後藤先生の徒然日記

体温が低いヒトは長生き? (2009年1月23日)

 半世紀も前の話だが、僕が小学生・中学生の頃は東京でも冬はかなり寒く、朝起きると部屋の中の花瓶の水が凍っていたり、コンクリート塀を背に積み上げた雪の斜面で橇遊びができるくらいの降雪があったりした。 九段坂でスキーをしている人や皇居の堀でスケートをしている人を見た記憶がある。近ごろ、雪はめったに降らない。

 哺乳類や鳥類のような恒温動物では寒くても暑くても体温はほとんど変わらないが、変温動物では体温と寿命の関係の研究がかなり古くから行われている。古典的老化学説の中に「生活代謝率説」というのがある。 動物の寿命はエネルギー消費速度と反比例の関係にあり、老化は代謝率が高いほど早く進み寿命が短くなるという説である。この説に合う事実として、サカナや昆虫では一定の範囲では環境温度が低い方が寿命は長い。 カロリー制限には抗老化・寿命延長作用があるが、制限動物の平均体温は制限しない動物より低いので、低体温がその作用に関わっているとも考えられている。 ヒトでも体温が寿命に関わるとしたら面白い。

 生物物理学者のRosenbergらは、もしヒトの平均体温を変温動物のように下げることができたら寿命はどうなるかを予測した(引用1)。 彼らはショウジョウバエの寿命に対する環境温度の影響を熱力学的に解析し、その結果をヒトにあてはめると図1に示すように例えば2度の体温低下で72歳の平均寿命が100歳になるという。 寿命が40%も延びることになるのだから長期にわたって人為的に体温を下げることが出来たら大変なアンチエイジングになる。

図1

 成人の平熱は一般に37度とされているがヒトによって若干の違いがあるようである。体温の違うヒトの余命を調べた疫学研究がある(引用2)。アメリカの国立老化研究所の長期縦断研究で体温の低いヒト(男性)と高いヒトを追跡調査したところ、低いヒトの方が長生きだったという。 交絡因子*の影響や両グループの体温差がどのくらいかなどの細かい記載がないので結果の解釈は慎重にすべきだが、Rosenbergらの予測を支持していて興味深い。

 最近、遺伝子導入で体温を低下させたマウスの寿命が延びたという研究結果が報告された(引用3)。 あるタンパク質(脱共役タンパク質2)遺伝子を脳の体温調節中枢細胞で強制発現させるとその部分の温度が上がり、体温低下の指令がでて核心部体温(腹腔で測定)が0.3 度から0.5度低下した。この遺伝子導入マウスの平均寿命は対照マウスより雄で12%、雌で20%長かったという**(図2)。 これを日本人(女性)に当てはめてみると平均寿命(2007年)が86歳から103歳に延びることになる。しかし、生命活動を支えている酵素の活性は低温で低下するのでわずかな体温低下でも問題が起こりうる。低体温では代謝活性が下がり、身体も頭もうまく働かずQOL(生活の質)は大いに低下するだろうから、体温を下げて長生きしたいと思うヒトはいないかもしれない。

図2

 世の中にはマイナス196度の液体窒素の中で"凍えて"過ごし、何時の日にか復活しようと真剣に目論んでいる研究者?もいて(引用4)一度講演を聞いたことがあるが、この季節は熱々の鍋物をつつき、風呂で温まって寝る方を選びたい。

引用

  • 1) Rosenberg B et al: Mech Ageing Dev 2: 275-293 (1973)
  • 2) Roth SG et al: Science 297: 811 (2002)
  • 3) Conti B et al: Science 314: 825-828 (2006)
  • 4) Best BP: Rejuvenation Res 11: 493-503 (2008)

* 交絡因子:ここでは体温以外に結果に影響する可能性のある要因。たとえば体温の高いグループに喫煙者が多いとしたら喫煙が交絡因子として短寿命の原因かもしれない、など。論文著者の顔ぶれを見ると主な交絡因子は当然考慮されていると思うけれど。

** 結果は大変面白いが、僕はこの結論には若干の問題もあると思っている。というのは対照マウスの寿命が通常のマウスに比べてかなり短いからだ。遺伝子導入マウスでは低体温以外の理由で通常マウスの寿命に近づき、見かけ上長命になっている可能性も否定できない。

photo
冬の朝(近所の公園にて)(2009年1月)

 

 

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