにしても。

 シンポジウムでは国内から3名、海外から2名の方々が講演し、内容は実生活の体験から老化・抗老化の分子メカニズムにまでわたった。 中でもサッカー歴78年、87歳の現在なお競技サッカーを楽しんでいらっしゃる児玉二郎先生(リンク 浜松怪童クラブ)は、ご自身が実践されるライフスタイルを淡々と語られ、お話には理屈抜きに説得力があった。 軽快な足さばきで中高年の仲間とサッカーを楽しまれるお姿(高校時代に児玉先生の教えを受けたというシンポジウム世話人の一人内藤久士先生が昨年録画したNHK番組のVTR)には感銘を受けた。

 児玉先生のような若者顔負けのスーパー老人はめったにいらっしゃらないだろうが、身体頑強でなくても、病気を抱えていても、個々人に応じて有意義な老齢期を送ることができるはずだ。 3、40年前から先進諸国では高齢者人口が目だって増えはじめ、サクセスフル・エイジングという言葉が使われ始めた。 その中身は使う人によって異なり、標準化されたものはないが、一般に高齢期を生理的身体的な問題や精神的な問題が少ない形で過ごすことを指している。 通常の寿命 (life-span) に対して健康寿命 (health-span) という言い方でサクセスフル・エイジングの期間を表すこともある。 高齢化率が増大すれば、虚弱・病弱の老人が増えて、老弱状態も多様化する。それぞれに応じたサクセスフル・エイジングがあっていいという考えが出てくる。 最近"サクセスフル・エイジングと老年病は共存できるか?サクセスフル・エイジングの多様な考え方"という論文1)を読んだ。ニューヨーク州立大学公衆衛生学部のYoungらは、年の取り方は各人各様であるからサクセスフル・エイジングへの道も色々あるはずだという。 生理的変化あるいは機能の劣化は加齢とともに誰にでも起こるけれど、心理的・社会的面の加齢変化は必ずしも生理的変化と平行して起こるわけではない。彼らは、加齢による生理的低下は避けられないにしても、心理的作用(心の持ちよう)や社会的な働き(社会との関わり)によってサクセスフル・エイジングが達成できる可能性を指摘する。

 論文を読んで思い出したのは20年前に読んだアルフォンス・デーケン「宗教と老い」という一文である2)。 当時上智大学文学部の哲学教授であったデーケン先生は"残念ながら今日の福祉や老年学は、経済的ニーズや身体的ニーズなどを重視するあまりに、高年者の全人的ニーズへの目配りを忘れがちである"と現在もそのまま当てはまる問題を指摘した上で、"老年期に追求すべき内面的価値のうち、最も本質的なものは、思いやりの心ではなかろうか。 ・・・思いやりを示す具体的な方途の一つにユーモアがある。・・・相手のためにストレスの少ない喜ばしい雰囲気を作り出そうとするユーモアの精神こそ、もっとも美しい愛の表現といえよう。 ユーモアには人と人とのコミュニケーションを円滑にし、恐怖や怒りを和らげ、心身の健康を守るといった大切な働きがあり、人間らしい生活には不可欠な要素と呼んでも過言ではない"と説く。まことに同感である。 この世に別れを告げるとき、大したことは出来なかったけれど、この点ではサクセスフルだったと思いたいものだ。

カナダからの招待講演者カルガリー大学のRuss Hepple博士は僕の共同研究者でもあるが、日本は始めてというのでシンポジウムのあとお寺や神社を見せようと手始めに大学に近い成田山新勝寺に出かけた。 境内の梅園で、彼は今にも倒れそうな老木が添え木で手厚く支えられている姿をみて日本人の敬老精神(今、どのくらい残っているかしら)に触れた思いだと語り、帰国したら研究室の学生に見せたいといって写真を撮った。 きらびやかな金閣寺よりも印象に残ったようだった。

1) Young Y et al: Can successful aging and chronic illness coexist in the same individual? A multidimensional concept of successful aging. Am Med Direc Ass 10: 87-92, 2009.

2) A.デーケン:5 宗教と老い (老いの発見 3老いの思想、岩波書店、1987)pp.181-205

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写真は近所の公園の梅の木で 成田山のものではない。(2009年2月)

 

 

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