後藤先生の徒然日記

高齢者の交通安全と"リービッヒの桶" (2008年12月15日)

 師走は、何かと慌しく歩行者や自転車使用者の交通事故死亡者数が増える。 年間の死亡数統計によると60〜70%が65歳以上の高齢者だという。とりわけ後期高齢者が多い。 先日バスの中に『出来たはず脳と身体に時差がある』という高齢者交通安全川柳入選作が出ていた。 この一句を詠まれた方は老化の本質をよく言い当てている。

 高齢になるとヒトでも動物でも生体機能はしだいに衰えてくる。しかし、衰えかたは一様ではない。 同じ年齢でも個人個人違うし、同一人でも機能によって異なる。 生理機能が平均的に加齢でどう変化するかを見ると、肺活量や腎臓の血流量などはかなり急速に低下する(図1はよく引用されるShockのデータ)。 80歳では30歳の半分前後になる。骨格筋力も低下が速い(図2)。 使わないために加齢性萎縮が起こる(使わないために起こる種々の病態を医学・看護学用語では一般に"廃用症候群"という。 "廃用"という耳慣れない表現は分かりにくいので筋肉や関節が関わる場合は"不動症候群"ともいう)。 それに対して、意外かもしれないけれど、神経伝導速度に代表される神経機能は高齢までかなりよく保たれている。 低下の程度は二割程度である。したがって、頭では分かっているが身体(=筋力)がついて来ないために、とっさの動きが出来ないで思わぬケガをしたり、運が悪ければ命に関わったりすることになる。 もっとも"とっさの動き"というのは脳神経の働きだけでなく、視力や聴力といった刺激を受け止める働きや抹消の筋肉に情報を伝える神経伝導速度などが関わってくるから、神経と筋肉の総合力の低下が高齢者の事故を増やしているという言い方が正確だろう。

加齢にともなう生体機能の低下
骨格筋力の加齢変化

 栄養学や作物学では成長や生存に必要な成分の量に関して"リービッヒの桶"という表現が使われる。 桶を形作っている個々の側面板の長さが違えば、入る水の量は一番短い板で決まる。 摂取する必須アミノ酸(ヒトでは8種類)のバランスが悪ければ、合成されるタンパク質(20種類のアミノ酸から作られる)の量は一番少ない必須アミノ酸で規定される。 穀物や野菜を栽培するときの肥料(栄養素)のバランスについても同じである。加齢によって起こる生体機能低下にも同様の考えが当てはまる(図3)。 QOL(生活の質)やADL(日常生活の動作)を高く保ち健康長寿をエンジョイするにはバランスのとれた機能維持が大切だ。どこかの機能が目立って低下すれば他がどんなに良好でも全体的な健康はおぼつかない。 個々の生理機能というリービッヒの桶板がQOLや寿命を規定するというわけである。

生体機能の加齢変化“リービッヒの桶”

 加齢による廃用性萎縮(不動性萎縮)を少しでも遅らせるには身体を使うのがいい。Use it or lose it!  前掲の川柳のような警句を活かす自覚も必要である、・・・高齢者の仲間入りをして、時々危ない目に遭っているわが身への戒めをこめて。

*リービッヒ:19世紀の著名な有機化学者。植物栄養素の解明や化学肥料の開発にも貢献した。 植物に必須な栄養素(窒素・リン酸・カリウム)のうちの最小量の成分が成長を規定するという最小律の法則を発見。 学校の蒸留実験でその名を冠したリービッヒ管(冷却管)を使った人がいるかもしれない。


多摩川の土手、富士山(2008年12月)

 

 

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