1.温泉生態系に生息する微生物についての研究

自然放流されている温泉は湧出口からその流程にかけて一つの生態系を形成し、他の環境では見ることが出来ない進化学的に興味がある微生物が生息している。
また、温泉生態系は特殊な微生物資源が豊富であり、その資源保存の観点からも調査研究を行っている。このことに関しては島根県木部谷間欠泉の生物調査(論文2、発表8、11)において、我々の温泉生物研究の第一歩が記された。

1-1.硫黄酸化細菌

硫黄酸化細菌の中でも Thiobacillus は硫黄泉から頻繁に分離される細菌であるが、これまでその検索法が確立されていなかった。

そこで、中性付近に増殖至適 pH を持つ Thio-bacillus の性状を調べ、その結果から分離株の簡便な同定方法を確立した(論文4、発表14)。

これを実際にフィールド(硫黄泉:木曾湯川温泉(発表3、7)、草津西の河原(発表10)、箱根湯の花沢温泉(発表17、18))で応用し、良好な結果を得た。さらに、そこから分離培養された Thiobacillus sp. の性状について研究したことにより、生態系解明の一つの手がかりとなった(論文10、発表18)。

さらに硫黄酸化細菌の研究は強酸性火口湖に生息する好酸性Thiobacillus の研究に移行した。

1-2.好酸性 Bacillus

広範囲に生息が知られているBacillus は胞子を形成する細菌で、比較的過酷な環境にも生息することができる。

そこで、高温環境にて生息が可能である Bacillus について各種高温泉において検索を行ったところ、草津温泉西の河原の自然湧出口および箱根大涌谷温泉の熱水プールより好酸好熱性の Bacillus sp. が分離された(論文6、発表20)。

一方、秋田県黒湯温泉(酸性硫黄泉)から好酸性であるB. acidocaldarius が分離同定され進化学的に非常に興味ある結果を得た(論文9、発表24)。さらに、同種の好熱菌は九州黒湯温泉の熱水プールからも分離された(発表38)。

また、那須温泉群の一つである北温泉(中性単純泉)から中性付近に至適 pH がある B. stearothermophilus が分離され、さらに、那須湯本温泉(酸性硫黄泉)から新種と考えられる好酸性 Bacillus sp. が分離された(論文7、発表29、30、33)。

その他、九州霧島温泉群の湯之野地獄、硫黄谷地獄、霧島温泉ホテル噴気分離熱水や御生掛温泉の泥からも Bacillus sp. が分離されその性状について報告した(発表53、54)。

1-3.高度高熱性細菌 Sulfolobus ならびに Thermus

高度高熱性細菌 Sulfolobus は古細菌(Archaea)とよばれる一群の微生物群に属し、進化学的にも非常に興味が持たれている。

なぜかというと、この生物群は原核生物でありながら、高等生物が有する様々な性質を持っているという点が注目され、生物分類上第三の生物群として位置づけられているということである。

日本では数カ所の温泉でのみ調査されたことのあるこの細菌について、系統的に調査を行った(論文8)。特に、広範囲にわたって地熱地帯が存在する八幡平周辺の温泉からこの Sulfolobus sp. をはじめて分離することに成功し、純粋培養も行い、その性状について報告した(論文11、発表25)。

また、以前から研究をしていた箱根大涌谷温泉の自然熱水プールから分離純培養されたSulfolobus に関し、形態学的、分子生物学的観点より解析を行った結果、この株は新種(Sulfolobus hakonensis)であることを明らかにした(論文20)。

さらに、秋田県玉川温泉(発表42)、群馬県万座温泉(湯畑、空噴き)(発表42)、九州林田温泉(発表42、48)、那須湯本(行人の湯、鹿の湯)(発表39)、日光湯元(発表39)、御生掛温泉泥中(発表53)、霧島温泉群(発表54)より同様な Sulfolobus sp. を分離し、その性状を報告した。

また、総合的な結果は国際会議にて発表した(発表43)。また、わが国ではあまり分離報告がない高度高熱性細菌 Thermus に関しては那須温泉群の大丸温泉(中性単純泉)から分離し、その性状について報告した(論文7、発表29、33)。

さらに、伊香保温泉の源泉からもこのを分離し、その性状を調べた(発表52)。温泉に生息するこれら特殊な細菌と好熱性の藻類に関し、総説を発表した(論文17)。

1-4.鉄鉱泉沈殿物と微生物

ロシア・極東・ウラジヴォストック郊外のPrimorie地区は様々な希少金属等を含む有用鉱石を産し、世界的にも注目される地区であるが、長い間、軍事上の理由から立ち入ることが出来ない場所であった。

この地域の水と岩石の相互作用に関しては共同研究者のチュダエフ氏が主体となり地球科学的研究が進められ(論文34)、また、共同研究者ギオルギ氏らにより金鉱石と水との相互作用の研究が進められている(論文26)。

鉄沈殿物を含む弱酸性の炭酸泉から培養を試みた鉄細菌は試験管内で鉄の結晶同士を結びつけるような何か糸のようなものを産しているのがわかった(発表83)。この研究はロシア科学アカデミー地質調査所の一員として行っている。

1-5.インドネシア・ジャワ島の温泉の生物学的研究

インドネシア国立地質学研究所と共同で、メラピ火山の周辺に存在する2ヶ所の温泉(泉温46.4℃、pH6.63 と 泉温50.7℃、pH6.50)における微生物学的研究(特に好熱性細菌)を行っている。その温泉水から胞子が形成される Bacillus sp. が分離された(発表85)。