4.色素胞運動を制御するその他の因子

エンドセリンの作用

エンドセリン(ET)は血管内皮細胞が生産する強力な血管収縮ペプチド(アミノ酸21残基から成る)である。ET-1、ET-2、ET-3の3種のイソフォームが存在する。血管への作用だけでなく、様々な生理作用を持つことがわかってきた。ヒトの角化細胞(ケラチノサイト)でも紫外線BによりETが合成・分泌され、ケラチノサイトとメラノサイトの間のパラ分泌シグナル伝達に関与する分子と言える。硬骨魚類の黒色素胞や赤・黄色素胞においては色素顆粒の凝集が、白色素胞では拡散が起こる。ルリスズメダイなどの運動性虹色素胞では、ETにより反射光波長が長波長側へシフトする。

魚類の色素胞に作用するETはどこから分泌されるのかという問題は解決されていない。色素胞の近傍には毛細血管が多いので、それらの内皮細胞から欠陥外部にしみ出てくる可能性がある。金魚では鱗の表皮細胞で作られるとの報告もあるが、基底細胞層の下の真皮に存在する色素胞に、パラクリン伝達が可能かどうかの疑問もある。

光感受性色素胞

以上、色素胞の運動制御になんらかの化学物質が関与する例を取り上げてきた。しかし、光や温度といった物理的な環境要因が色素胞に直接影響を及ぼす場合もあり、ここでは比較的研究が進んでいる光の直接的効果について記載する。

従来より、神経・内分泌系の分化が充分でない稚魚や、視力を失った成魚の色素胞、あるいは神経やホルモンの支配を失った培養色素胞が、光に直接反応するという例がしばしば報告されてきた。これらのケースでは、例外はあるが、光によって色素顆粒が拡散するのが一般的で、メラニンの紫外線吸収能に依存した、一種の生体防御手段と考えられてきた。

しかし近年、通常の成魚にありながら直接光を受容し、運動性反応を示す色素胞も知られるようになった。ネオンテトラカージナルテトラの体側縦縞部の虹色素胞は、夜間は濃い紫色を反射して目立たないが、光が差す昼間は鮮やかな青緑色を反射し(“色素胞の運動性”の項を参照)、個々の個体がよく識別されるようになる。緊急の場合には交感神経の働きで、さらに赤色まで変化する。間接蛍光抗体法によってロドプシン様の視物質の存在が示唆されている。

カワムツの黒色素胞、野生メダカの白色素胞も光感受性を有し、共に光で拡散する。いずれも紫外線を吸収したり、効率よく反射したりと、紫外線の害から体を守るのに有効であろう。カワムツ黒色素胞では525nmの波長が最も高い拡散効果を持つことがわかった。生理学的な意義は不明であるが、野生メダカの黄色素胞は410−420nmの波長光で逆に凝集する。秋・冬の期間は反応性が低下する。

ティラピア赤色素胞の光受容分子

最近、我々は、ナイルティラピアモザンビークティラピアの鰭に存在する赤色素胞の特異な光感受性を報告した。この細胞では、紫外線(UVA)や400-440nmにピークを持つ光では色素凝集が、470-530nmにピークを持つ光では拡散が、550-600nmの光に対しては凝集が起こる。450nmでは凝集も拡散も観察された。 極めて少ない光量でも、これらの反応は誘起される。ナイルティラピアの鰭の赤色素胞が密に存在する皮膚組織から、ナイルティラピアの眼の錐体視物質と同じcDNA断片が複数種得られている。錐体赤視物質や緑視物質に相当する光受容分子が、ティラピアの赤色素胞に共存し、直接に外界の光を受容していると推察される。光受容分子とカップリングするG蛋白質は視細胞と異なりGt(トランスデューシン)ではなく、GiやGsと考えられる。実際、赤色素胞においてGtのmRNAは発現していなさそうである。

ティラピアの赤色素胞は、主として繁殖期に雄の尾鰭、背鰭、尻鰭などに現れ、いわゆる“婚姻色”発現を担う細胞である。ティラピアの色素胞の中で光感受性を持つのは赤色素胞のみであることを考えれば、光からの生体防御とは別の意義があるに違いない。赤色素胞が、ティラピアの生息する環境のスペクトル分布に応じて細胞内の色素顆粒の分布状態を変え、それが繁殖期における行動学上、何らかの役割を果たしている可能性がある。


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