3.色素胞運動のホルモンによる制御

変温脊椎動物の皮膚の色素胞は、ホルモンによっても複雑にコントロールされている。 最近の知見は益々その複雑さを印象づける(→図2)。脳下垂体中葉ホルモン(α-MSH)は変温脊椎動物の色素胞全般に効果があり、一般に色素顆粒や白色素胞内の光散乱性細胞小器官を散乱させる。MSHの作用には、細胞外にカルシウムイオンが存在していることが必要である。ドンコの運動性虹色素胞では光反射小板の凝集が起こる。いずれもMSH受容体を介して細胞内cAMP濃度が上昇した結果である。繰り返し述べることになるが、ハゼ科魚類の運動性虹色素胞における小板の凝集・拡散のしくみは、他の色素胞の機構と異なるらしく、細胞内セカンドメッセンジャーの濃度と運動の方向との関係は相互に反対である。

ホルモンの制御を受けないタイプ

一方、ルリスズメダイ型の、いわゆる非理想型重層薄膜干渉現象による物理色を生じる虹色素胞はほとんどホルモンの制御を受けず、もっぱら神経支配のみが作動している。これらの物理色が、群れを成す個体間のコミュニケーションに利用されている場合が多く、早い体色変化が求められているためかもしれない。

ホルモンによる複雑なコントロール

MSHと黒色素胞の生理学的体色変化・形態学的体色変化

ニジマスウナギを黒い背地に適応させるとMSHの血中濃度は上昇するが、ヒラメの仲間では変化がなかったとの報告がある。実際の背地適応においては、ホルモン依存型(前者)と神経依存型(後者)があるのかもしれない。 MSHは生理学的体色変化に関わるだけでなく、長期間、背地適応させられた場合の形態学的体色変化にも関与する。モザンビークティラピアに10日間以上にわたってα-MSHを投与し続けたところ、背地の色に関係なく黒色素胞の数が増え、サイズも大きくなったとの実験結果がある。

一定の背地色に生理学的に順応した状態がある日数続くと、形態学的な変化も起こる可能性が考えられる。MSHが受容体に結合すると、その情報は色素顆粒運動のメカノミカル系にもたらされることは勿論だが、同時に核内にも伝えられ、遺伝子の転写調節などにも影響を与えるのであろう。

メラニン凝集ホルモン(MCH)に対する反応

Enami(1955)がその存在を指摘、その後Bakerらによって精力的に研究され、1983年、Kawauchiらによって一次構造が決定されたメラニン凝集ホルモン(MCH)は17個のアミノ酸から成る環状のペプチドである。抗体を用いての免疫組織化学的検索から、視床下部の神経分泌細胞で産生され、魚類では後葉に運ばれて分泌されることがわかった。

低濃度では、その名が示す如く、メラニン顆粒(黒色素顆粒)の凝集を誘起する。魚を白背地に置くとMCHの後葉からの分泌も促進される。しかし、in vitroの実験では、高濃度MCHはメラニン顆粒の拡散を誘起する場合がある。

例えば、Synbranchuns marmoratusというアマゾン川のウナギの一種、あるいはナマズ科の仲間のコリドラス・パレアトゥスの皮膚の黒色素胞は、MCHの濃度が低いと凝集反応するが、高濃度になると、一旦凝集後、再拡散し、最終的な凝集率は低くなる。

メダカの白色素胞や、カエルの黒色素胞では、凝集は見られず、拡散のみが生じる。この拡散には外液中のカルシウムイオンが必要である。赤色素胞や黄色素胞の場合は、低濃度で凝集・高濃度で拡散するタイプ、無反応タイプ、拡散だけするタイプなど、反応性は多様である。MCH受容体にはおそらく二つのサブタイプがあり、第1のタイプは魚類色素胞に一般に存在し、低濃度での凝集反応を仲介する。第2のタイプは比較的高濃度のMCHによって刺激される受容体で、カエル黒色素胞、メダカ白色素胞、一部の魚類黒色素胞、赤色素胞、黄色素胞などに分布していると推察される。

最近MCHは哺乳動物では食欲中枢を刺激することがわかり、体色変化とは無関係なところで人々の熱い視線を浴びるようになった。

昼夜の体色とメラトニン

魚類の頭頂部、ちょうど左右の側眼の真中あたりに色素胞の欠如した部位があり、その部分の皮膚の下に松果体という内分泌器官がある。松果体の感覚細胞は網膜の視細胞に類似の構造を有し、外界の光の直接影響下にある。 ここで合成されるホルモンがメラトニンで、合成・分泌は夜に行われる。 従って、昼夜のリズムに広く関与している可能性がある。

メラトニンという名は、ウシの松果体から抽出した物質がカエルの皮膚を明化させた(Lernerら、1958)ことに由来するが、魚類の光吸収性色素胞でも通常、色素顆粒の凝集を誘起する。しかし、魚種によって、あるいは同一体でも部位によってメラトニンの色素胞に対する効果に違いがあることがわかり、このホルモンと模様形成との関連が指摘されるようになった。

例えば、ペンシルフィッシュの体側の縦縞は、夜になると独特のスポット模様に変わる。夜間にスポットとして残っている所の黒色素胞は、メラトニンに反応しないタイプである。しかし、より詳細に観察すると、夜間に生じるスポットの直径が昼間の縦縞の幅に比べて一段と大きいことに気付く(図3)。つまり、夜間のスポット模様に関与している黒色素胞の中には、昼間は凝集している(理由は不明)のに、夜になるとメラトニンで拡散するものがあり、それらの黒色素胞が新たに拡散した結果、大きなスポットになったと考えられる。
すなわち、ペンシルフィッシュの縦縞部にはメラトニンに対して凝集する黒色素胞、拡散する黒色素胞が共存していることになる。
なお、ペンシルフィッシュの夜間のスポットは、川底の小石に似た模様にすることで、夜行性の捕食者に対するカムフラージュの効果があるのではなかろうか。

また、ネオンテトラカージナルテトラの赤い腹部に存在する赤色素胞もメラトニンによく反応し、夜になると色素顆粒の凝集によって、赤い色は目立たなくなる。縦縞部の虹色素胞はメラトニンの受容体を持たないが、外界の光に直接反応するタイプなので、暗所では、濃い紫色に変わる。昼間の鮮やかな体色とはうって変わって夜間は目立たない色になり、夜行性補色者の目を逃れている。

さまざまなホルモン受容体と複雑な色の制御

このように、動物は生きるために色や模様を巧妙に変化させる。神経伝達物質のみならず、様々なホルモンの受容体をうまく組み合わせて、極めて複雑な色の制御を可能にしているのである。

副腎髄質ホルモンであるエピネフリンはβ型アドレナリン受容体に高い親和性を持ち、色素顆粒の拡散を誘起する。また、脳下垂体前葉から分泌されるプロラクチンは、魚類の赤色素胞と黄色素胞に作用して、色素拡散を引き起こす。 ナイルティラピアタイリクバラタナゴなどでは、繁殖期の雄に赤い婚姻色が現れるが、その赤い部位に出現する赤色素胞や黄色素胞のプロラクチンに対する反応性は極めて高い。

MSHによっても色素拡散は起こるが、その場合、黒色素胞も拡散するので体色はむしろ黒ずむ。その点、プロラクチンであれば、赤・黄色素胞のみで色素顆粒の拡散が誘起されるので、赤色を目立たせるには都合がよい。

プロラクチン以外のホルモン受容体は膜7回貫通型で、それぞれG蛋白質(GsあるいはGi)とカップリングし、cAMPを二次メッセンジャーにしている。プロラクチン受容体はほ乳類や鳥類ではチロシンキナーゼ結合型受容体として認識されているが、魚類色素胞での情報伝達経路についての詳細は今後検討される。


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