東京湾海藻日誌

東京湾の海藻(4)

褐藻クロガシラ

1996年7月16日 吉崎 誠

クロガシラ  房総地学会で話題提供を頼まれ、千葉県立中央博物館で7月7日に「穿孔藻の生活」という講演をした。熱心な人達ばかりで、とても充実した会であった。

 その帰途、千葉ポートタワーの下の海岸に寄って海藻の採集をした。アオサばかりが目立つなかに、ホンダワラ類の小枝が漂っているのを見つけた。わずかに10cmほどの切れっぱしである。大きな気胞と細い生殖枝とから、ヨレモクモドキ(Saragassum yamamotoi Yoshida)と同定した。これに褐藻類のクロガシラ属(Sphacelaria)の1種が着生していたのである。

クロガシラ属植物は、ふつう高さ1cmほどの分枝した糸状体である。先端に大きな頂端成長細胞をもち、この細胞が細胞質に富み、黒く見えることから(黒頭)といわれる。この細胞が成長方向に直角の分割面によって下方に細胞を切り出す。

 すなわち最初は単細胞軸であるが、やがて成長方向に平行な分割面によって多細胞軸となる。このような体構造になる状態を多列形成的(polystichous)といい、できあがった組織を柔組織(parenchyma)という。糸状の藻類の多くの体は成長方向に直角な面によって下方に細胞を切りだしたり、切り出された細胞がさらに成長方向に直角な分割面で介生的に細胞分裂して成長する。すなわち成長方向に対して上下の分裂しかしない。

 このようにしてできた体構造は単列形成的(haplostichous)とよび、できあがった組織をを偽柔組織(pseudoparenchyma)とよぶ。クロガシラ属植物は上述したように真の柔組織を作るものとして紹介される。今回のスケッチは、ここに注目して下さい。

 生活環は外見的に同形同大の配偶体と胞子体とが交代する同形世代交代である。生殖器官は単子嚢(遊走子嚢)、複子嚢(配偶子嚢)と胚芽とが形成される。単子嚢は胞子体(2n)の体に形成され、複子嚢は配偶体(n)に形成される。雌雄の配偶子は同形で大きさがことなる遊走細胞である。これらが接合して胞子体に成長する。胚芽はクロガシラ属特有の形態をした枝で、胞子体、配偶体いずれにも形成されて、無性的に増殖する。

 わが国のクロガシラ属植物は、1943年に高松正彦によって研究され、10新種を含む13種が見事なスケッチと共に詳述されている。Kitayama(1994)によると、わが国の沿岸からは29種ものクロガシラ属植物の採集記録があるそうで、Kitayama(1994)はこれらを整理して9種をあげている。下にKitayama(1994)によるわが国に生育するクロガシラ属植物の種の検索表をあげる。

○わが国に生育するクロガシラ属植物の種の検索表

1.
胚芽を欠く;直立糸の下部は仮根によって皮層化する ハネクロガシラ
1.
胚芽を形成;直立糸の下部は仮根によって皮層化しない 2
2.
胚芽は角をもつ tribuliform である; 胚芽の亜頂細胞の隔壁はイコール型 3
2.
胚芽は腕をもつ円柱状である; 胚芽の亜頂細胞の隔壁は非イコール型 6
3.
盤状基部は多層的;直立糸の分枝は不規則な羽状;主枝はしばしば60μm以上 ハネグンセンクロガシラ
3.
盤状基部は単層的;直立糸の分枝は不規則;主枝はしばしば60μm以下 4
4.
胚芽は長さ180μm以下 5
4.
胚芽は長さ180μm以上 ナガグンセンクロガシラ
5.
胚芽の胴部は45μm以上 グンセンクロガシラ
5.
胚芽の胴部は45μm以下 ホソグンセンクロガシラ
6.
胚芽の腕は基部でくびれる ツクバネクロガシラ
6.
胚芽の腕は基部でくびれない 7
7.
胚芽の分枝は常に二叉状 8
7.
胚芽の分枝は二叉状、三叉状あるいは四叉状 ミツデクロガシラ
8.
胚芽の分枝は常に相称 ヨツデクロガシラ
8.
胚芽の分枝は常に非相称 ホソエクロガシラ

 クロガシラ属植物の分類には、このように胚芽の形態が重要な形質としてとりあげられている。今回東京湾奥で採集されたクロガシラ属植物は、高さわずかに3mmほどで、まだ胚芽も他の生殖器官を生じていないことから種の同定は極めてむつかしい。東京湾奥で採集した海藻としてここに記録しておく。

○参考文献

Kitayama, Taijyu (1994) A taxonomic study of the Japanese Sphacelaria (Sphacelariales, Phaeophyceae). Bull. Natn. Sci. Mus.、 Tokyo、 Ser. B (Botany). 20(2-3):37ー141.

Takamatsu, Masahiko (1943) The species of Sphacelaria from Japan,I. Jour. Sigenkagaku Kenkyusyo, 1(2):153-187, pls VIII-XIII.

Prud'Homme, W. F. van Reine (1982) A taxonomic revision of the Europian Sphacelariaceae (Sphacelariales, Phaeophyceae). E. J. Bell/Leiden Univ. Press. 1-293.

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