後藤先生の徒然日記

葉っぱの"老化" (2008年11月25日)

 医師日野原重明さんが96歳で出演したことでも有名になったミュージカル「葉っぱのフレディ」は春の芽吹きから落葉まで、木の葉の一生がテーマだそうだが、秋の楽しみは葉っぱの色の変化だ。 春風にそよぐ若葉も初々しくていいけれど、日々変わりゆくカエデの紅葉やイチョウの黄葉も味わい深い。葉っぱの色の変化は葉緑素の分解による"老化"の結果である。秋になっても紅(黄)葉しないで緑のままでいる突然変異があるという(化学と生物46: 824-825, 2008)。 "老化"しない、あるいは"老化"が遅れるのは結構なようだが、いつまでも青二才では味気ない。

 ヒトには単一遺伝子の変異によって見かけ上老化が速く進行するように見える早老症候群という病気がある。 しかし、残念ながら老化が遅くなる"遅老"形質を示す変異は知られていない。老化が遅れている可能性のある百寿者の遺伝子解析が進んでいるが、長寿に関係する確かなものは見つかっていない。 抗酸化酵素遺伝子の導入や抗酸化サプリメントの投与による老化遅延や寿命延長は線虫やショウジョウバエでは観察されているけれど、哺乳類のように恒常性維持機能が高度に発達している生物ではほとんどうまくいっていない。 介入で寿命が延びている場合の多くは元の動物が通常より短命である。 健常動物では恐らく複雑緻密な寿命調節機構に外からの操作が介入できる余地は少ないのだろう。

 葉っぱは"晩年"でも輝いている。 もうすぐ木枯らしの季節だ。 葉っぱは養分を根っこに送って春の新芽のために散ってゆく。 われわれ人間も見てくれの"若返り"を願うより、年相応に元気で、秋の葉っぱのような老後を迎えたいものだ。

この上なく美しい夏もいつかは

秋のおとろえを感じようとする

木の葉よ、がまん強くじっとしていよ

風がおまえをさらおうとしても   (「枯葉」の一節)

(ヘルマン・ヘッセ「人は成熟するにつれて若くなる」p.67(草思社、1995年刊)


晩秋のカエデとサクラ:多摩川台公園にて(2008年11月)

 

 

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