東京湾海藻日誌

東京湾の海藻(5)

褐藻アラメ・カジメ(コンブの仲間には篩管がある)

1996年7月16日 吉崎 誠

 大型海藻とは、私たちが海岸に出て、手にとって採集できるほどの大きさの海藻のことをいう。

 中には、顕微鏡で見なければならないほどの小さなものもあるが、おおよそ5mm以上のものをいうのが普通である。ところが、巨大なものというと、北米太平洋沿岸に生育するコンブの仲間のNereocystis luetkeanaは10mをこえ、Macrosystis pyriferaは30mをこえ、時に200mにも達するという。

 わが国では北海道日高地方から釧路にかけては20mをこすナガコンブが生育し、函館周辺には長さこそ5mほどだが、幅50cm、厚さ1cmものマコンブが生育する。
  コンブの仲間は直接食用とされるだけでなく、味つけ(ダシ)の素として重宝される海藻である。後述するように、千葉県には12種ものコンブ科植物が採集された報告があるが、千葉県に生育するコンブ科植物の代表種はアラメ・カジメであろう。

 アラメ・カジメは岩礁海岸に生育する温帯性のコンブ科植物である。千葉県の岩礁海岸にはどこでも観察できるし、富津岬から外房を通って銚子に至る海岸には、嵐の後にアラメやカジメが大量に打ち上げられる。

 アラメは低潮線近くに生育し、カジメは低潮線から水深15mほどの岩礁に大きな群落、すなわち海中林を作る。両種ともに分枝した太い仮根で岩礁に固着している。大きく成長したアラメを引き抜こうとしてもなかなか簡単にはぬけないものである。これが、嵐のたびごとに大量に打ち上げられる所がある。

 かつては、これらのアラメ・カジメを採取して浜で乾燥し、集荷してアルギン酸工場や、ヨード溶出工場によい値で売られたものであったから、千葉県のあちこちで、アラメ・カジメの乾燥風景が見られたものである(ここにあげた写真は昭和45年11月に安房郡白浜町根本の海岸で撮影したものである)。
  富津岬周辺では冬から春にかけて、アラメのよく成長した葉を食べる。また、乾燥したものを「干しアラメ」として店頭に並べる。水にもどしてよく洗い、きざんだものにお湯をかけるとヌルヌルがでる。これをあたたかいご飯の上にかけてトロロ飯状に食べるか、味噌汁の具とするが、トロロ状の方がはるかにおいしい。
  安房地方でも、かつては煮しめにしたりして食べていたそうでるが、現在では東京湾周辺の人たちが利用しているにすぎないようである。

 アラメ・カジメは多年生の海藻である。いかにしてあのような大型の体に成長し、多年生の体を維持できるのだろうか。これが今回のゼミのテーマである。

◎観察1:アラメ・カジメの生育状態を観察し、海に入って大きなアラメを引き抜いてみよう。

  1. アラメは低潮線以深という一年中干出することのない所に生育するので、乾燥することがない。大潮の時でも、めったに干上がってしまうことはないような所に生育している。カジメはさらに深い所に生育する。
  2. 付着部はガッチリした繊維状の根からなる。繊維状の根は茎の下部から古い根を覆うように新生するので、大きな株ほど三角錐状に盛り上がっている
  3. 丈夫な円柱状の茎は4人で引っ張りあっても切れることはない。大きな波によってちぎれることはない
  4. カジメでは茎に続く幅広い中帯部があり、その両側に羽状に葉状部を広げる。アラメでは叉状に分枝した茎頂部から次々と細い葉を多数生じる。古い葉は上部から枯れてゆくが、アラメ・カジメの成長分裂組織は茎の頂部にあるので、常に新しい葉が作られている(介生成長)。大きな波浪にも耐えうる付着部、丈夫な茎、茎の上に展開する葉ときわめて効率的な体形であると言えよう。

◎観察2:アラメ・カジメの茎の切片を作り、顕微鏡で観察してみよう。

  1. アラメ・カジメを見つけたら茎を切り取って理科室にもって帰る。引張っては切れないけれども、刃物では容易に切れる。刃物がなかったら歯でかみ切ってもよい。海水でぬらした新聞紙やタオルにくるむか、ビニール袋に入れて持ち帰り、冷蔵庫に入れておく。生のままでも2〜3日は大丈夫である。
  2. カミソリ刃で切片を作って顕微鏡で観察すると、茎の中央部分に漏斗を二つつないだような形の細胞が観察される。その真ん中に篩板が見られる。これらの細胞をラッパ管とも呼び、師管と考えられている。 陸上に生活する維管束植物は、根から吸収した水分を木部の導管や仮導管によって運ぶ。一方、葉で形成したブドウ糖をショ糖にかえて師部を通って茎や根に運ぶ。ところが、アラメ・カジメは海水中に生育し、海水から直接水分と栄養を吸収するために導管を必要とはしない。体全体で光合成を行うことができるとはいいながら、密集したアラメ・カジメ林の根本は真っ暗で補償点以下の光しか届かないと思われる。そこで、上部の葉状部で光合成によって生じた栄養分を茎や根に運ぶために師管が形成されたものと考えられる。このような体構造にして、数mにも達する大きな体の維持ができるものと考えられている。

◎コンブ目植物は、

  1. 生活環は複相で大型の胞子体と、単相で微小な配偶体とが規則正しく交代する
  2. 雌雄異株で、卵と精子が形成される
  3. 介生成長をし、体構造は柔組織的である

という特徴をもつ。

 わが国には北海道を中心として4科14属39種が生育し、千葉県からは以下の12種が報告されている。

1
体は盤状の付着部から直立し、茎と葉の区別がない(ツルモ科)
ツルモ
1
体は繊維状の付着部から直立し、茎と葉が区別できる
2
2
付着部に近い茎状部の両側に襞状部を形成する
アイヌワカメ科
3
2
付着部に近い茎状部の両側に襞状部を形成しない
コンブ科
4
3
中肋がある
5
3
中肋がない
アオワカメ
4
葉状部は単一
6
4
葉状部は単一ではない
7
5
単子嚢群はメカブの上に形成される
ワカメ
5
単子嚢群は体基部一面に形成される
ヒロメ
6
体に中肋がある
8
6
体に中肋がない
9
7
円柱状茎状部の上端は叉状に分枝する
アラメ
7
円柱状茎状部の上端は叉状に分枝しない
10
8
中肋は1条
オオノアナメ
8
中肋は3条
スジ
9
縁に龍紋状の皺がある
11
9
縁に龍紋状の皺がない
マコンブ
10
葉状部に皺がある
クロメ
10
葉状部に皺がない
カジメ
11
茎状部は円柱状
カゴメ
11
茎状部は偏平で、後にはその部分からも繊維状根を生じる
アントクメ

 アントクメ コンブの仲間はツルモ科をのぞいて根茎葉の分化が明瞭である。どの仲間も、茎に近い葉の部分でもっとも成長が盛んである。従って、体上部がもっとも古く、老成すると体の先端部分から枯れてくる。アラメでは1年目の体は偏平な一枚の単葉であるが、秋には葉状部の基部が曲がり、葉状部を切り落とす。結果的に茎の先端部が叉状に分枝し、2年目には叉状に分枝した茎状部の一端から細長い葉状部を次々と生じる。ツルモとワカメの仲間(Undaria属)は一年草であるが、コンブ科植物の多くは多年草である。マコンブが2〜3年、アラメが5年くらい、カジメが7年くらいの寿命があると言われている。

 筆者の竹岡での観察ではアラメは低潮線下のものは3年〜4年くらいの寿命があるが、潮間帯のものは2年目にはほとんど枯れてしまう。 コンブ科植物の配偶体は小さく、胞子体が大きい。生殖細胞としては、卵と精子が形成される。
  陸上植物のシダ型の生活環に相当する。低潮線以深に生育し、干出による乾燥に耐え、介生成長によって大型体形を作り、体には維管束の師管が観察される。生活環の様式、生育状況、体構造、成長様式からもきわめて高等な植物といえる。 参考文献 川嶋昭二(1988)日本産コンブ類図鑑.pp.215.北日本海洋センター. 瀬川宗吉(1956)原色日本海藻図鑑.pp.175.保育社.

千原光雄(1976)藻類採集地案内、神奈川県七里ヶ浜.藻類.24(2): 78-79.

 

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